第3話 勇者の籠手、その能力

「モトさん!!」


 モトの前には高笑いするマルクがいる。


「よう! 遅かったじゃねぇかサンドバッグ! 代わりにコイツでストレス発散させてもらったぜ!」

「モトさん! しっかり!!」


 トビは倒れているモトに近づく。


「……トビ……か……」


 腫れた瞼の隙間から、モトはトビの目を見る。


「どうして……!」

「はは……お前ばっか、犠牲にできるかってんだ。俺は……アイツからお前を、託されたんだからな……」

「まさか、昨日わざと鍋にお酒を入れたのは、僕を寝坊させて身代わりになるために……僕を守るために……!」


 トビは、モトの右腕を見る。

 モトの右腕は……折れ曲がるはずのない方向へ、折れていた。


「なんて、ことを……!!!」


 怒りからトビは立ち上がり、マルクを睨みつける。


「モトさんは……料理人なんだ! その腕を折るなんて! あなたに人の心はないのか!!」

「あぁん?」


 マルクはトビの腹を蹴り飛ばす。


「ごほっ!」

「媚びろつってんだろ! 俺様はぁ!! マルク様だぞ!! マルク盗賊団のお頭だぁ!! テメェらクズとは違うんだよ!!!」


 マルクは地団駄を踏む。きかんぼうの子供のように。

 過去の栄光に酔い、いまだこのゴミの町にいることを認めない。自分が底辺の存在であることを認めない……現実逃避の塊。それがマルクだ。

 そんなマルクを、トビはつまらなそうな目で見る。


「なんだぁ、その目は?」


 トビの冷淡な瞳が、マルクの逆鱗に触れる。


「媚びろ媚びろ媚びろ媚びろぉ!! 俺を見下すことは何者も許さねぇ!! はぁ……はぁ……! あの富豪ども、許さねぇ! 散々俺たちのことを利用した癖に……最後はあっさり切り捨てやがって……!!! くそ! くそ! くそぉ!! 俺は本来、こんなとこにいる人間じゃねぇんだ!!! テメェらゴミカスとは違うんだよぉ!!!!」

「……確かに、違うな……」


 トビは立ち上がり、口からペッと血を吐き宣言する。


「お前はクズでもゴミでもない。醜い自尊心で練り上げられたヘドロ団子だ!」


 トビの発言を聞き、マルクの取り巻きたちは顔を青ざめさせる。

 マルクは怒りから顔を真っ赤にし、殺意のこもった拳でトビに殴りかかる。


「俺を、見下すなぁ!!」


 トビは両腕をクロスさせてガードするも、衝撃を吸収しきれず蹴られたボールのようにぶっ飛んだ。

 トビは自分の家の壁を突き破り、倒れる。


「おい押さえろ! 殺しちまう!」

「落ち着いてくださいマルクさん!」

「放せ! あのクソガキ……アイツらと同じ目で俺を見やがった! 見下した目で見やがった! この俺様をぉ!! 殺してやる!!!」


 部屋の地面で転がるトビ。途中、背中をバッグにぶつけ、バッグが倒れた。バッグの中から籠手がはみ出る。

 激痛はない。じんわりと体が痺れるだけだ。もし激痛耐性がなければ気を失うほどの痛みが体を走っていただろう。


 トビは、倒れたバッグから零れた籠手を見る。


「そうだ……僕には激痛耐性があったんだ……だからこんなダメージを負っても叫ばない。涙を流さない」


 でも、昨日、その耐性が消えた。


(この籠手の能力の一つは装備者に激痛を与えること。僕には激痛耐性があるからその激痛を感じないはず。でも昨日、この籠手の甲がおでこに触れた瞬間、右手に激痛が走った。この籠手のデメリットをそのまま受けたんだ。なぜだろう?)


 解。あの瞬間、耐性が消えたから。


(耐性が消えることなんてあるのか? いや、生まれてこの方、そんなこと聞いたことがない。耐性は絶対だ。自然に消えるなんてありえない)


 もしかして。とトビは思索する。


「もしかして……この籠手の能力は……」


 トビは、僅かな希望を抱き、籠手を右手に装備する。そしてゆっくりと、籠手で頬に触れた。


「いっ!!?」


 また右手に激痛が走った。涙が出る。叫び声も出る。

 籠手を頬から放すと、痛みは去った。

 トビは泣きながら笑う。


「やっぱり、そういうことか!!」


 家を出て、再びマルクと相まみえる。


「待たせたな。マルク」

「あぁん? なんだその籠手は? 俺への献上品か?」


 トビは腰を落としてマルクに近づき、拳を引く。その様子をマルクは嘲笑い、見守る。自分には打撃耐性がある。だから打撃は効かない。と確信して。

 トビはマルクのすねを右拳で殴る。瞬間、パキン! とガラスを殴りつけたような感触が拳を通った。


「うっ!?」


 マルクは真っ赤に染まった顔を真っ青に染め、脛を掴んで体を跳ねさせる。


「いっでぇ!!」


 予想外の一撃。

 耐性に慢心し、まったく力を入れず、油断したところにダイヤモンドより硬い籠手による一撃が入ったのだ。例え相手が子供でもダメージは十分。


「な!? マルクさんに打撃が通じるはずねぇ……!」

「なにが起こったんだ!?」


 慌てる周囲を他所に、トビは笑っていた。


(間違いない……この籠手は耐性を無効化するんだ!!)


 籠手に触れた相手の耐性を無効化する能力。それこそ、勇者の籠手の力!


(でも籠手を装備する時、手の部分に触れたりしたけど激痛は走らなかった。それに籠手を外す時に籠手の手首の部分を触ったけどその時も激痛は走らなかった! 恐らく、無効化能力が発動する条件は誰かが装備していて且つ手首より先の部分で対象に触れた時!!)


 トビは左手で籠手の手首より後ろを触る。しかし、耐性は消えなかった。

 トビは右手で握りこぶしを作る。


「それだけじゃない……さっき殴った時、マルクの中にあるに、ヒビを入れた感触があった。まだこの籠手には何かがある!!」


 トビはマルク――もとい、実験体を睨みつける。



 ――――――――――

【あとがき】

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