第9話 急がば回れ

 七時を回ったころ、ようやくブレストについた。もう雨は止んでいた。

 魔導列車の駅が出来たからなのか随分と発展していて、俺がいた頃の面影はなかった。駅の周りでは、降りた客を捕まえようと宿屋が呼び込みをしている。彼らの中から適当に、今日の宿を探そうか。


「ユアン?」


 ふいに女の声が俺を呼んだ。見ると、亜麻色の髪の俺くらいの年の女が立っていた。誰だ? 俺が困惑していると、彼女はふふ、と笑った。


「マリーよ。覚えていない?」

「マリー? 宿屋の?」

「そうよ! 思い出してくれた?」

「ああ! ごめん、すっかり綺麗になっちゃったから、すぐに分からなかったんだ」

「あら、都会に行って口が上手くなったのねえ!」


 マリーが笑顔で俺の背中を叩く。


「知り合いか?」


 パルミラが俺を小突いた。


「ああ。俺はここの出身なんだ。彼女は小さい頃、近所に住んでいた」

「その方、ユアンの奥様?」

「いや……ええと……仕事上の同僚だ」


 書類上はそうなのだが、そうだと言ってしまうと色々と面倒だ。俺は咄嗟に同僚だと答えた。まあ、竜を倒すために共に行動していることを考えれば、こちらの方が実際に近い。


「そうなのね。ねえユアン、今日の宿は決まっているの? 決まっていないなら、うちに来なさいよ」

「探していたところだから、そうしてもらえると助かるよ」

「良かったわ! ついてきて」


 マリーが手招きする。宿屋は駅から少し歩いたところにあった。三階建ての、立派な建物だった。俺の記憶にあるマリーの宿屋はもっと小さかったし、場所もここではなかったように思う。道もすっかり変わってしまったからそれも定かではないのだけど。戦争からの復興と、魔導列車の開通でこの街は大きく変わっていた。


「ジョー、二部屋お願い」


 マリーがフロントにいる、体格の良いこげ茶色の髪の男に親し気に声を掛けた。多分マリーの夫なのだろう。俺の記憶には無い顔だから、どこか他所から来た人間だろうか。マリーの時と同様、俺が昔と結び付けられていないだけかもしれないが。

 同僚、と言ったおかげで、ちゃんと二部屋用意して貰えた。パルミラはちょっとつまらなそうな顔をしているが、実際一部屋だったらコイツだって困るだろう。


「鉱山に用があるの? それともトライアンフかしら?」

「トライアンフだ。だから明日は早くに出ないと」

「残念だわ。もっと色々、ゆっくり話をしたかったし、父さんと母さんにも会ってほしかったけれど。今日も長旅で疲れているでしょうし、無理は言えないわ」

「ごめん」

「いいのよ」


 マリーはニコリと笑った。昔と同じ、快活な笑みだった。



 翌朝宿を出て、国境の検問所に向かう。マリーは名残惜しそうにしていたが、今は先を急がなければ。

 大きな川と、その手前に佇む堅固な石造りの建物が見えてきた。検問所だ。ゆったりと流れるラルゴ川が二国の国境線だった。

 出国は問題なかった。特に何を聞かれることもなくフォステリアナを出る。検問所を抜けてその先の橋を渡る。まもなく、トライアンフ側の検問所にたどり着いた。


「パルミラ・ラーレ……?」


 審査官が怪訝な顔で通行証とパルミラを見比べた。と言って別室に連れていかれるでもなく通してはもらえたのだが。ただ、何かあるように思えて仕方なかった。


「トライアンフには入れたけど……気を付けた方がいいな。さっきの態度、何かあるような気がする。それに、俺たちを恨むやつもいるだろうから」

「重要なものを賭けた勝負に勝てなかった者と、それを破った者、か。確かに民からすれば、恨むのも仕方ないな。とはいえコソコソしてもそれはそれで怪しいだけだ。早く行くぞ。マルカント行きの馬車を探そう」


 パルミラはそう言って、馬車の止まっている方へ歩いていく。


「お嬢さん、マルカントへ行くんですかい? あいにく駅馬車はさっき出ちまったところでさ。次は昼過ぎですぜ。それだと今日中にはマルカントに着きやせんぜ。どうです、お急ぎならお乗せしますが」


 御者風の卑屈な男がパルミラに声を掛けた。あからさまに怪しい。良くてぼったくりというところだ。


「じゃあ、頼む」


 だがパルミラはあっさりと了承した。


「おい、良いのか? 絶対怪しいぞ」

「でも、昼過ぎまで待っていられない。なるべく早くマルカントへ行きたいからな」


 俺は注意するが、パルミラは聞き入れなかった。


「とはいえ、急がば回れっていうだろ?」


 俺がそう言うと、パルミラはくるりとその場で踊りでも踊るかのように、優雅にターンしてみせた。


「これでいいか? 行くぞ」


 もう何も言うことは出来なかった。俺は渋々パルミラの後をついて、怪し気な男の馬車に乗り込んだ。

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