第3話 運命の番

「うう……」


 何が起きたのかは分からないが、目は覚めた。生きていたらしい。

 辺りを見回してみる。壁際に置かれた柱時計、魔導機械に関する本の並んだ本棚、その脇の机と椅子、それに長椅子。どれも瀟洒で、俺が使うには過ぎた調度品だ。でも、俺のものだった。アルガルベに与えられた、立派な城の一室。俺の部屋だ。


「おお、目を覚ましたか!」


 聞き覚えのある声がした。声のする方を見る。黒髪に赤い瞳の女が駆け寄ってくる。


「お前は……」

「パルミラだ。お前はユアンだったな。目が覚めて良かったよ。あの竜に随分派手に吹っ飛ばされていたからなあ。まあ、お前を庇うためだったんだろうが」


 パルミラと名乗ったその女は、安心したような笑顔を見せた。改めて見ると綺麗な顔をしている。あんな風に戦っていたとは思えないほどに。


「どうしてお前が俺の部屋に……?」

「お前とつがいになるためだ」


 パルミラはサラリと答えた。つがい? 言葉の意味は分かる。だが、言っている意味は分からない。


「お前は私とつがいになりたくて、私を助けたんだろう? あの竜がそう言っていたぞ」


 ぽかんとする俺に、パルミラがそう補足した。


「アルガルベは、俺がこいつを好きになったから助けたと思っている……?」

「違うのか?」


 あまりの訳の分からなさに、俺は思わず考えを声に出してしまったらしい。パルミラがからかうように尋ね返してきた。


「そんなわけないだろう! どうしてそんな発想になるんだ!」


 大体、俺は相手が男でも同じことをしただろう。とにかく、竜に人が殺されるのを見たくなかった。それだけだ。


「あの竜はとにかく喜んでいたぞ。お前が雌と一緒にいるところを見たことがないから心配していたそうだ」

「あいつだって独り者だろう? 人の心配している場合かよ」

「ついでにお前は人間基準だと凄く不細工なのじゃないかと心配していたから、容姿は悪くないと言っておいてやったぞ」


 パルミラは恩着せがましく薄い胸を張った。


「そりゃどうも」

「だが、おかげで助かった。それで生きていられるのなら、別に私はお前の伴侶だろうが何だろうが構わん」

「そうまでして生きていたいのか」


 そういえばこいつは戦っているときも俺を躊躇なく刺そうとしたし、何というか自分が生き残ることへの執着が強いように思う。まあ、それが生物として普通なのかもしれないが。

 俺が尋ねると、パルミラは眉根を寄せた。


「そうまでして、って、お前そんなに卑屈にならなくてもいいんじゃないか? 竜の寵愛を受けているならいい生活ができるだろうし、容姿も整っているのだから伴侶としてはそんなに悪くないと思うぞ」

「そういうつもりで言ったわけじゃないんだが。変なフォローはやめてくれ」

「まあ、お前の伴侶になりたいかと言われたら別になりたくはないがな」


 別に俺だってこいつと結婚したいかと言われればそうではないのだから別にいいのだけれど、なんだかちょっと引っかかる。こういうのは先に言った者勝ちだよな。出遅れた。

 まあでも、そんなことはどうでもいい。


「どうしてそんなに生き延びたいんだ?」

「私にはやらねばならんことがあるんだ。今死ぬわけにはいかん」

「やらなければならないこと?」

「何かは……ここでは言えない」

「そうか。それなら別にいい」


 俺がそう言うと、パルミラはあからさまにつまらなそうな顔をした。是非、と聞いたところで、言えないものは言えないのだから無駄だろうに。でも、それでも聞いてほしかったのだろうな。

 なんというか、若干面倒臭いやつだ。

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