第10話 怪しい馬車の旅

さすがに今回はパルミラも眠ったりはしなかった。怪しいことは承知しているらしい。外と御者の様子をそれとなく見ている。

暫くして三叉路に差し掛かかった。御者がちらちらと辺りを確かめて、右の道へと馬の首を向けた。少し進むと道はうす暗い森の中に入っていった。パルミラが顔色を変える。


「マルカントはこっちじゃないだろう? どこへ行く気だ?」

「道なら合ってますよ」


御者はへへ、と笑って答え、どんどん馬車を進めていく。嫌な予感しかしない。少し先に、大きな荷馬車が止まっているのが見えた。御者が速度を緩めていき、その荷馬車のすぐ手前で止めた。待ち伏せされていたらしい。周りからぞろぞろとチンピラ風の男達五人が出てきて馬車を取り囲んだ。


「へー、あの女、上玉じゃねえですか! こいつは高く売れますぜ!」


男たちの一人がパルミラを見て下卑た笑いを浮かべる。彼女を上玉だ、などと言うということは、こいつは知らない、ということになる。


「降りろ」


五人の中でも一番腕っぷしの強そうな男が威圧的に言った。幸い、彼らは魔導鎧はつけていない。生身だ。銃もない。ならば、と俺はパルミラに視線を送る。彼女も同じ考えだったようで、パチリと視線が合った。

俺は馬車を飛び降り、腕っぷしの強そうな男の顎先に掌底を叩きこむ。カクンと男が意識を失って崩れ落ちた。


「ボス⁉」


俺は男の手からこぼれ落ちたナイフを拾い、気を失っている男に突きつける。


「ボスの命が惜しければ大人しく武器を捨てろ!」

「へっ、そっちこそ、この女がどうなっても……ぐはっ」


ナイフを手にパルミラを襲おうとした男だったが、あっさりとパルミラに蹴り飛ばされて伸びていた。それを見て、残りの三人が目に見えて怯えだした。


「ユアン、人質を取るなんてやってることが悪人じゃないか?」

「全員畳めば解決だと思っている奴に言われたくない」

「ひぃっ」


男達が情けない声を上げる。


「誰に頼まれた? 目的は何だ?」

「頼まれてなんかいない! 俺たちはただ、こうやってカモを襲って金品を巻き上げたり、売り飛ばしたりしてるんだ」


男が震える声で答える。嘘は言っていなそうだ。


「ユアン! こいつらはよくいるチンピラだ。今は早くマルカントに向かうことだ」


こんなのがよくいるのか? トライアンフの治安、悪すぎないか? まあ、今そこを気にしても仕方ない。彼女の言う通り、目的地に急いだほうがいい。


「おい、お前」


御者台でどうしたものかと成り行きを見ながら、どうにもできずにいた卑屈な男にパルミラが声を掛けた。


「ひっ!」


男は怯え切った目でパルミラを見上げる。


「今度はちゃんと、マルカントに連れて行ってもらうぞ?」

「へ……へえ、喜んで」


男達をその場に残して、馬車はもと来た道を戻り、今度は三叉路で左の道に入った。


「だから怪しいって言ったのに」

「良いじゃないか。まだ昼だ。結果的にはマルカントに早く着けそうだぞ」


パルミラは高く上った日をまぶしそうに仰ぎ見ながら、明るく言った。確かに、さっきのロスを含めても、今のところまだ馬車を待つより早いわけではあるが。


「お前なあ……。いくらなんでも考えなさ過ぎだ」

「まあ、あの程度の奴らなら、ユアンと私なら対処できるだろう? ……お説教は御免蒙るぞ。相手がもっと強かったらとか、もっと多かったらとか、魔導機械を持っていたらとか、仮定の話をしても無駄だ。私はそうならないと踏んだからこの道を選んだ。それだけだからな」

「分かったよ」


そう言われると、もう何も言えなかった。危なっかしいとは思うが、彼女も全く考えていないというわけではないらしい。


「こういう手合いはよくいる。特に地方では治安維持ができていないんだ。上から下まで皆、自分が良い生活をすることしか考えていないから」


パルミラがため息をついた。犯罪者も賄賂やらなんやらでお目こぼしをしてもらっている、ということのようだ。なんてことだ。

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