右手(ホラー)

百田 万夜子@カクヨムコン10参加中

右手

夜。暗闇。足音。懐中電灯のゆらゆらとした、頼りない明かり。

そして足音。

突如、ジリリリリとけたたましい音がした。俺たちのすぐ横。真っ暗闇の中に、急にぼうっと浮かび上がった赤いランプ……

「うわあ!」

「何何何?!」

「ギャー!」

俺たちは飛び上がった。驚きすぎて手に持っていた録画中の暗視ビデオカメラを落っことしそうになる。

すぐに音が止み、今度は一気にしんとした。バクバクとうるさい胸を押さえ、俺は恐る恐る辺りを見回す。

今まで自主的に俺の前を歩いていたユウジは懐中電灯を放り投げてしまっていたし、臆病なヒロは俺の後ろで怯えた顔のまま固まっていた。

今は、何も聞こえない。


ここはある廃病院。俺たちは大学生で動画配信者。3人で主にオカルト系の動画を撮影して、動画サイトに投稿している。だから今回も、隣県でそこそこ噂になっている廃病院に来たのだ。

一応、この土地の所有者となっている人物に立ち入りの許可と、撮影の許可は貰っている。連絡を取ったその人の話だと、現在ライフラインは全て止まっている。老朽化が進んでいるかもしれないから、足元に注意して、とのことだったのだが……。

どうやら廊下に設置されていた火災報知器が作動したらしい。ついさっきまで赤いランプなんて点いていなかったのに。

「び、びっくりしたな……」

「ああ」

「……」

「おい、ヒロ。ヒロ? 大丈夫か?」

ユウジが、まだ放心状態のヒロの肩を揺すった。

「う、うん……」と、やっとヒロが答えた。

「行こうぜ」と懐中電灯を拾ったユウジが言うので、俺もビデオカメラを構えた。

ヒロも、トボトボと俺の横に並んでついてきた。


「ここだけ扉が開いてる」

ふとユウジが立ち止まった。見ると、廊下に面した診察室か病室の扉が開いていた。通ってきたところは全部、扉は閉まっていたのに。

暗闇の中、ちょっと頼りない懐中電灯の灯りが、その一室を照らした。

「な、何だあれ?」

「花?」

俺達は目を凝らした。

「おいタキ、ちゃんと録画してるか?」

「お、おう。してるよ」

「ヒロ、ちょっと中見てこいよ」

「え、え? 僕?」

「ユウジ、それは流石に可哀相だろ」

「じゃあ、3人で入ろうぜ」

ユウジが、俺とヒロの顔を順に見た。

結局「わ、分かった」と、俺たちは渋々了承した。

部屋に入ると、右奥に机と椅子があった。学校の職員室にあるような机と椅子。机の上には、さっき廊下から見えた『花』があった。小さい花瓶に一輪の薔薇。その薔薇は、こんな廃墟に似つかず、気持ち悪いくらい真新しかった。

「な、何でこんなとこに薔薇なんて生けてあるんだよお……」

ヒロが情けない声で言うと、反対にユウジは声を弾ませた。

「これ、面白い絵の動画録れんじゃね?!」

俺は録画を続けたまま「何で?」と訊いた。

ユウジが言うには、自分がこの椅子に座って、他の2人は部屋の外で待機。5分間座ったまま耐えられたら成功、という動画を録ろうということだった。

「き、気持ち悪くないのかよ……やめなよ……」とヒロが心配していたが、ユウジは「面白い動画にしたいじゃんか!」とノリノリで、俺の手から暗視ビデオカメラを奪い取り、さっさと椅子に座ってしまった。

「そうそう。お前らは廊下で待ってろよ。あ、でも帰るなよ?」とユウジが言う。

正直、俺もユウジが心配だったが、何を言っても聞きそうにないので、このまま続けることにした。スマホのタイマーを5分に設定した。

「変だったら、すぐこっち来いよ」と念を押した。


ヒロと2人で、スマホの画面と部屋のユウジを交互に見る。1分がすごく長い。

あと4分。あと3分。あと2分。

ユウジにも部屋にも異変はなさそうだった。

「あと1分な」

「おっけ!」とユウジの声が聞こえる。

……終わった。

「ユウジ、大丈夫か?」

「大丈夫、大丈夫。何も起きなかったなー」

ユウジが笑って、薔薇にちょんと指先で触れた。ヒロが小さく「あっ」と言ったが、その後は特に言葉は続かなかった。

「か、帰ろう」

ヒロが言った。



次の日、ユウジが学校を休んだ。ヒロと俺は、昨晩のこともあったから、気が気じゃなかった。学校帰りに、ユウジの家に見舞いに行くことにした。


「お邪魔します」

ヒロと俺は、玄関で出迎えてくれたユウジの親御さんに会釈して、ユウジの部屋に向かった。

「ユウジ、見舞いに来たぞ。開けて良いか?」と、部屋のドアをノックするが反応がない。

「寝てるのかな?」

念の為ヒロが、もう一度声をかけると室内からガタっと音がした。起きているらしい。

少し待つと、そっと扉が開いた。

「うす」

半分眠そうな目のユウジが顔を覗かせた。目の下にはクマがあり、少し顔色も悪い気がする。

「だ、大丈夫?」

ヒロが不安そうに言うと、ユウジは「頭痛え」とだけ返した。


俺たちは、ユウジの部屋に入れてもらった。2回くらい遊びに来ていたけれど、その時の記憶と違って、室内は少し散らかっているようだった。

3人で他愛のない話をした。学校であったこととか、課題のこととか。けれど昨晩の動画については、話題にしにくくて話さなかった。ユウジは、ずっと元気がなくて、口数も少なかった。

話し始めて、暫く経った頃。どこからか急にザー、ガリガリ、ザーという大きな音がした。耳障りな音だった。

「うわあ!」とヒロが飛び上がった。

「ど、どこから音がしてるんだ?」と俺は、聞こえ続けているノイズに耳を澄ませる。

「あ、あれか?」

音は部屋の隅に置いてあるラジオのスピーカーからだった。

「ラジオの電源、入りっぱなしみたいだぞ」

俺はユウジに声をかけたが、ユウジは眠そうにぼんやりとしていて、無言でうなずいただけだった。突然こんな大きな音がしたのに、ちっとも驚いている様子じゃなく、ちょっと気味が悪いと思ってしまった。ヒロもそう思ったのか、少し引いている感じだった。

ラジオのスピーカーからは、まだノイズが聞こえてくる。

『……て……き……て』

「え? なんか言ったか?」

「言ってないよ」

「ユウジか?」

「……」ユウジは無言。

『……て』

「あ。ラジオからだ!」

俺がそう言った時だった。

『来てえええええ!』

物凄い音量で、ノイズとともに女の声がした。低く、しゃがれた声だった。

俺たちは目を見開いて固まった。

「き、来て、って言ってた?」

「うん……言ってた」

やっと、止まった息を吐き出す。

ノイズも声も、何も聞こえなくなった。ユウジは無表情で、無言のままだった。

「か、帰ろうかな」

つい、俺は小さい声で言ってしまった。すると、ヒロも「そうだね。ユウジ体調悪そうだし」と立ち上がった。

俺たちは「ユウジ、無理すんなよ」と言いながら部屋を出た。

帰り際、ユウジの親御さんに「音うるさくなかったですか? すみませんでした」と一応言ったけれど、なぜか「静かすぎるくらいだった」と返された。ラジオの音は、部屋の外に漏れていなかったのだろうか?


帰り道。並んで歩くヒロが言った。

「ねえ、タカ? ユウジ、変だったよね……」

「うん……」



その日の晩。俺は、例の廃病院で録画した映像を、自室のパソコンで見ていた。

最初はなんともなかった。でも、途中で異変に気づいた。

「は……?」


「ユウジ、大丈夫か?」

「大丈夫、大丈夫。何も起きなかったなー」

ユウジが笑って、薔薇にちょんと指先で触れた……


あのシーンだった。薔薇に触ったユウジの指の辺りに、発光しているような赤いモヤがかかっていたのだ。念の為パソコンの画面を拭いたけれど、汚れじゃなかった。あの時、赤い光やモヤなんてなかったはずだ。気付かなかっただけ?

俺は動画を少し前から見直そうと、画面をクリックした。

「あれ?」

急にパソコンの電源が落ちてしまったらしい。電源ボタンを押す、が反応しない。

「壊れたか?」

パソコンの電源を点けようと、色々操作してみたが中々上手くいかない。

「まじかよ……」

投げやり気味に、駄目元で最後に、もう一度だけ電源ボタンを押した。

パソコンが起動した。

「やっと点いた。はあ、良かった」

けれど、安心したのも束の間。

「あれ? 動画は? 消えた?」

いくら探しても、さっきまで見ていた廃病院の動画は見付からなかった。



それから3日。ユウジは相変わらず学校には来なかった。

4日目だった。ユウジが交通事故で亡くなったと聞いた。夜中に、いつの間にか家を抜け出し、徘徊していたところを車に轢かれたらしい。

しかも、その時の遺体の状態。不自然に右手だけが無くなっていた。手首から先を、スパッと刃物で切り落とされたようで、いくら探しても右手の先は見付からなかったとのことだった。


ユウジが薔薇を触ったのも、赤いモヤがかかっていたのも、右手だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

右手(ホラー) 百田 万夜子@カクヨムコン10参加中 @momota-m

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画