第7話 つまらない男

「上手く行ったな。これでトライアンフに戻れる」


 行きとは違い弾んだ足取りで塔の階段を下りながら、パルミラが嬉しそうに笑みを浮かべた。だけど俺は素直には喜べなかった。


「上手く行きすぎだ。それに、気になるな。もう一度会った時に一つ言うことを聞けだなんて。大体、詳しい行き先も聞かないし、いつまでに帰って来いとも言わなかった。アルガルベは何を考えているんだ? 何か気づいているのか?」


 アルガルベの態度には引っかかる点が多すぎる。頼み事が何なのかも気になるし、それが今でも帰って来た時でもなく、もう一度会った時、というのも気になる。


「分からんな。考えても仕方なかろう。今はトライアンフに戻ることだ。もしあいつが何か企んでいるのなら、それが発覚した時に考えればいい」


 だけど、パルミラは気にもしていなかった。彼女はとにかく『現在』に集中する性質であるらしい。


「お前は随分楽観的だな」

「起きるか起きないか分からんことにあれこれ気を回しても疲れるだけだ。起きた時に全力で対処すればいい」

「そのときのために備えて考えておけってことだろ」

「それでも全部想定できるわけじゃない。考えすぎても仕方ないということだ。竜の考えていることなど分かるものか」


 意見してみたけれど、パルミラは全く揺らがなかった。


「まあ確かに……アルガルベの考えていることなんて分かるわけもないな」


 俺はパルミラのようには割り切れないけれど、今は彼女の言う通り、考えても答えは出ない。俺は一旦考えを打ち切った。



 いつまでもぴったりとした魔導鎧のインナー姿では色々問題なので、店が閉まる前にパルミラの服の調達に街に出た。服と、旅行に必要なものを一通り揃えた。土産の聖竜まんじゅうも買わされた。

 夕食を取って部屋に戻ると、通行証が用意されていた。凄いスピードだ。本来なら何日もかかるものなのに。担当官には申し訳ない気持ちでいっぱいだった。だが、ひとつ気になることが。


「パルミラ・ラーレだって……?」


 俺はパルミラの通行証に書かれた名前に思わず苦笑いする。なんだなんだと、パルミラが不思議そうに通行証を覗き込んだ。


「ラーレって、俺のファミリーネームだ。書類上、既に結婚したことになっているらしい。なんてことだ!」

「仕事が早いな。しかしお前、そんなに嫌そうな顔をするな。こんな美人と結婚できたんだぞ」


 冗談めかしてパルミラが言った。こいつはやっぱり、全然気にしていないらしい。トライアンフに戻れればそれでいいということのようだ。

 しかし、自分で美人とか言うなよな。美人であるのは事実だけれど。でも、そのことは彼女には言わない。調子に乗るだろうから。


「お前がどうだ、ってことは関係ないんだ。勝手に結婚させられていることが問題なんだ」

「私たちは奴隷だぞ。そのくらい、あり得ることだ。大体、勘違いにせよ『好きだから』って理由なのはいいじゃないか。私はてっきり、強い仔を生ませるために掛け合わされるんだと思ったぞ」


 さらっと凄いことを言ったな。他の国の竜ってそんな感じなのか。まあ、そこから考えれば確かにいいのかもしれない。って、そんな事はどうでもいい。


「通行証は手配して貰えたが、トライアンフのどこに行けばいいんだ?」

「マルカントだ。地図はあるか?」


 俺は本棚から地図帳を引っ張り出し、トライアンフのページを開く。


「ここだ。ここに私の兄がいる」


 指し示されたのは国境と王都との中間くらいに位置する場所だった。


「兄は魔導機械作りの天才なんだ。私の魔導鎧も兄の作品だ」


 パルミラが誇らしげに言った。魔導機械作りの天才か。きっとその天才が、竜に対抗するための魔導機械を作っているということなんだろう。でも、竜に対抗できる魔導機械って何なんだろうな。

 今あるブレードでは、竜に傷をつけることは出来なかった。砲なら傷をつけることは可能かもしれないが、当てるのは難しいだろし、殺しきる前に逃げられそうだ。

 まあ、考えても分からないか。


「そこなら、陸路で国境を超えるのが良さそうだな。早速翌朝出発しよう。今日はここで休んでもらうしかないんだろうな。お前がベッドを使ってくれ。俺は長椅子で寝るから」


 俺がベッドを指差すと、パルミラはベッドに腰かけ、からかうようにニヤリと笑った。


「一緒に寝なくていいのか?」

「ああ、別でいい。ベッドに二人より、長椅子に一人の方が広いから」


 俺は淡々と答え、長椅子に向かう。慌てたり、腹を立てたり、戸惑ったりするとこういうのはエスカレートするから、無視一択だ。


「何だよそのつまらない答え!」


 パルミラがぷうと頬を膨らませた。


「からかいがいが無いと、からかいたくなくなるだろう?」


 俺は長椅子に寝そべりながら答える。


「お前、友達いないだろ」

「まあ……そうだな」

「そんなだからアルガルベに心配されるんだ」

「全く、余計なお世話だ」


 俺は布団替わりに軍服の上着を引っかぶり、壁の方へ寝返りを打った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る