第2話 なんだこの籠手?

 白銀の籠手。

 手から肘下まで覆える籠手だ。手の甲の部分には太陽を模したエンブレムがある。

 トビはとりあえず籠手に手を突っ込んでみた。すると、トビの手のサイズにしては大きかった籠手が、トビの手に合わせるように収縮した。


「凄い……勝手に僕の手にピッタリのサイズになった!」


 好奇心が脳を刺激する。

 トビは籠手に夢中になっていた。


「ん? なんか痛いな」


 熱湯に手を突っ込んだような痛みが走る。


「この感じ……激痛耐性が反応してる……?」


 激痛耐性は痛みを全て消すわけではない。激痛をある程度の痛みに変換するだけだ。例えば腹をナイフで刺されたとして、腹を針で刺された程度の痛みは感じる。トビはこれまでの経験で、右手にその痛みの変換がおこなわれていることに気づいた。


 トビは籠手から手を抜き、自分の右手を確認する。

 右手には一切傷はないし、ちゃんと動く。


「鉄とも銀とも言えないこの感触……あれ? この手の甲の紋章、どこかで見たことある気がするな……とにかく、持って帰ってみよう」


 トビは手提げバッグの中に籠手を入れ、帰路につく。

 その道中。


「ふざけんじゃねぇ!!」


 若い男が、肥え太った大柄な男――マルクにたてついていた。


「おいやめとけ新入り!」

「邪魔すんな! なんでみんなコイツに従ってるんだよ! 全員で囲めばこんなやつ倒せるだろうが!」


 見たことのない顔……最近ここへ来た若者だろう。

 体格がいい。筋肉がよくついてる。身長はマルクと同じで190センチ台だ。

 マルクの耐性を知らぬ者から見れば、マルクよりこの新入りが強く見えるだろう。


「だっはっは! いいぜ新入り! 洗礼をくれてやる。来な。お前から殴らせてやるよ!」


 マルクが挑発すると、新入りは拳を握り、


「上等だコラ!!」


 マルクの頬を新入りの拳が捉える。だが、マルクは一切怯まない。まるでゴムの塊を殴ったかのように、新入りの拳は弾かれてしまった。


「なっ!?」

「教えてやるよ新入り。俺の耐性は打撃! 打撃耐性さ! 俺に拳は効かねぇんだよ!!」


 マルクは新入りの腹を蹴り上げ、くの字に曲げさせ、さらに後頭部を殴り地面に押し倒す。


「テメェは今日から俺の靴舐め係だ。朝・昼・晩、俺について靴を舐め続けろ!! だっはっは!!」


 まさに暴君。

 トビは拳を握りしめる。


「……酷い……」


 だがどうすることもできない。

 殴る蹴るは効かない。鉄パイプで殴っても無傷。刃物を用いれば傷を与えられるが、刃物を使えば下手すれば相手を殺してしまう。そうなれば死刑だ。そもそも上等な刃物などここにはないし、刃物があってもマルクには勝てない可能性が高い。


 トビは見て見ぬふりをし、家に入る。


 圧倒的な強者に立ち向かうだけの勇気を、出すことはできなかった。


(この籠手からは不思議な力を感じる……もしかしたら、マルクを倒すすべになるかも)


 その夜、トビは籠手について調べた。

 自分の家にある本を片っ端から調べ、ついに籠手に抱いていた既視感の正体を知る。


「これか……!」


 トビが開いているのは勇者について書かれた本。その中の勇者の肖像画が描かれたページを開いていた。

 その肖像画で勇者がつけている右手の籠手が、いま手元にある籠手とそっくりだった。


(勇者様の籠手……なわけないよな。レプリカ、かな?)


 ちなみに籠手については何も記述はなかった。勇者の能力については一切文献では語られていない。載っているのは勇者が成した功績のみだ。

 仕方なく、トビは自分で籠手の能力を見つけることにした。この籠手には何かがあると、そう信じて。


「はっ!」


 籠手を嵌めた右手を前に出し、手の先からエネルギー波を出そうと念じてみるが……効果なし。


「やっ!」


 籠手で地面を殴ってみるが、地面が抉れたりはしない。特段、腕力が上がっているということもなさそうだ。ただ籠手はどれだけ乱暴に扱っても傷一つ付かなかった。鉄や銀より遥かに硬い素材のようだ。


 現状、籠手についてわかっているのは異常に丈夫であること。装備している者に激痛を与えるということ。ただそれのみだ。


「やっぱりただの偽物なのかなぁ……」


 途方にくれ、寝転がるトビ。

 籠手を嵌めた右手を天井に伸ばし、トビは考える。


「こんな籠手如きで、なにか変わるわけないか……」


 はぁ。とため息をつき、右手を額に乗せた瞬間だった。

 ビギィ!!

 右手に、灼熱の痛みが走った。


「~~~~~~っっ!!!?」


 トビは悶え、床を転がる。

 すぐさま左手で籠手を外した。


「は……! は……! は……!」


 おかしい。

 トビには激痛耐性がある。なのに、いま確実に、激痛を感じた。


「なにが起きたんだ……この籠手は一体、なんなんだ?」


 本物かどうかはわからない。

 ただ異質な物体であることは確実だ。


「おい、どうしたトビ」


 ドア代わりの布をめくって、タオルを頭に巻いた男がトビの部屋に入ってくる。


「すげぇドタバタしてたけど」

「すみませんモトさん。ちょっと取り込んでまして……」

「もしかして、痛むのか? 傷」


 男――モトはトビの包帯塗れの痛々しい姿を見て、渋い顔をする。


「いえ、痛みはほとんどないです」

「そうか。痛かったらちゃんと言えよ。ほれ、差し入れだ」


 モトは鍋を外から持ってくる。


「うわぁ! なんですかそれ!」


 鍋には魚の兜やたまねぎ・大根・にんじんのそれぞれの皮、雑草などが入っている。


「じゃじゃーん! 捨てられる部位で作った俺特製廃材鍋だ。賞味期限切れの調味料で味もつけてるぜ。一緒に食べよう」

「い、いいんですか?」

「ああ。いつもお前にはマルクの暴力を肩代わりしてもらってるからな。一年前からずっと……ビリーのやつにお前を託されたのに、情けない」


 ビリーはトビを拾った男の名だ。

 モトは部屋の中心に鍋を置く。


「アイツが病で死んでもう五年になるか」

「はい、そうですね……ビリーさんは僕にとって、親のようでした」

「アイツもお前を息子のように想ってたよ。もしアイツが今の俺を見たら、絶対ぶん殴るだろうなぁ」


 トビは鍋をつつき、その味に驚く。


「お、おいしい! おいしいですよこれ! モトさん、相変わらず料理の天才ですね!」

「ま、外では宮廷料理人だったからな。王様を食中毒にしちまってこのザマだけど」

「そうなんですか! 初耳です! じゃあ懲役が終わったら、また料理人に戻るんですか?」

「そうだな。つってもまだまだ先の話だぜ」

「その時は僕もウェイトレスとして雇ってくださいね」

「あのな、男はウェイトレスじゃなくてウェイターって言うんだよ。もちろん、俺が店を開いたらお前も雇ってやるよ」


 そんな輝かしい未来を話しながら、二人は鍋をつつき合った。



 ---



 朝、トビは外から聞こえる鈍い音で覚醒した。


「なんだ……この音……うっ!」


 なぜか体が重く、頭の動きが鈍い。

 昨日、夜遅くまでモトと話していたせいだろうかとトビは考えるが、すぐに違うと気づく。


「前に、間違えてお酒を飲んじゃった時に似てる……もしかして、昨日の鍋……お酒が入ってたんじゃないか……?」


 部屋に置いてある鍋の匂いを嗅ぐ。よく嗅いでみると、微かにアルコール臭がした。


「やっぱり……でも、モトさんが間違えて入れるとは思えない。まさか……!!」


 外から聞こえる鈍い音。ドゴ、バギ、という音。それがマルクが暴力を振るってる音だとトビは確信した。

 そして恐らく暴力を振るわれているのは……。

 トビは自分の考えが間違っていることを祈って、外に出る。


「そんな……!」


 路地で、血まみれで倒れている男は――昨日自分と笑い合った恩人、モトだった。




 ――――――――――

【あとがき】

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