第14話 飛行訓練
「初めてでここまで動かせるとは大したものだ」
クラウスがパチパチと手を叩きながら近寄ってきた。
「どうだ兄上? 私の見込んだ通りだろう」
パルミラがふふん、と得意気に胸を張る。
「ああ、だが、肝心なのは飛行だ。ユアン、こっちに来い」
クラウスがもう一度、先ほどの小部屋に俺を連れていった。そして、俺に魔導鎧をつけるように言う。ただちょっと、形状が変わっている。背中に何かついている。
「飛行の感覚を掴んでもらうための魔導鎧だ。通常の機能に加えて、背中に飛行ユニットがついている。実際の魔導機兵と操作の感覚は似せているから、これでまずは飛行ユニットを操作する感覚を掴んでくれ。危ないから、そっちのクッションが置いてあるエリアでな」
「分かった。やってみる」
魔導鎧の場合は四肢だけだ。背中を意識する、というのは経験がない。やってみるけれど、何も起こらなかった。この魔導鎧で飛べなければ、魔導機兵でも飛べないってことだ。それでは戦えない。とにかく、できるようにならなくては。何度も試しているうちに、ふわりと体が浮いた。何とか、背中側に制御用の魔力を流すことは出来たようだ。……が、すぐにバランスを失ってべしゃりと地面に叩きつけられた。クッションのお陰でそこまで痛くはなかったが、これは結構難しいな。
何度も墜落を繰り返しながらも、俺は飛ぶ訓練を続ける。
「おお、結構安定してきたな!」
パルミラが嬉しそうに声を上げた。
「いや……まだだ。まだ自在に、とはいかないし、飛行ユニットの制御で手一杯だ。これでは戦えない」
「そんなに焦るな。焦るとかえって――」
パルミラが慰めの言葉を言いかけたところで、ジリリとベルが鳴った。皆の間に、ピリリと緊張が走る。
「話は後だ、皆、一旦戻るぞ。ユアンもそのままでいいからついて来い」
クラウスが慌ただしく言い、急いで地上へと向かう。俺たちもついていく。
研究所の入り口に戻ると、初老の侍従が待っていた。
「クラウス様。王都からの使者がお見えです。使者と申しますか……調査団と申しますか……」
侍従が言葉を濁す。クラウスは、それで全てを察したようだった。
「パルミラ。お前も魔導鎧を着けておけ。ここには誰も入れるな。そして誰も逃がすな。ユアン、お前もだ」
「分かった、兄上」
クラウスは侍従と一緒に館に戻っていった。
「パルミラ様、こちらへ」
研究員の一人がパルミラを奥へと連れていく。魔導鎧を着て、ここに誰も入れるなと言うことは……敵が踏み込んでくる、ということだろう。だけど、敵って誰なんだ? 王都と言っていたから、ヒュミリスの指示か? 俺たちが入国したのが伝わって、捕らえに来たということだろうか?
何も分からないまま、それでも敵に備えて入り口側を見張っていたところで、魔導鎧を着たパルミラが戻ってきた。
「パルミラ、一体どういうことなんだ?」
「私にも分からないが、兄上が言ったのだから、その通りにするまでだ」
パルミラの答えは単純だった。まあ、ここまで来て捕まるわけにもいかないし、ここに入られて魔導機兵のことが露見しでもすれば、俺にとっても都合が悪い。確かにここはクラウスの言う通りにするしかない。
外から騒がしい足音が聞こえてきた。五人、か。
「パルミラ王女……! やはり、戻っていたのですね。さあ、こちら……ぐっ」
先頭の男が言い終わる前に、パルミラが背中の飛行ユニットで急加速して男を殴り飛ばした。クラウスの命令に従うのなら、話し合いなど不要か。それならば、さっさと片づけた方が良い。
俺だけでなく男達も頭を切り替えたらしい。残りの四人が一斉にパルミラに襲い掛かる。彼らも魔導鎧を身に着けていた。
「パルミラ!」
先程のパルミラの動きを真似て、足で地面を蹴ると同時に、背中に意識を向ける。通常の魔導鎧のアシスト以上に体が急加速する。その勢いで、一番近くにいた男に突っ込んだ。吹っ飛ばされた男が、後ろにいた男を巻き込んで倒れた。残りは二人。
こちらに向かってきた男をくるりと飛び越えて躱し、背後を取り締め落す。残りの一人はパルミラが蹴り飛ばしていた。これで全部だ。
「へぇー、アンタ、強いんだな。パルミラ様を倒したってのも納得だ」
無精ひげの研究員が、ロープを手に感心しきった様子で近付いてきた。俺はロープを受け取り、伸びている男たちの魔導鎧をはぎ取って縛り上げる。
ひとまずクラウスの言いつけは守れたな。
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