第7話 裏切り

 深い深い森の中、冒険者の一団が進んでいく。


「ブルーウルフだ」


 先頭を歩いていたツンドラが告げる。

 青い体毛の狼、ブルーウルフが殺意を目に宿し立ちふさがる。


「奴は水耐性を持つ」


 ブルーウルフが冷気のブレスを放つが、水耐性を持つツンドラが前衛に立ち、素手で冷気を弾いた。ツンドラは腰の剣を抜き、ブルーウルフの首を絶つ。

 見事な手際だ。一連の動きは魚を捌く漁師のように鮮やかだった。


「凄い手捌きですね」


 トビが称賛すると、ツンドラは満更でもない顔で、


「これでも冒険者になって30年は経つ。お前はまだビギナーみたいだな」

「はい。魔物を見るのも初めてです」

「そうか。同じ耐性を持つ者同士の戦いは得てして魔法以外の戦いになる。ゆえに大抵の魔法師はこうして魔法以外の手段を持つわけだ。魔法師と戦う時、相手の魔法を突破しても油断はするな。必ず奴らは魔法以外の手段を持っているからな」

「はい!」

「それと、魔物は種族で統一して同じ耐性を持つ。例えば青い体毛を持つブルーウルフは皆水耐性を持つ。魔物の耐性は図鑑に載っているから、暇があったら魔物図鑑に目を通しておけ」

「わかりました! ツンドラさんは物知りですね!」

「……全部常識ですよ」


 背後のソフィアが呆れた風に言う。

 それからも魔物と接敵する度、冒険者が交互に対処していく。


「ところでビギナー。人間や魔物の死体に耐性は残ると思うか?」


 魔物の死体を見つめ、ツンドラが聞く。


「ええと、残るんじゃないですか? だって耐性って体質的な部分なので、死んだところで変わらないと思うんですけど」

「半分不正解だ。正解は、、だ。人間も魔物も死んだ瞬間、生命活動を終えた瞬間に耐性が著しく減少する」

「不思議ですね……」

「魔物の死体は有用だ。死んだら耐性のレベルが下がるとはいえ、その体を加工して作った服や鎧は耐性を引き継ぐ。ブルーウルフの皮で作った服は水による攻撃を軽減してくれるわけだ。今は目的が別にあるゆえ、魔物の死体は捨て置いているが、目的の耐性を持つ魔物の死体は回収しておいた方がいい」


 丁寧に説明してくれるツンドラにトビは疑問を抱く。


「……あの、ツンドラさんはなんで、今日初めて会った僕にそんなに色々教えてくれるんですか?」

「ビギナーの50%は最初の一年で死ぬ。俺の教えでそのうちの数人でも助けられるなら万々歳だ。お前も、ベテランになったらビギナーに優しくしてやれ。そうして良い循環を冒険者界隈に作っていくんだ」

「わかりました!」


 トビは大きな声で返事する。


(カッコいいな~! これが冒険者か! 僕も見習おう!)


 ツンドラの言葉をしっかり胸に刻み、その背中を追っていく。


「しかし、中々現れんな……」


 ツンドラは森の中にある湖の前で足を止める。


「よし、開けた場所に出たな。ここで一度休憩に――」


 ツンドラは突然、足をふらつかせ、飴を口から吐いた。


「こ、れは――!?」

「ツンドラさん!!」


 ツンドラは気を失い、その場に倒れる。

 ツンドラだけじゃない。他の冒険者も次々に倒れていく。


「まさか、眠り姫が……!?」


 トビの脳に、急激に眠気がやってくる。


(いけない! この眠気、辛味じゃ防げない……!)


 トビは倒れる直前、ツンドラのある言葉を思い出した。


 “睡眠対策として効果的なのは痛みによる覚醒だ”。


(痛みで眠気が覚めるなら、これならどうだ!!)


 トビは倒れるギリギリのところで、籠手を嵌めた右手と、素手の左手をバチン! と合わせた。


(いっ!!?)


 籠手により、激痛耐性が一時的に消失。

 そして勇者の籠手が装備者トビに激痛を与える。

 トビの右手にマグマに手を浸したかのような痛みが走る。トビは逆に痛みで気絶しそうになるが、すぐさま両手を放し、失神を防いだ。


 トビは受け身を取り、すぐさま立ち上がる。


(恐らく、いま、この場で立っているのは僕と――眠り姫だけだ!)


 トビは周囲を確認する。

 冒険者が例外なく倒れた中、一人の少女が平然と立っていた。


「飴のせいで睡眠魔法が効くまでだいぶと時間がかかりました」


 立っていたのは――白銀の髪の持ち主、ソフィアだ。


「まったく、驚きですよ。一体どうやって私の魔法を防いだのやら」

「ソフィア、君が眠り姫なのか?」

「違います。と言ったら信じますか?」


 トビの頭に疑問が浮かぶ。


(どういうことだ?  耐性は一人一つ。ソフィアは風の耐性を持っている。なのにどうして、睡眠魔法が使える……?)

「残念ですが、私の正体を知った以上、あなたを帰すわけにはいかなくなりました」


 ソフィアは耳当てを外す。ぴょこん、とソフィアの耳が出てきた。


「その耳……」


 ソフィアの耳は先が尖っていた。人の耳と明らかに違う。


(美しい肌に脂肪が少ない体型に、尖った耳。文献で見たことがある……強大な魔力を持った長寿の種族、エルフ!!)


 耳当てを外した瞬間から、ソフィアが纏う魔力が高まった。


「すみません、恨みはないですが殺します」




 ――――――――――

【あとがき】

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