第4話 愛される理由
「それにしても、お前は随分とあの竜に気に入られているのだな。お前は確かに強いし、闘士として優秀だが、それ以上の入れ込みようだな」
「俺が昔、あいつの寝首を掻こうとしたのが面白かったらしい」
当時の俺は、戦争の原因をアルガルベだと思っていた。それでアルガルベに近づくために軍に入った。強ければ竜の近くに行けるのだ。そうすれば隙をついて殺す機会もあるだろうと思った。
機会はあった。実行もした。だけどうっすらと鱗に傷をつけられた程度だった。俺はその場で捕らえられたけれど、アルガルベは不問にした。それどころか以来俺を気に入るようになった。
「竜を殺そうとしたのか? お前、さっきもヒュミリスに向かっていったが、竜を殺したいのか?」
パルミラが驚いた顔で尋ねる。その驚きには、殺せるはずもないのに馬鹿なことを、という呆れは一切なかった。この話を聞いた人が残らずするその顔を、彼女はしなかった。
「竜がいなければトライアンフとの戦争も起きずに、俺の家族も死ななかったと思っていたんだ。さっきも……これ以上竜のせいで人が死ぬのを見たくなかった。たとえ勝てなくても、と思ったけれど、今生きていて正直ほっとしている。……きっとアルガルベは、そんな中途半端な俺が滑稽だから気に入っているんだろう」
自嘲的に笑う俺に、パルミラはちょっと困った顔をした。
「いや? そんな面倒臭い理由じゃないぞ。あいつは『ユアンは少し私に似ているからだ』と言っていた」
「えっ……?」
衝撃の理由だ。そんなの、聞いたことない。というか俺は理由をあいつに聞いたことはなかったな。でも、どの辺が似ているって言うんだ?
「確かにその深緑色の瞳も、銀色の髪も、あの竜と同じ色だよな」
パルミラがベッドに腰かけ俺の目を覗き込むと、俺の短い髪を掬う。
「色が同じってだけかよ」
思わず盛大なため息が漏れる。まあ、相手は竜だ。人間なんて、そのくらいでしか見ていないのかもしれない。
「あ、でも特に目は似ていると思うな。色がってだけじゃなくて、なんだか似ている気がする。上手く言い表せないが」
パルミラがまたよく分からないことを言う。似ているかなあ、似ていないと思うけれど。やっぱり精々、色だけだ。まあでも、理由なんてどうでもいい。
「あいつに好かれたいわけじゃなかったんだがな」
竜に気に入られれば良い暮らしも出来る。だから皆気に入られようと必死だ。
軍人なら強さを認められて、竜同士の賭け試合に出される闘士になって勝てれば、将軍並みの暮らしができる。負ければその場で死ぬか、特に大きな負けならその場は生き延びても後で市民に恨まれて殺されることもあるけれど。
だけど、俺はそんなものが欲しい訳じゃなかった。
「竜の寵愛を得て出世したいって腹じゃないわけだな」
「当然だろう」
「なあ、ユアン。お前、今でも竜を殺したいと思っているか?」
パルミラが俺を真っ直ぐに見て尋ねる。俺はつい、目を逸らす。
「どうだろうな……。少なくとも昔のようにアルガルベを殺したいとは思っていない。それは俺が気に入られているからじゃなくて、あいつが戦争を起こしたわけじゃなかったからだ。少なくとも俺がここに来て以来、あいつが戦争を起こそうとしたことはなかった。さっきは……殺したいと思ったわけじゃなかった。さっきも言ったように、これ以上見たくなかったんだ。俺は逃げたかったんだな」
「何だか面倒臭いな。でもまあ、人に害をなすものには立ち向かいたいってことでいいか?」
パルミラが眉根を寄せ、首を捻りながら尋ねる。
「まあ……それはそうだが……」
「ハッキリしないな。ユアンがそういう面倒臭い感じになるのは、竜を倒す未来が見えないからだな。そうだ……よし、決めたぞ」
パルミラは独り言のようにそう呟くと、俺の肩を掴んだ。
「お前、あの竜に気に入られているんだから、私とお前がトライアンフに行けるように頼んでくれ」
「トライアンフに?」
「解放してくれなくていい。とにかく、二人で一度トライアンフに行ければいい」
「お前、ヒュミリスに殺されかけたんだぞ。戻りたいなんてどうかしている」
「それでも戻らなきゃならないんだ。そのヒュミリスを倒すために」
パルミラがきっぱりと答えた。
「ヒュミリスを……竜を倒す?」
「そうだ」
パルミラは大きく頷いた。冗談を言っているようには見えなかった。本当に、竜を倒す手段を持っているらしかった。
「十年前の戦争を起こしたのはヒュミリスだ。今回と同じ、下らん理由でな。私の両親もそのせいで死んだ」
「え……?」
思わず俺はパルミラを見つめる。彼女も俺と同じなのか。
「トライアンフは、あいつのせいでめちゃくちゃだ。私は何としても、あいつを倒さなければならないんだ。手段はある。お前なら、きっと使いこなせる。だからお前にも来てほしいんだ。ヒュミリスを倒すのに協力してほしい。お前にとっても、あいつは家族の敵だろう?」
パルミラが俺の目を見つめ返す。その目は真剣そのものだった。ヒュミリスを倒したいという意思がひしひしと感じられた。何となく、危うい感じさえした。
ヒュミリスは家族の敵で、さっき見たように酷い奴だ。放っておいたら、また戦争を起こすのかもしれない。
それに、竜を倒す手段があるというのならそれは持っておきたい。竜に対抗する力は、竜の横暴を防ぐために必要なのだから。
「分かった。トライアンフに行く件、やってみるよ」
「やってみるじゃない。必ずトライアンフに行けるようにしてくれ。そういえばあの竜はお前が目を覚ましたらすぐ自分のところへ来るように言っていた。今すぐ行こう」
パルミラが俺の背中を叩いて急かす。こう、と決めたら一直線な性質であるらしい。
「分かったよ。今日は天気がいいから、きっとまた塔の上だな。行こう」
城にいるときはアルガルベは大体、城の四隅にある塔のどこかでひなたぼっこをしている。もう午後だから、多分南西の塔だろう。俺は部屋を出て、塔へと向かった。
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