第4話 ゴミ山の王
トビの身体能力は同世代に比べたら遥かに高い。
一日中街を歩き回ることは珍しくもなく、足は鍛えられ、ゴミの運搬などで腕も鍛えれている。
この劣悪な環境でも栄養が十二分にとれて、体が出来上がっているのはモトが栄養管理してきたおかげだろう。
トビはいまこの時、戦士として覚醒した。
「うおおおっ!!」
「ガキがあああっ!!!」
トビとマルクの腕が交差する。そうなると、当然リーチの長いマルクの拳が先にトビに届く。
マルクの拳がトビの額に届くが、トビは踏ん張り、額から血を流しつつも耐える。
「なに!?」
トビの最も飛びぬけているステータスは……タフネス。強靭さ。
日頃マルクに嬲られ続け、このゴミダメの環境で子供の身で耐え抜いたフィジカル、メンタルの打たれ強さは大人と比べても異常だ。そして彼のタフネスを支える最大の要因は激痛耐性。額を割られようが一切痛みに怯むことなく突き進める。
「だあああっ!!!」
トビは右手でマルクの右腕の肘を突き上げる。
「ぐぎっ!?」
またマルクは痛みから顔を歪める。
バキ。と、また謎の手ごたえがあった。分厚いガラスをトンカチで打ってるような音、感覚。トビは続けてマルクの腹を右拳で殴る。
「がっ!!!?」
パリン!!!
今度は
マルクは口から胃液を吐きながらも、笑う。
「へ、へへ。所詮、ガキの拳だ……なぜか俺の打撃耐性を無視できるらしいが、関係ねぇな! お前に俺は倒せねぇ!!」
マルクの拳が迫る。
(速い!?)
マルクの全力の拳。トビは反応しきれず、顔面を殴り飛ばされた。
「いっで!!」
なぜか、マルクが悲鳴をあげた。
殴られたトビではなく、殴ったマルクがだ。
「……」
トビは満身創痍ながらもマルクを観察する。
マルクは右拳を、いま殴った拳を押さえて悶えている。
(なぜ、殴った方が……)
耐性を無効化する手甲。
なにかを割ったような感触。
トビの頭に、一つの可能性が浮かぶ。
「もしかしたら……」
トビは地面に落ちている石の中から平らな石を選び、マルクに向けて投げる。マルクは石を額に受け、怯んだ。
「マルクさんが石で怯んだ? 石なんて打撃耐性で受け流せるはず……」
「た、多分、石が尖ってたんだろ」
いや、石は尖ってなかった。今の投石の判定は間違いなく打撃のはず。なのにマルクは反応できなかった。
つまり、だ。
「マルク。お前の負けだ」
「あぁん!?」
「お前の耐性はもう壊れているよ。これ以上やっても無駄だ。降伏しろ。取り返しのつかないダメージを負うぞ」
「なにわけのわからないこと言ってやがる!!」
マルクは忠告を聞かず、トビに殴りかかる。
(この籠手の第二の能力。きっと、この籠手で一定以上のダメージを与えられた者は……耐性を壊される!)
トビはマルクの右拳を、籠手の腕部分で受けた。無効化効果のない部分だ。
バキ、ボキ。とマルクの右拳が折れる音がした。
「いがっ!!?」
マルクは目をギョッとさせる。
「打撃耐性が働くのは防御だけじゃない、攻撃もだ。お前の攻撃の際に生じる衝撃の跳ね返りも打撃耐性は弾いていた。凄い耐性だ……反動を考えず殴れるんだからな。攻撃面でも防御面でも非常に強力。だけど、その耐性はもう、僕が壊した。お前の攻撃力も防御力も格段に下がったわけだ」
トビは飛び上がり、右拳を振りかぶる。
「ま、待て!!」
「嫌だね」
トビはマルクの顔面に右拳をめり込ませ、ぶっ飛ばす。
マルクは目を剥き、地面に横たわった。
――この日、スラムに革命が起きた。
僅か13歳の少年の手によって。
「……この力なら……僕は……!」
トビは籠手を見つめ、拳を握りしめ、空に掲げる。
「今日から僕がここの王だ! これからは、僕の指示に従ってもらう!!」
トビが宣言すると、これまでマルクに抑圧されていた住民たちが一斉に歓声を上げる。歓声が街中に木霊する。
マルクの一派は散り散りに逃げていった。
「まずモトさんの治療を。マルクは鎖で縛り付けておいてください」
「……トビ、お前……」
モトは掠れた声でトビの名を呼ぶ。
「モトさん。これから僕がこのスラムロックを少しでも住みやすくなるよう改革します。そして、改革が終わったら……」
トビは街の外を見る。
(一年……いや、二年。しっかり力を蓄えたら、この街を出よう。この籠手があれば、僕も外の世界で生きられるかもしれない)
---
二年が経った。
今日も今日とて生ごみの匂いが充満するスラムロック。その中にある一つのテントの中、15歳となったトビは逆立ちをしながら腕を畳み、伸ばす、逆立ち腕立て伏せをしていた。
「998、999……」
トビはパンツ一丁で筋トレしている。
鬼の形相のような背筋、引き締まった肩と腕、割れた腹筋。身長はこの二年で148cmから172cmまで伸び、立派な男の身体になっている。
「1000」
トビは腕立て伏せをやめ、白のシャツと黒の長ズボンを着て、リュックを背負う。
「おっと、これを忘れちゃダメだ」
そして白銀の右籠手を嵌め、外に出る。
太陽の光を一身に浴びて、ぐぐっと背筋を伸ばす。
「ん~! 最高の旅立ち日和だ!」
今日は15年間住んできたこのスラムロックを去る日である。
「トビの旦那!!」
トビの目の前に角刈りの男が現れ、頭を下げる。
「おはようございます!」
「……だからマルクさん、旦那はやめてってば」
いま目の前で頭を下げている角刈り男は二年前、このスラムロックの王だった男――マルクである。
あのブヨブヨ腹は引っ込み、今は健康的なゴリマッチョだ。トビに敗北して以降、トビに心酔し、スラムロックの改革に尽力した。
「ま、今日でお別れだし、もういいか」
「うっ……!」
マルクは両目から涙を流す。
「ほ、本当にいっちまうんですかい!?」
「行くよ。ずっと言ってたでしょ」
「そんなぁ……! あと10年、旦那なしで俺に生きていけって言うんですか!!」
「言うよ」
オロオロと泣くマルクに困っていると、
「いい加減にしろマルク! 気持ちよく行かせてやれ!」
「モトさん!」
頭にタオルを巻いた男、モトが現れた。二年前は折れていた右腕だったが、今はもう完治している。
「モト先輩……でも! でもぉ!」
「トビは十分、俺たちに尽くしてくれただろ。ゴミ山の分配、スラムのルール整備。トビのおかげでここの治安は二年前とは比べ物にならないほど安定した」
「皆さんが協力してくれたおかげですよ」
「はいはい、お前はそう言うだろうさ。ほれトビ、餞別だ」
モトはトビに布で包んだ包丁を渡す。
「俺が研いだ包丁だ。元々は捨てられていたモンだけどな」
「包丁、ですか」
「無人島に一つだけしか持っていけないなら何を持っていくか。この質問に賢人はナイフと答えたらしい。つまり、ナイフ一本、包丁一本あれば人間生きていけるってことさ」
「……モトさんらしいですね。ありがたく貰います」
「それとこれ」
モトは縫い目だらけの財布を渡す。
財布はパンパンに膨らんでいた。
「中は全部小銭だが、全部合わせれば三日分ぐらいの飯代、宿代になる。コイツはスラムの連中全員からの餞別だ。みんなでこのゴミの町を駆け回って拾い集めたんだぜ。感謝しろ」
「こ、こんなの……いただけません!」
「遠慮すんな。どうせここじゃ使えない通貨だ」
トビは財布を受け取り、大切そうに両手で包み込んだ。
「絶対、いつか、百倍にして返します!」
「おう」
「じゃ、そろそろ行くよ」
そう言ってトビがスラムの街を歩きだすと、
「じゃあなトビー!」
「またなうちらのリーダー!」
「今度は外で会おうな~!」
次々と、家から人が出てきてトビに話しかける。
「ご武運を祈ります! 旦那!」
「まずは
「はい!」
スラムロック総出での見送りだ。
トビは小さく笑う。
(困ったな……今になって名残惜しくなってきた)
重い足をなんとか踏み出し、トビはみんなに手を振る。
「じゃあねみんな! また会おう!」
ゴミに溢れ、クズで溢れたこの街。それでもちゃんと、少年にとっては故郷と呼べる居場所だった。
ゴミ拾いの少年は勇者の籠手をもって新たな人生を歩みだす。
――――――――――
【あとがき】
『面白い!』
『続きが気になる!』
と少しでも思われましたら、ページ下部にある『★で称える』より★を頂けると嬉しいです!
皆様からの応援がモチベーションになります。
何卒、拙い作家ですがよろしくお願いします!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます