第6話 耐性と魔法

 春花の月・八日。

 宿のベッドから起きたトビは、一瞬パニックに陥った。鼻に通る空気の綺麗さ、ベッドの柔らかさ、スラムロックと違い過ぎる環境に改めて驚いた。


「もう、あの街で眠れないかもな……」


 身支度をし、勇者の籠手を右手に装着する。


「あ」


 宿を出た時偶然、昨日掲示板の前で会った女子を見かけた。


「おはよう」

「おはようございます」

「君もこの宿だったの?」

「ええ」


 相変わらずの塩対応。

 トビは見た目で言えば黒髪中背で、顔立ちは柔らかく、ごく一般的な容姿だ。やや筋肉が目立つが、それも細マッチョと言えるレベルだし、初見の相手に警戒されるような見た目ではない。


 ただ単に少女があまり関わろうとしていないのだ。まるで毛の逆立った猫。周囲を常に警戒している感じだ。普通の人間ならばその雰囲気を察して距離を置くものだが、ノーデリカシーのトビは構わず話しかけ続ける。


「どうせだし、一緒に行こうか」

「勝手にどうぞ」

「眠り姫ってどんな魔法を使うのかな? やっぱり睡眠の魔法?」

「でしょうね」

「なにか対策は考えてきた?」

「私なりに考えてはきました」

「へぇ、ぜひ聞きたいな~」

「教えません」

「そっか。それは残念。そういえば寒くないのになんで耳当てしてるの? あ! もしかしてファッションってやつかな?」

「……あの」


 少女は不機嫌な様子で、


「構わないでオーラ出してるの、気づきませんか?」

「構わないでオーラ……? って、どんなオーラ?」

「はぁ。変な人ですね。とにかく、質問責めはやめてください。うざいです」

「わかったよ。じゃあ最後に一つだけ質問。名前聞いてもいいかな? あ、ちなみに僕はトビね」

「……ソフィアです」

「ソフィアか。よろしくね。今日のクエストでは助け合っていこう」

「勝手にどうぞ」


 スタスタと歩いていくソフィアの後をトビはついていく。



 --- 



 王都の南には樹海がある。その樹海の一部、色素の濃い木々に溢れた地帯をルフの森と呼ぶ。ルフの森の木は葉が通常の木の葉より遥かに濃い緑色で、木の幹や枝の色も濃い。さらに葉の数、枝の数も多く、広い範囲を覆っているためかなり視界が悪い。


 そのルフの森の前にクエストを受注した冒険者たちが合計32人集まった。


「ギルド『狼牙の狩人ウルフ・ハント』のツンドラだ。今日は俺が指揮をとらせてもらう」


 冒険者たちの前、白髪の50代ほどの男性が話し出す。オールバッグで、強面で、ガタイもよくかなりの威圧感がある。


「いかんせん急造のチームだ。連携しろとは言わないが、最低限俺の指示には従ってもらう。さて、一応の戦力把握はしておきたい。まず耐性を持つ奴、手を挙げろ」


 トビと、ソフィア、そして他二名が手を挙げる。


「ふむ。俺を含めて5人か。耐性を持つのは十人に一人と言われているからな。まぁ妥当か。俺は水耐性を持っている。水耐性を持っているから当然、水魔法を使う」


 ツンドラの説明にトビは首を傾げる。


「水耐性を持ってるから水魔法を使う……ってどういうこと? 水耐性がなくちゃ水魔法使っちゃダメなの?」


 隣にいるソフィアに聞いてみると、ソフィアは呆れを通り越し、落胆した顔をした。


「……耐性と魔法は表裏一体です」

「と言うと?」

「……まったく、仕方ないですね」


 ソフィアはめんどくさがりながらも、トビに耐性と魔法の説明をした。


 まず耐性のおさらいだ。

“火耐性”に目覚めれば火に強くなり、“水耐性”なら水に強くなる。ここまで聞くと、耐性とは防御面でしか関係ないとそう思うかもしれないが、違う。むしろ攻撃面において耐性は重要なのだ。


 ソフィア曰く、魔法はそのすべてが体から発するもの。


 例えば“炎耐性”なしに火炎魔術を右手から放ったとしよう……右手は自らの魔法によって焼け焦げる。つまり、火炎魔術を使うためには“炎耐性”が必須なのだ。

 耐性と魔法は表裏一体。水耐性がなければ水魔法は使えない、というわけだ。


「耐性持ちはそれぞれどんな耐性を持つか教えてくれ」


 ツンドラが言う。

 まず若い騎士風の男が、


「自分は炎耐性を持っています。ですが、炎魔法はまだ熟練度が浅く、基本は剣術を使います」


 次に魔女風のローブを着た女性が、


「私は雷耐性を持ってるわ。木を一瞬で丸焦げにできるぐらいの雷魔法は扱えるわよ」


 女性は人差し指から稲妻を瞬かせる。


「OK。じゃあ次、そこの黒髪」


 次にトビが、


「僕は激痛耐性を持ってます」


 トビの耐性を聞いたツンドラは眉をひそめる。


「聞いたことない耐性だな。どんな効果があるんだ?」

「一定以上の痛みは全部一定以下の痛みに変換されます。例えば手をナイフで貫いても、鋭い爪で引っ搔いたぐらいの痛みしかきません」

「そ、そうか……まぁあればマシ程度の耐性だな」


 それはその通りだとトビも思う。奇跡的に勇者の籠手という耐性を活かせる物に出会ったからいいものの、本来使いようがない耐性だ。

 痛みが軽減されるだけで傷が軽減されるわけじゃない。どんな大けがを負おうと怯まずに立ち向かえるが、それが良いこととも限らない。痛みは体の大切な信号だ。それを抑えてしまうことは時に悪い方向にも働く。例えばトビはこれまで二度、足を疲労骨折したことがある。これは自分の足が限界を迎えてもトビが認識できず、歩き続けたことで起きたことだ。


 あればマシ程度。まさにツンドラの言う通りである。


「次、そこの銀髪」

「答えられません」


 ソフィアはツンとした表情で耐性を言うことを拒否した。


「耐性を教えることは自らの弱点を教えることと同義です。こんな大勢の前で言うなんて馬鹿げている」

「ちゃんとリターンはあるさ。お前の耐性がわかれば俺はお前に全幅の信頼を置ける」

「どういう意味ですか?」

「俺が危惧しているのはこの中に眠り姫がいないか、ってことだ。だから女性のメンツはかなり警戒している。だが、耐性がわかれば別だ。眠り姫の耐性は間違いなく睡眠。だから睡眠以外の耐性を持つやつは信頼できる。人間が持てる耐性は一個までだからな」


 ソフィアは考える素振りを見せる。


「逆に耐性を持っておきながら隠すやつはかなり警戒しなくちゃならない。当然、お前に大切な役割は任せられなくなり、眠り姫を討伐するチャンスは減ることになるだろう」

「わかりました。では教えしましょう」


 ソフィアは手のひらの上に小さな竜巻を作る。


「私の耐性は風です。ゆえに風魔法が使えます」

「……なるほど。感謝する。これでお前を信頼できる」


 ツンドラは次に足元の麻袋を開いた。


「この袋に飴が大量に入っている。気付けの飴だ。森に入った後は常にこれを舐めておけ」


 冒険者の一人が飴の入った包みを取り、包みを剥いて飴を口に入れる。


「うがっ!! なんだこりゃ! かっら!!!」

「睡眠対策として効果的なのは痛みによる覚醒だ。辛味は痛みの一種。常にこれを舐め、脳に痛みを認識させ続ければ睡眠魔法の対策になる」


 トビも一個飴を取り、口に入れる。


「んぐっ!?」


 この飴ぐらいの辛味は激痛に分類されるわけではないらしく、トビも顔を歪めた。


「辛い! たしかにこれなら目も覚めますね!」

「良かった。お前の激痛耐性には引っかからなかったようだ」


 情報の交換が終わったところで、一団は動き出す。


「ではゆくぞ。眠り姫を討伐する!」




 ――――――――――

【あとがき】

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