第1話 なんか降ってきた
勇者が籠手を落とす二十分前。
生ごみの匂いが充満する路地の上、黒髪の少年が大人の男に殴られていた。
「ははは! ひひひ! おらおら! 笑顔を絶やすな! 俺様は! この街の王だぞ! 媚びろ媚びろ媚びろ!!」
男はそのブヨブヨの腹を左右に揺らし、大木のような腕を振り回す。
少年はもう顔中傷だらけで、白いシャツは血で赤く染まっているのに――笑顔だ。
「ありがとうございます。ありがとうございます。ありがとうございます」
ただそう繰り返す。壊れたカラクリ人形のように。
その少年の様子に、周囲の野次馬たちは次第に顔を青ざめさせていった。少年を殴って興奮する男も不気味だが、いくら殴られても笑顔な少年もまた不気味だった。
「あー、スッキリした。おいサンドバッグ! 明日も同じ時間にここに来いよ!」
「はい」
男の取り巻きたちが大口を開け、トビを嘲笑う。
「殴られて笑うとか気色わりぃ!」
「まさにサンドバッグ! 殴られ屋のトビ!」
「今度は俺の相手もしてくれよ~」
大柄な男は鼻を鳴らし、取り巻きを率いてその場を去っていく。
「トビ。大丈夫か」
頭にタオルを巻いた男が少年――トビに手を貸す。
「いつも悪いな。お前のおかげで、俺たちは殴られずに済んでる」
「いいんです。僕は痛みに疎いので……皆さんのお役に立てるならいくらでも殴られますよ」
トビは手を借りて立ち上がるも、すぐにふらつき、尻もちをついてしまった。
「激痛耐性、だったっけか? お前の耐性」
十歳になった時、稀に人は耐性を得る。
火の耐性、あるいは水の耐性、毒の耐性……耐性の数は多岐に渡る。
トビに芽生えた耐性、それは激痛に強いというだけの激痛耐性だった。
「でもそれって痛みに疎いだけだろ。体はちゃんとダメージを受けるし、殴られ続ければ死ぬだろ」
「さすがに殺すほど殴ることはしませんよ。盗みも暴力も見逃されるこの町だけど、殺人だけは王都から罰せられます。それはマルクさんもわかっているはずです」
ここは王都ヒュルルクの北東部にある町、スラムロック。通称
二階建て以上の建物を建てることは許されず、あるのは布を縫い合わせて作ったテントか、地面に穴を掘って作った竪穴の家。
街のいたるところに王都から流れ着いたゴミの山があり、異臭が漂う。
「ちくしょう! いつもいつも好き勝手しやがって!」
「男殴って性欲満たす変態が……!」
「高ランクのゴミ山も全部独占されちまったなぁ。元盗賊だけあって強いし、誰もアイツには
住民たちが喚く。
ここに集まるのは犯罪者たちだ。
王都はいま、慢性的な収容所不足で、罪人たちをこのゴミの街に閉じ込めているのだ。王都の
「おい聞いたか。今日の朝、ここから出ようとして首を焼かれた奴がいるってよ」
「馬鹿だな。この首輪がある限り、俺たち罪人はここから出られないってのに」
罪人にはすべて鉄の首輪がつけらえている。首輪はこのスラムロックを出ると起爆し、頸動脈を焼き切るようになっている。
トビには首輪はついてない。なぜなら彼は罪人ではないからだ。
ただここに捨てられた子供。このゴミ山に捨てられ、罪人に拾われ育てられた子なのだ。
トビがここに残るのは、街を出たところで身寄りもなく力もない自分はどうせ犯罪に手を染めるとわかっているからだ。そうなれば、今度は首輪をつけられてここに入れられる。
「おーい! そろそろ
男性が声を上げると、住民たちは一斉に屋根のある場所に退避した。トビも自分のテントに引きこもり、布の隙間から外を見る。
空から、大量のゴミが降ってきた。
王都に溜まったゴミはこうして転移魔法でスラムロックの空に転移させられる。住人、もとい囚人たちはそのゴミを糧に生きるのだ。
「……ゴミが降っている間に手当しとこ」
トビは包帯で傷を塞いでいく。この包帯も拾った物だ。すでに使用済みだった包帯を洗って、干して、使えるようにした。
街のあらゆるところからガサゴソと袋を準備する音が聞こえる。トビも縫い目だらけのカバンを出し、待機する。
ゴミの雨が止むと、住民たちは一斉にスタートを切った。
ゴミは早い者勝ち。貴重な物を求めて全員がゴミ山を探る。
富裕層のゴミが落ちる場所、平民層のゴミが落ちる場所は明確に分かれており、富裕層のゴミが作るゴミ山はランクが高く、平民層のゴミが作るゴミ山はランクが低くなる。現在、マルク一派が高ランクのゴミ山を独占しているため、自然と他の大多数の住民たちは低ランクのゴミ山に集まり、競争率が高まっている。
ゴミ山は貴重な資源だ。
食べ物、飲み物、家具やらなんでも降ってくる。まさに
トビは外れの方にあるゴミ山、人気のないゴミ山に足を運ぶ。
(この辺は本関係のゴミがいっぱい落ちてくるからな……なにか面白い本、落ちてないかな)
スラムの住民で文字を読める人間は珍しい。ゆえに本は人気がない。
だがトビは幼い時から本を拾い、自分で本から文字を学び、文字を読めるようになった。本の山をトビは物色する。他に誰もいないのでゆっくりと見られる。
「うわ!」
トビは空をゆく船――飛空艇の存在に気づく。
「すっごいなー! あれが飛空艇か。初めて見た」
飛空艇を目で追っている最中のことだった。
ドン!
ゴミ山の上になにかが落ちてきた。
トビは視線をゴミ山の上に持っていく。
「なんだろ?」
トビは山を登り、その頂上に突き刺さる光り輝く物体を手に取った。
「これは手袋……じゃなくて、えっと、鎧の……籠手? だったかな」
――――――――――
【あとがき】
『面白い!』
『続きが気になる!』
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