第10話 痛いのじゃ

 死に対する耐性を持っている。つまり、死なない。

 おとぎ話でしか聞かない不死者が実在する事実にトビは驚きを隠せない。


――が、同時にワクワクする気持ちもあった。


(不死の存在……そんなのが本当にいるなんて、外の世界は面白いな)


 ただここで喜ぶのは不謹慎なので、興奮した心を一度鎮める。


「ヴァンプ、というのはヴァンパイアを短縮した言い方、つまり吸血鬼を示す単語ですよね? そしてタイタンは巨人族を示す単語だったはず。二つの種族の名を冠することに何か意味はあるのですか?」

「ある。おぬしは前回の魔王の種族を覚えておるか?」

「ヴァンパイアです」

「そうじゃ。ヴァンパイアは種族耐性として死耐性を持つ。それでいて魔王は自らの血液を与えることで対象をヴァンパイアにする能力を持っていた。この意味がわかるか?」

「魔王の血を与えられた者はヴァンパイアになり、そして不死者となる」


 マロマロンは頷く。


ヴァンプは奴に血を与えれた存在につく名じゃ。V・タイタンは奴の血液を与えられた巨人族……非常に厄介な組み合わせじゃよ」

「そんな簡単に不死者、無敵の存在を作れるなんてさすがは魔王ですね……」

「無敵ではない。ヴァンパイアは心臓を破壊することで殺すことが可能じゃ」

「え? それなら……」

「この心臓を破壊することが難しいのじゃ。なぜならヴァンパイアの心臓は特に死耐性が強く、如何なる魔法をもってしても傷一つつけられない。唯一、銀を使った武器なら心臓を破壊することができる」


 しかし。とマロマロンは話を続ける。


「V・タイタンは死の耐性を起因とする防御力が非常に高くてのう。銀装備を心臓まで届かせるのは現状、我々エルフには不可能。だからこうして封じておるわけじゃ」

「では太陽の光はどうですか? ヴァンパイアと言えば太陽の光――」

「それはヴァンパイアが流したデマじゃ。むしろ奴らは太陽の光を浴びると活性化する」

「えぇ!? お、驚きました……どの小説でもヴァンパイアの弱点と言えば太陽の光だったのに……」

「このデマのせいで太陽の光をヴァンパイアに浴びせ、状況を悪化させる冒険者が多い。困ったもんじゃ」


 トビは竜巻を見つめ、一つの決断を下す。


「――倒しましょうか。V・タイタン」


 マロマロンが、その従者が、V・タイタンを封じているエルフ達が、一斉にトビの方を向いた。

 トビはなんてことない調子で言葉を続ける。


「僕なら、V・タイタンの耐性……死耐性を消すことができます」

「耐性を、消す……じゃと?」

「はい」


 トビは勇者の籠手についてマロマロンに説明する。勇者の籠手が耐性を消すこと、自分の耐性のおかげで籠手が使えることを伝える。


「ふむ。もしその籠手の能力がおぬしの言う通りならば、心臓を破壊することは可能じゃな」


 マロマロンは指を振り、トビを拘束する縄を風で断ち切る。


「右手を出せ」

「は、はい」


 トビが差し出した籠手付きの右手をマロマロンは素手で握りしめる。

 マロマロンは逆の手のひらから風を出す。すると、風の衝撃で手のひらが裂かれ、血が飛び散った。


「本当じゃ。耐性が消えておる」

「里長!」


 従者がマロマロンに近づき、手の治療をする。


「無茶はしないでください!」

「すまんすまん。大切なことゆえ、自分の手で試したかった。おぬし、名はなんと言ったかのう」

「トビです」

「トビよ。その籠手を貸してくれまいか?」


 トビが躊躇する様子を見せると、マロマロンが頭を下げた。それを見て、また従者が動揺する。


「頼む」

「……わかりました」


 トビにとって籠手は唯一の武器。これを預けることは命を預けることに等しい。それでも、里のトップが頭を下げたのだ。断ることはできなかった。

 マロマロンは籠手をペタペタと触る。


「なるほど。誰かが装備しておらんと耐性は消えないのか」


 マロマロンは興味深そうに籠手を眺め、そして――右手に嵌めようとする。


「いや、嵌めない方がいいですよ? それ、激痛耐性がないとめちゃくちゃ痛いですよ?」

「伊達に歳は取っておらん。腕を斬り落とされようが眉一つ動かさない自信があるぞ。わしは」


 マロマロンは籠手を右手に嵌める。


「~~~~~っっ!!!」


 マロマロンは顔を真っ赤にして、涙目になり、すぐさま籠手を脱いで「どらぁ!!」と地面に投げ捨てた。


「なんじゃこれはぁ!! 痛いのじゃ痛いのじゃ痛いのじゃ~~~~!!!」


 マロマロンは子供のように泣きじゃくり、従者の女性の胸に飛び込んだ。トビは「だから言ったのに……」と籠手を回収する。


「僕がこの籠手でV・タイタンの耐性を消します。その隙に相手の心臓を風魔法で斬り裂くなりしてください」

「そうじゃな……激痛耐性がないとそれは扱えそうにない。おぬしの戦闘参加は必須じゃな」


 トビはさらに籠手で相手を攻撃することによって相手の耐性を一時的に破壊できることをマロマロンに伝えた。


「耐性の破壊?」

「はい。籠手で攻撃すると相手の耐性を破壊できます。ですが、破壊は一時的なモノで約一時間で耐性は修復します」


 この耐性破壊はマルクの身で何度か検証した。


「十分すぎる……! 一時間耐性を奪えれば確実に葬ることができるな」

「でもこの能力はあまり試行回数を重ねていないので、色々と不明瞭な部分が多いです。相手によっては百回殴らないと耐性を破壊できない可能性もあります。V・タイタンの場合、どれぐらい殴れば耐性を壊せるのか、どれくらいの時間で耐性が治るのか、その辺は正直読めません」

「耐性破壊の方に頼るのは危険、か。わかった」


 階段を強く蹴る足音が聞こえる。


「里長!」


 ソフィアと同い年くらいの金髪のエルフが現れる。なにやら慌てている様子だ。


「どうしたカリン」

「ソフィアが! 急に苦しみだして……!」

「なんじゃと!」


 トビは目の色を変え、


「すぐに向かいましょう!」


 トビたちは急いで洞窟を後にし、ソフィアのいる診療所へ向かう。

 真っ白なツリーハウス、その一階の部屋にソフィアは寝かされていた。布団に包まれている彼女の顔は真っ青で、顔中に脂汗をかいていた。


「ソフィア!」

「トビよ。ソフィアに籠手で触れるのじゃ」

「!? わかりました!」


 トビはマロマロンの言う通り、ソフィアの左手を籠手を装備した右手で握る。するとソフィアの顔色はみるみる明るくなっていった。


「これは一体……」

「恐らくじゃが、こやつの中で十年分の眠気と睡眠耐性が殴り合いをしておったのじゃろう。おぬしの籠手に触れてソフィアの脳内に十年分の眠気が溢れ眠ったものの、おぬしが手を放した瞬間に睡眠耐性が復活し、深い眠りについたソフィアを起こそうと急かしていたのじゃ」


 眠気と耐性がウィルスとワクチンのように競い、体調を悪化させたのだ。


「えーっと、じゃあこうして手を握り続ければ大丈夫……ってことですかね」

「四六時中そうしておく必要はなかろう。3時間ほど手を握り続ければ一日は安眠できるじゃろう。一瞬触っただけで一時間程度大丈夫じゃったわけだしのう。さて、ソフィアが万全の状態で起きるまでどれくらいかかるか……一か月かかってもおかしくはない」

「わかりました。じゃあその間、一日3時間、彼女の手を握り続けます。いや、一日中だって握り続けます。十年ぶりの睡眠なんだ。何の不安もなく気持ちよく眠ってほしい」


 マロマロンは呆れ気味の笑みをこぼす。


「その優しさには拍手喝さいを送るが、それはいかん。おぬしには他にやることがある」

「V・タイタンの討伐ですか?」

「それはソフィアが起きた後じゃ。V・タイタンの討伐にはソフィアの手も借りたいからのう」


 マロマロンはトビを指さし、


「おぬしのやるべきこと、それは修行じゃ。V・タイタンは強い。今のおぬしじゃ一撃で死ぬ。だから、ワシが直接修行をつけてやる」

「里長がですか……!?」

「この里で一番強いのはワシじゃからな。ワシが教えるのが一番伸びる。見たところ体力・魔力共に潜在能力は高いが、どちらも持て余しておる。ワシが鍛えれば一月ひとつきで相当伸びるぞ。おぬし」


 トビは今まで自分に戦闘技術を叩きこんでくれる人間に会ったことがない。未だ埃被った原石のままだ。

 トビにとって、これはとても嬉しい提案だった。


「ぜひ! お願いします!」

「うむ。修行は明日から開始する。今日はソフィアの看病を終えたら体を休めろ。おぬしも一応けが人じゃからな」


 里長は従者と一緒に診療所を去る。

 トビはすやすやと眠るソフィアの幸せそうな顔を見て、同情の眼差しをする。


(この小さな手で、里を守ってきたのか。眠らずに、ずっと……)


 眠りの深さが、その壮絶な人生を語っている。

 なんとしてもV・タイタンを倒すと、エルフの里を解放して彼女の自由を掴み取ると、小さな手に誓うトビであった。




 ――――――――――

【あとがき】

『面白い!』

『続きが気になる!』

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何卒、拙い作家ですがよろしくお願いします!

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