第12話 お義兄さんは心配性
瀟洒な待合室で待っていると、少しして扉がガチャリと開いた。金髪碧眼の、優美な顔立ちの華奢な青年がパルミラの姿を認めると、感極まった様子で駆け寄ってきて、彼女を抱きしめた。この青年がパルミラの兄なのだろう。ということは、トライアンフの王子だ。
「パルミラ! 良かった! お前が負けて、戻ってこないと聞いて心配していたんだ。お前がいなくなったら、私は……!」
「兄上! ああ、私は無事だ」
パルミラが王子の背中に手を回し、ぎゅっと抱き返す。二人はそうやって、しばらくお互いの存在を確かめ合っていた。兄妹、仲が良いんだな。でも、あんまり似ていないな。髪の色も目の色も違うし、顔の作りもそれほど似ていない。王子の方が賢そうというか、思慮深そうだった。そういえばさっき、パルミラは今の王の養女だと言っていたっけ。だから王子とは本当の兄妹ではないのかもしれないな。だとすれば似ていないのも納得がいく。
「……ところでお前は一体何だ? 夫だとか聞いたが、何の冗談だ?」
パルミラを抱きしめたまま、王子は物凄く敵意の籠った視線で俺を睨みつけてきた。
「ああ、兄上。冗談ではないんだ。彼は夫のユアン。アルガルベの闘士で、私は彼に負けて殺されそうになったのだが、彼の妻になることで助かったんだ」
「何だと⁉ 命が惜しければ自分のものになれと脅したのか⁉ 何と破廉恥な!」
彼はパルミラを庇うように自分の後ろに隠れさせると、今にもつかみかかりそうな感じで俺に凄んだ。
「ちょっと待てパルミラ! 話を端折り過ぎだ!」
「パルミラだと⁉ 貴様今パルミラを呼び捨てにしたな⁉ 私のパルミラに気安く話しかけるなこの痴れ者が!」
彼は猛然と向かってきて、俺の襟首をぎゅっと掴んだ。この華奢な男を振り払うことは容易いけれど、相手は王子だ。そんな事をしてはいけない。ここは冷静に、落ち着いて誤解を解かなければ。
「申し訳ありません。ただ私にも弁解をさせて下さい。パルミラ様を私の妻にするという話は、アルガルベ様が勝手に決めたことです。私がパルミラ様に止めを刺さなかったのを、好きだからだろうと勝手に勘違いしてそうしたのです」
「あ、すまない。ちょっと説明が良くなかったな。私を殺そうとしたのはヒュミリスだ。私が負けたから、処分しようとしたんだ。で、ヒュミリスからユアンが助けてくれて、そのユアンと私をアルガルベが庇ったんだ。ユアンは、アルガルベのお気に入りなんだ」
パルミラが俺たちの間に割って入った。それでようやく、王子も俺から手を放した。
「そうだったのか。すまなかった。だが……この男が? 本当にお前はこの男に負けたのか? もしかして、私の魔導機械に何か不具合でもあったのか?」
王子は怪訝な顔でパルミラに尋ねた。パルミラがこいつを魔導機械作りの天才と言っていたっけ。あの魔導機械はこいつが作ったのか。性能は俺のものより上だった。凄いものだ。
「いや、兄上の魔導機械はいつも通り完璧だったよ。ただ私が弱かったんだ。ユアンに魔導機械を使用不能にされてな。それで負けた」
「魔導機械を使用不能に? パルミラの攻撃を掻い潜って近づき、魔導機械を破壊したということか?」
「ああ、多分魔導機械の改造もしているんだろうな。想定していたフォステリアナの魔導機械の性能と違ったから、私も騙されてしまったんだ。とにかく強かった。完敗だ。さすがは我が夫だ」
パルミラが王子の後ろで謎に胸を張った。夫というのはやめろ。王子をこれ以上刺激するな。
「夫……!」
ほら、また睨んできたじゃないか。
「あの、ええと、夫と言うのは先程も申し上げた通りアルガルベ様が勝手に決めたことです。ですから私はパルミラ様のことは何とも思っておりませんので」
俺はなんとか彼を宥めようとしたけれど、その言葉は何故か彼を余計に苛立たせただけだったようだ。彼はまた、俺の襟首をつかんだ。
「何とも思っていないだとっ! 貴様パルミラが相手では不満だというのかっ⁉」
「い……いえそういう意味では。ただ私ごときがパルミラ様に思いを寄せるなどおこがましいと申しますか」
「当たり前だ! まあ……弁えているならいいだろう」
王子は俺から手を放した。解放されて、俺はふう、とため息を吐く。ようやく王子様のお怒りも収まったようだった。しかしこいつ、妹に対して過保護すぎではないだろうか。シスコン極まれりって感じだ。王族がそんなのでいいのか?
「兄上、本当はユアンにも協力して貰ったらどうかと思って連れてきたんだ。試作機を余らせておくのももったいないし、戦力は多い方がいいだろう?」
「だが、そいつはアルガルベのお気に入りなのだろう? 長年争っている国の、竜の側近。危険だ」
王子は首を横に振った。パルミラの言った『試作機』が何なのかは分からないが、なんらかの魔導機械なら王子の言う通り、俺に渡すべきじゃない。
「それはそうだが、ユアンはヒュミリスにも向かっていったし、特権を得たいがためにアルガルベに仕えているわけじゃない。竜を倒すことを考えているけど、届かなくて悩んでる」
「そうなのか?」
王子が俺の方を見た。
「魔導機械を改良し、操作の術を磨いているのは人と戦うためではありません。竜に一矢報いるためです。でも……結局それは出来ていません。そう考えて、自分を誤魔化しているだけなのかも……」
「というように、面倒臭い考え方の奴だ。でもそれは、竜を倒すことが途方もないことに見えているからだ。手段があると分かればきっと、やってくれる。そうだよな、ユアン?」
「ああ、もちろんだ」
俺は頷いた。王子はしばらく腕を組んで考えながら俺を見ていた。だがやがて、つかつかと俺の方に近づいて来た。
「……そうか。それなら歓迎しよう。クラウスだ。トライアンフの第三王子で、今はこの地域を統治している。まあ、上手く行っているとは言い難いがな」
クラウスがそう言ってすっと右手を差し出した。
「ユアンです。計画に加えて頂けて光栄です、クラウス殿下」
少し戸惑ったけれど、俺はその手を握り返した。
「クラウスでいいし、敬語も不要だ。お前は竜を倒す同志だからな。だがお義兄さんとは呼ばせん」
「はあ」
お義兄さん、などと呼ぶ気は無いのだけど。
「すまないな。兄上は私のことになるとちょっと面倒臭いんだ」
パルミラは少し困ったように、でも少し嬉しそうに言った。俺としては、ちょっとどころじゃないと思うんだが。
「面倒臭いとはなんだ! お前は考えなしなところがあるから心配なだけだ! 大体――」
「そんなことより兄上、魔導機兵は?」
クラウスが説教モードに入ろうとするのをパルミラが遮った。『魔導機兵』というのが竜を倒すための魔導機械だろうか。
「今すぐ見せてやりたいところだが、今日はもう遅い。研究所の皆も帰ってしまったから、明日にしよう。お前たちも長旅で疲れているだろうしな。食事を用意させよう。今日はよく食べて、ゆっくり休んでくれ」
パルミラは少し不満そうだったし、俺も魔導機兵が何なのかは気になったが、クラウスの言うことももっともだった。今日は休もう。
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