第8話 魔導列車で行こう

 翌朝目を覚ますと、外はあいにくの雨模様だった。幸先の悪いことだ。

 パルミラはまだ寝ていた。早く起こさなくては。


「パルミラ、起きろ」

「ううん……もう少し……」

「駄目だ。お前、早くトライアンフに帰りたいんだろう? だったら起きろ!」


 俺がそう言って揺さぶると、パルミラもようやく目を覚ました。


「外で待っているから、早く着替えて出て来い。二度寝するなよ!」


 俺は昨晩準備した旅行鞄を引っ掴むと外へ出た。暫く待ったけれど出てこないから、二度寝してしまったんじゃないかとドアをノックしたところで、内側からドアが開いた。寝てたわけじゃなくて良かった。

 眠たそうに目をこすりながら、パルミラが出てきた。


「ほら、早く行くぞ」


 俺は若干寝ぼけているパルミラを引っ張り、国境方面へ向かう魔導列車の駅へ急ぐ。このくらいの雨なら、魔導列車も大丈夫だと思うが油断はできない。

 立派なレンガ造りの駅舎で、国境近くの街までの二等の切符を二枚買う。窓口の駅員が、雨につき運行が遅れること、途中で止まる可能性があることを念押しした。俺は構わないと答えて、切符を受け取る。

 ホーム内のスタンドで朝食のパンと昼食のサンドイッチを買い、列車に乗り込む。しばらくして、列車が動き出した。


「随分ゆっくりだな。これじゃ馬車より遅いんじゃないか?」


 パルミラがパンを片手に、窓の外のゆっくりと流れていく景色を見ながら頬を膨らませた。


「仕方ないだろ、今日は雨で、魔力パネルの出力が落ちるから」


 光を魔力に変換する魔力パネルは、雨だと光が少なくなるから供給できる魔力量も減る。そうなると、魔力の供給を受けて動く魔導列車などの魔導機械の性能は落ちるのだ。バッテリーも積んでいるが、それは完全に光が当たらなくなったとき用に温存する必要があるから、速度を補うことはしない。


「しかしさすが魔力パネルの生産国だな。こんなものまで作るとは。まあ、色々と課題もあるようだが」


 天候に左右されやすい、日当たりのいい場所を選んで敷設する必要があるので用地確保が大変、という大きな欠点はあるものの、輸送力は利点だ。その利点を見込んで、魔石の産地のある国境地域と首都を結ぶべくプロジェクトが開始され、三年前に完成されたのだった。


「ねえママ、今日は聖竜様はいないの?」


 後ろの席から、そんな子供の声が聞こえてきた。


「雨だから、お城でお休みしているんじゃないかしら?」

「つまんないの」


 母親が答えると、子どもは心底つまらなそうにそう言った。


「聖竜様って、アルガルベのことだよな? どういうことだ?」


 パルミラが怪訝な顔で俺をつつき、小声で尋ねた。


「ああ。あいつ、どういうわけだか魔導列車がお気に入りなんだ。時々沿線で眺めているよ。俺も何度か連れていかれた。魔導列車で竜を見たってのは、そこそこ聞く話だ」


 きっと後ろの子供はその話を聞いて、列車に乗れば竜が見られると思ったのだろう。

 ちなみに聖竜様、というのは人間が勝手にアルガルベを敬って言う場合の言い方だ。アルガルベの種族が聖竜というわけではない。炎のブレスを吐くヒュミリスは火竜、というように、人間はブレスで竜の種族を分類しているが、アルガルベがブレスを吐いているところを見た人間はいない。だからあいつがどんな竜なのか、実は誰も知らない。


「お前を見送りに来ていたりしないのかな?」


 パルミラはそう呟くと、雨の降りしきる窓の外を見やる。


「いないよ、今日は雨だもの。あいつ、多分雨に濡れるのが嫌いなんだ」


 アルガルベは雨の日はほぼ確実に城の中にいる。だから、母親の言ったことは正しい。


「そこだけは、普通の竜だな。他は大分変な奴だけど」


 パルミラはひとしきりアルガルベの変な点を挙げていた。その通りだなと思いながら聞いていたのだけれど、そのうちそれも聞こえなくなった。代わりに肩に重みを感じた。見ればパルミラが俺にもたれ掛かって寝ていた。全くこいつは……。

 魔導列車の中で寝るのはお勧めしない。スリやら置き引きやらというのがそこそこあるらしいのだ。だから俺は、ちゃんと起きていなければ。


 暫くぼんやりと魔導列車に揺られていたら、ふいに俺の肩が軽くなった。パルミラが目を覚ましたようだ。目をこすっている。もう昼を過ぎたから、多分腹が減って目を覚ましたんだろう。欲望に忠実な奴だ。

 駅で買ったサンドイッチを手渡す。早速彼女はかじりつく。もぐもぐと食べる姿は小動物的でかわいいが、こいつはそんな可愛い奴じゃないんだよな。


「しかしもう昼だというのに、まだ着かないのか」


 サンドイッチを食べ終えて、パルミラが不満げに俺の方を見る。


「まだまだだよ。晴れていたら夕方にはつくけれど、今日は雨だからな……まあ夜になるだろうな」


「じゃあトライアンフに行けるのは明日か」


 パルミラが舌打ちする。


「ああ、そうなるな。終点のブレストで一泊して、翌朝国境越えかな」


 国境近くの街、ブレスト。俺の故郷だ。故郷、と言っても十年前、家族が戦争で死んで首都の叔父夫妻に引き取られて以来帰っていない。帰る家もないし、帰っても仕方がないからだった。だから少々、今回そこを訪れるのは憂鬱でもある。

 とはいえ、パルミラは急いでいるわけだし、通り過ぎるだけだ。別に、どうということはない。


「そうか、仕方ないな」


 パルミラはそう言うと、また眠ってしまった。まあ、そうすれば目的地まで一瞬で着くから、良い選択だろう。俺にはできないが。というか随分無防備だよなあ。まあ彼女は一銭も持っていないからスリの心配はしなくていいし、終点までいくから寝過ごす心配もないのだけれど、例えば俺が裏切ったら、とか色々あるだろうに。まあそんなこと考えても無駄だし、休めるときに休んでおこうということだろうか。

 パルミラのことは良く分からない。まあ、今は彼女のようにトライアンフまで行くことだけ考えよう。

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