第9話 エルフの里

「のびている連中は風魔法で森の外へ飛ばしておけ」


 里長マロマロンが指示すると、エルフ達は風魔法を発し、倒れている冒険者たちを浮かび上がらせ運んでいった。


(彼らもソフィアと同じで風耐性を……)


 トビがエルフの魔法を観察していると、マロマロンがトビの疑問を察し、疑問の答えを与える。


「エルフは共通して風の耐性を持つ。俗に言う種族耐性というやつじゃな」

「種族耐性……」


 魔物は種族によって共通した耐性を持つとツンドラは言っていた。それと同じようなものかとトビは考える。


「そして、エルフは種族耐性とは別にもう一つ耐性を持つことができる。ソフィアは種族耐性である風耐性と天性耐性である睡眠耐性のダブルの耐性を持っておるのじゃ。エルフが二つ目の耐性を持つ確率は1%程度、二つの耐性を持つそやつは紛れもなく天才じゃよ」


 人間は原則一つの耐性しか持てないが、異種族は別である。種族耐性と呼ばれる100%の確率で持てる共通の耐性と、人間と同じで五歳の時に覚醒する天性耐性、計二つの耐性を持てる。ただ人間が天性耐性を10パーセントの確率で持てるのに反して、エルフや異種族が天性耐性を持てる確率は1%程度である。


「こやつを治療してやれ」


 エルフの女性がトビに近づき、手のひらから光を出しトビの傷口に当てる。するとトビの傷口がみるみる塞がっていった。


「ありがとうございます」


 トビが言うと、エルフの女性はトビを睨み、去っていった。


(なんか嫌われてるなぁ……)


 マロマロン以外のエルフの視線が痛い。怒りや憎しみのような感情を感じる。

 縄で縛られたトビはエルフに囲まれる中、森の深いところ深いところへ進んでいく。


「ここは……」


 濃い霧に包まれた場所に連れてこられた。

 エルフ達が風を操り、霧を晴らしていくと――霧の中に里が現れた。


「凄い……!」


 多様な形の大木。その大木に穴を空け、家にしている。

 ツリーハウス、ツリーショップで構成された里がそこにあった。


「ここが我らの里じゃ。普段は錯乱の霧で隠蔽している」

「でもあんな霧、外から目立つんじゃないですか?」

「100m以上離れた場所から見ると霧は視認できず、ただの森に見えるようにできている。さらにこの霧は結界の役割を果たしており、エルフの風でしか払えない」

「あの……どうして僕にそんな大切な情報を教えてくれるのですか? 結界のことであったり、エルフの耐性についてだったり……」


 街や里を囲む結界の情報は基本トップシークレットだ。それをよそ者に教えることにトビは疑問を覚えた。


「おぬしにわしらを信頼してもらうためじゃよ」


 マロマロンは温和な笑顔を浮かべ、そう言った。


 トビがエルフの里に入ると、エルフ達の視線がトビに集中した。

 その視線は鋭く、針のように突き刺さってくる。


(やっぱり嫌われている。僕、というより、人間が嫌われているのかな?)

「とまれ!」

「ん?」


 エルフの子供、まだトビの膝よりも背の低い幼い女の子がトビの前に出てきて、小石をトビの足に投げた。


「かえせ人間! わたしのママを返せ!!」

「……?」


 トビは事情を呑み込めず、反応に困る。


「これやめい! 客人じゃぞ!」


 マロマロンは子供を抱き上げ、従者の一人に預けた。


「気にするでない。なにも悪いことはしておらん」

「は、はぁ……」


 マロマロンはこの里で一番大きな大木、そのてっぺんにある大きな一軒家を見る。


「とりあえずわしの家に来い。すべて説明してやろう」


 大木を囲うようにある木造の螺旋階段を上り、里長の家に入る。

 マロマロンは大きな座布団に座り、その正面にトビも正座する。トビの両脇には男女のエルフが槍を持って立っており、いつでもトビを刺し殺せる間合いを維持している。


「ふむ。どこから話したものかのう。まずはなぜここのエルフがおぬしらを憎んでいるか、教えてやろうか」

「やっぱり憎まれてるんですね」

「言っておくが、これに関してはおぬしらヒューマンが悪いぞ? 10対0でな」

「一体なにがあったんですか?」

「一時期、狩りに出た我々エルフがヒューマンに攫われる事件が多発した。奴らはエルフ狩りと言っていたかな」

「エルフ狩り!? そんなことが……」

「どうもエルフは人間好みの容姿をしているようでな。我々の身は奴隷や娼婦・男娼として高く売れるのじゃ。寿命が長く、見た目も老化しないため奴隷として優秀なのじゃろう」

「だからってそんな……そんなことが許されるわけがないっ!」


 真っ向から怒りを抱くトビに、エルフの護衛たちは驚いた様子を見せる。

 マロマロンは真剣な眼差しで、


「法で解決することはできないのですか?」

「エルフは国によって扱いが大きく変わる。エルフを一人の人間として扱う国もあれば、神獣として崇める国もあるし、ただの奴隷として扱う国もある。ここアルバ王国ではエルフに人権はない。ゆえに、我々を攫うこと、売りさばくことはこの国では罪にならない。人攫いにとっては格好の餌じゃろうな。獲ったモン勝ちじゃ」


 トビはさっきの子供のエルフの言葉を思い出し、唇を噛む。


「じゃあ、あの子の母親も……」

「攫われた。今はどこにいるかもわからん」

「もしかしてソフィアは、この里を守るために森に入った人たちを眠らせて、外に出していたのですか?」

「そうじゃ。ソフィアは我々を守るため、身を粉にして人間たちを撃退してきたのじゃ。アレはガーディアンとして優秀な能力を持っておったからな」

「睡眠魔法ですね。たしかにあれなら姿を現さずに侵入者を無力化できる」

「それだけではない。やつは睡眠耐性を持つゆえ眠らないのじゃ」

「眠らない?」

「耐性のオン、オフはできない。睡眠に耐性がある者は眠ろうとすると耐性が邪魔をして眠れないのじゃ。眠らずに監視ができるため、ガーディアンに適しているというわけじゃ」

「眠らないって、大丈夫なんですか? 体に負担とかあるんじゃ」

「定期的に脳に治癒魔術をかけてなんとかもたせている、が、実際かなりきついじゃろうな。魔力の量も落ち、目つきも悪くなってきた。寿命もゴリゴリ減らしているじゃろう。この十年で人の一生分は寿命をすり減らしておるじゃろうな」


 トビはようやくソフィアが突然眠った謎の答えを得た。


(僕が触れたことで睡眠耐性が消え、十年ぶりに眠気に襲われ気を失ったのか)

「十年一切眠らなかったソフィアを眠らせたおぬしには非常に興味がある。だからここまで連れてきた」

「僕は別に大した能力は持ってませんよ」

「耐性は?」

「激痛耐性です」

「激痛耐性? なんともまぁ、使いどころの限られた耐性じゃのう。ではソフィアが眠ったのはなにかの偶然か? 睡眠耐性が耐え切れないほどの眠気がやってきたのか……」


 トビが籠手の能力について隠したのは今のこの状況ゆえだ。トビはいまだ籠手をつけたまま。もしもエルフ達と対峙することになった場合、この籠手が切り札になる。ゆえに迂闊に情報を漏らせない。正直に話せば籠手を没収される可能性がある。


「どうして里の場所を移動させないのですか? エルフを手厚くもてなす国に移動すればいいじゃないですか」

「我らはこの場所を動くわけにはいかん。我らはこの場所に、とある化物を封じておるのじゃ。これは……見せた方が早いな。ついてこい。少し歩くぞ」


 マロマロンはトビを連れて、里のすぐ近くにある洞窟に入った。

 洞窟の奥へ進むほど、トビは嫌な気配を感じていく。


(なんだろう……この感じ。とてつもないオーラを奥から感じる)


 洞窟の奥、そこではとてつもない風切り音が鳴り続けていた。


「これは……竜巻?」


 巨大な竜巻。竜巻の周囲にはエルフが八人立っており、常に両手を竜巻に向け、魔力を注ぎ込んでいる。


「この竜巻の中にはヴァンプ・タイタンと呼ばれる巨人がいる。我らは交代で竜巻の結界を作り、奴を封印している。我らがここを離れればヴァンプ・タイタンは解放され、この地を破壊し尽くすじゃろう」


 姿は見えないが、確かに竜巻の中から異常な迫力を感じる。

 マロマロンの話を聞いたトビは、腑に落ちない顔でマロマロンを見る。なぜエルフを攫い貶める人間のために力を尽くすのか、とでも言いたげだ。トビの視線に気づいたマロマロンは苦笑し、


「勘違いするなよ。おぬしら人間のためにやっていることではない。エルフは自然を重んじる。わしらが守っておるのはこの地にいる動植物たちじゃ」

「……倒すことはできないのですか」

「できん。奴は不死じゃからな。もっと詳しく言うなら――」


 マロマロンは忌々し気に竜巻を、竜巻の奥にいるヴァンプ・タイタンを見る。


「奴は、死への耐性を持っておるのじゃ」





 ――――――――――

【あとがき】

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