プロローグ 人生最後の物語

 

「先輩……ずっとずっと、す、好きでした!」


 そのサイトを見つけたのは偶然だった。


 写真撮影の時間までヒマをもてあましていた俺――七色なないろらくは、校庭のそばにある桜の木の下でスマホを弄っていた。


 趣味の創作神話サイトめぐりをしていたら、いつの間にかそのサイトに飛んでいたのだ。

 妙に惹かれるその文章を、もう一度読み返す。



『かつて、すべては無であった。


 しかしあるときが生まれた。それは世界そのものだった。

 生まれたてのは、1日目に虚を作った。しかし虚は世界の裏に生まれ決して互いに出会うことはできなかった。

 2日目、秩序を創った。世界は規律で満ちた。

 3日目、頂点を創った。世界に終焉ができた。

 4日目、循環を創った。世界が現象となった。

 5日目、時空を創った。世界は進みはじめた。

 6日目、完全を創った。世界は不完全になった。

 そして7日目、個性を創り、こうして原初の世界が完成した。によって生まれた子らは原初世界を祝福し、さらなる世界を創り始めた。


 やがてあらゆる世界には元素や生命が溢れ、それらはを星誕神と崇めた。星誕神とその子らがもたらした奇跡の7日間は創世期として記録されることとなった―――――――  』




「……なんだコレ」


 数字を神に例えるなんて珍しいパターンだな。

 作者が気になったけど、そのサイトには他に何もなく、サイト管理者が誰なのかどこからアクセスできたのかもわからなかった。

 うーん……妙に気になる。


「せ、先輩! せんぱいっ!」


 ん?

 に混じって知っているような声が聞こえた気がする。

 俺はスマホ画面から顔をあげた。

 そこにあったのは人だかり。


「先輩、好きです」

「会長! 第二ボタンください!」

「キャーっ部長こっち向いてぇ~」


 人、人、人人人……。

 女子の大群が黄色い声を飛ばしながら桜の木に群がっていた。


「……うん、気のせいだな」


 俺は現実逃避のために空を見上げる。

 快晴だった。


 校庭のそばにある早咲きの一本桜は、わが校で有名な告白スポットだ。桜の下で告白したら必ず成功するなんて眉唾物の噂話が、この時期になると湧き出す泉のようにそこら中に溢れかえる。

 自然と卒業式の今日、ゲンを担ぎたい後輩たちがたくさん現れていた。花に吸い寄せられるミツバチのように、それはもうワラワラと。


 俺がその桜の下にいたのは、告白したかったわけでもされたかったわけでもない。単純に、その噂を忘れていただけだ。

 校庭でクラス写真を撮るイベントがあったので、うちのクラスの順番がくるまで桜の木にもたれかかってスマホを触ってたら、いつのまにか大勢に囲まれていたのだ。


 そんな群がる女子たちの目的はもちろん……俺じゃない。

 そう、悲しいかな俺ではないのだ。


 彼女たちの目的は、俺の目の前にいる『イケメンBIG3』と呼ばれる同級生たちだった。


 彼らイケメンたちは、それぞれ何ダースかもわからないくらいの後輩女子たちに囲まれつつ爽やかな青春の一ページを更新していた。

 キャッキャウフフと飛び交う黄色い歓声を向けられている三人のイケメン。乙女ゲーの攻略対象にいても不思議じゃない見た目だ。

 そんな彼らの背中と桜の木に挟まれて、肩身の狭い俺。


「せ、せんぱ――っ」

「ん?」


 有象無象に紛れて、誰かひとりだけ俺に手を伸ばしてきたような……。


 まあ気のせいだろう。自慢じゃないけど、俺はいかにもな見た目のモブだ。告白なんてイベントとは縁遠い。

 目立たず騒がず平凡な高校生活を続けていた。部活も入ってなかったし、もちろん後輩に仲のいい知り合いはいない。


 そもそも顔面偏差値はイケメンたちとは天と地の差なのだ。

 それくらいわかってる。

 わかってるからリア充どもよ爆発しr……いや、ダメだ。


 俺は冷静に考えた。

 リア充と桜に挟まれたいま、例の〝非リアの呪い〟が発動したらまちがいなく巻き込まれて爆死……そんな最後はダサすぎる。爆死のタイミングを選べるならせめてリア充本人になって爆死したい。でもよくよく考えたら汚い花火にはなりたくないので、俺の名誉を守るために最も効率的なのは非リアでいることでは?


 なるほど、俺はこの世の真理に気づいてしまった。人類存続のための生命活動はリア充どもに任せておこう。ありがとう、俺たちのために爆死のリスクを背負ってまでリア充を貫いてくれるんだな……ありがとう、ありがとう。


 ……いや別に気は狂ってないぞ? 動けないからヒマなだけだ。

 ってかふつうに邪魔で脱出できないんだけどどいてくれない? あ、俺の声なんか聞こえてないですよね。はい。


「――くん! 七色くーん!」


 今度こそ誰かが俺を呼ぶ声が聞こえた。

 現実逃避をやめてイケメンたちの肩越しに外を見てみる。群がる後輩女子たちの向こうで、見覚えのある艶やかな黒髪ストレートの少女が、キョロキョロと周りを見渡していた。


「七色くんどこー?」

「あっはい! ここにいます!」 


 俺が背伸びをしながら片手をあげると、少女は目ざとく気付いてくれた。


「いた! 七色くん! こっち来れる!?」


 彼女は同じクラスの一神いちがみあずさ。


 この面倒見の良いクラスメイトは、たびたびに俺みたいなモブにすら気を遣ってくれる。品行方正、容姿端麗、文武両道……正統派美少女を体現したようなその見た目にも驕らず、人当たりが良くて誰からも愛されるような眩しい明るさを持っている。友達百人どころか千人くらいいそうなリア充だ。

 俺? まあその千分の一くらいの友達はいる。つまり一人だけ。

 ……自分で言ってて泣きたくなってきた。


 一神は俺に手を振りながら、後輩女子たちの波をかき分けて進もうとして、弾き出されていた。

 優等生でも太刀打ちできないとは。まるで冬の日本海の荒波のように立ちふさがる女子の群れだなぁ。


「きゃっ。もういちど……くぅ、なんのこれしき~」


 二、三度チャレンジしようとして失敗する一神。

 果たして一神は乗りこなせるか、このビッグウェーブを!


「い、一神!?」

「ま、まさか俺に!?」

「いや、僕だろ!?」


 おや、イケメンたちも一神の存在に気づいたようだ。


 三人とも慌てて髪型を整え、襟元を正し、奪われかけていた第二ボタンを死守し始めた。手からボタンを奪い返されたことに気づいて凄い顔をした女子がいた。おいおいあんた、好きな人の前なんだからビックリゴリラの顔芸はやめとけ。いや、あの子は好きな人を笑わせたいのかもしれない……うん、そっとしておこう。


「や、やあ奇遇だね一神、」

「最後は俺に想いを告げに、」

「やっと正直になったんだ、」


 わずかに変わったその流れ、その隙を見逃す俺ではない。

 脱出ルートを見つけ出し、軟体生物のごとく四肢の力を抜いて女子の隙間をスルスル進む。


「ひぃぃっ!?」

「動きキモッ」

「ち、近寄んな!」


 ひどい言われようだった。

 まあ何とでも言うがいいさ。女子どもがドン引いてくれたおかげでより迅速に脱出できた。そのまま一神と合流する。


「あはは。七色くん、また面白い動きしてたね」

「話が分かるな一神。名付けて〝タコ足歩行〟だ」

「へえ……タコって歩くんだっけ?」

「足が八本もあるんだから、二本くらいは歩く用なんじゃない?」


 知らんけど。


「ん~そしたらイカも歩くのかな」

「そりゃ難題だな」

「どうして?」

「あの平べったい体が正面からの水圧に耐えられるとは思えないから」

「ああなるほど――ってそうじゃなくて。クラス写真、つぎ私たちの番だよ」

「すまん呼びに来てくれたのか。助かる」


 やはり面倒見のいいやつだ。

 小走りで動き出した一神のあとについて、俺もクラスメイトたちが集まっているほうへ移動する。


 ちらっと振り返ると、なぜかイケメン三人衆がこっちに手を伸ばしていた。その腕を触ろう掴もうと群がる女子たち。腕に何人ぶら下がれるでしょうかゲームでも始めたのか? このくそ、リア充なんて爆発しろ!


「あずさ! はやく!」


 クラスメイトたちはすでに撮影位置に集合し始めていた。

 身動きの取れなかった愚か者は俺だけだったみたいだ。ごめん。


 いましがた手を振って一神を呼んだのは、いつも一神と一緒にいる親友ポジションのひとり――九条くじょう愛花あいかだ。


 九条は気が強くて背の高いスレンダー美人で、たしか弓道部の部長だったはずだ。ベスト・オブ・モブの俺としては個人的には関りはなかったけど、一神経由でときどき話すから名前と顔は憶えた。

 隣に滑りこんだ一神と俺を半目で睨んでくる。


「七色なんかほっとけばいいのに」

「もう、そんなわけにいかないでしょ」

「あずさは七色のこと世話焼きすぎ。ねえ、つるもそう思うでしょ?」

「七色……だれです?」


 九条の向こう側から答えたのは、めちゃくちゃ小柄で不愛想なやつだった。

 一神や九条のもう一人の親友――鬼塚おにづかつるぎ。


 小学生にしか見えない幼児体型のロリっ子だが、じつは剣道部部長なのだ。しかも高校三年間の公式試合で一本も取られずに全国三連覇を成し遂げたという、運動神経の塊みたいな天才児。


 小柄なのに負けない彼女は〝鬼塚無双〟って呼ばれてるらしく、名前もアニメキャラみたいで周囲からも人気の高いやつだった。口は悪いが。

 まあ俺は直接話したことはほぼないんだけどな。むこうも俺の名前なんぞ憶えてないみたいだし。


 ちなみに一神もテニス部の部長のときに全国大会出場、九条は弓道部で全国二位とかだったっけ? それゆえこの三人はよく校内では注目の的になっていて、見た目も華やかだから男女問わず人気みたいだった。


 当然、この三人娘はスクールカーストの最上位だ。イケメンBIG3と並んで、三女神とか言われているという……俺が呼んでるわけじゃないぞ?


 そもそも一神が世話焼きじゃなけりゃあ、俺とは一生関わることのない雲上の住人たちだ。この三人娘に認知されてるだけ奇跡といえよう。ああ、一人にはされてないけどな。

 そんなスペック差があるクラスメイトがいれば、俺みたいな影の薄いやつに何か起こるはずもなく、良くも悪くも平凡な三年間だった。


「そこのちっちゃい子! ごめん、君、顔が隠れるから最前列きて!」


 カメラマンがこっちを見て言った。

 あきらか鬼塚のことだろう。


「おーい! そこの小さい子! 前の男の子と代わって!」

「つる、呼んでるよ」

「……つるぎじゃないです」

「あんたでしょ」

「ちがうです」

「現実見なさいって」


 不服そうな鬼塚だったが、九条に急かされてしぶしぶ前の列に移動していた。

 まあいつも一緒の三人で並んで撮りたかったんだろうな。

 決して自分がチビってことを認めたくないわけじゃあるまい。


 カメラマンの指示で列を崩したり整えたりしながら、撮影時間を待つクラスメイトたち。

 写真に思い入れがない俺は、ボケーっとしながら待っていた。

 そんな俺の隣で、なぜか声をうわずらせながら一神が顔をのぞきこんでくる。


「そ、そういえば七色くん。今夜の打ち上げって参加するか決めた? すぐとなりのイタリア料理屋さん貸し切り予約したんだけど……」


 ああ、なんか先週のホームルームで言ってたな。卒業記念パーティーがどうとか。

 俺は答えようと顔を一神に向けて――のけぞった。


 顔が近かった。


 他人との距離が近いのはリア充の悪いところだ。それに一神、おまえはただでさえ整った顔なんだからもうちょっと自重して欲しい。

 こちとら心の底まで童貞ぞ?

 動揺を顔に出さなかっただけ褒めて欲しいくらいだ。


「どうかな? かな?」

「あずさ、ぐいぐい行かないの。七色困ってるでしょ」


 一神の肩を引いたのは九条。

 おおナイスだ九条。でもなぜ俺を睨むんだ?


「それで、七色は来んの?」


 来てほしくなさそうだなあ。

 でも安心しろ九条。


「不参加で」

「なんで? 理由あんの?」

「持病の身内の不幸が――」

「ふざけてると殴るけど?」

「冗談です。じつは唯一の友人と先約があってな。まあ俺が行ったところでクラスに友達って呼べる相手もいないし、空気も白けるだろうから」

「そんなことないよ! 七色くん面白いもん!」

「お、おう……ありがとう一神」


 勢いあるフォローだった。


 でも正直、わりと本音だ。

 むかしから他人との関りは苦手だし、高校生活の三年間でもこれと言って仲のいい友達を作りはしなかった。心を許せる相手は今も昔も幼馴染ひとりだけ。

 そんな俺が参加したところで、盛り下げることはあっても盛り上げる手助けにはならないだろう。

 とまあ長々と言い訳をしてみたが、ようは俺はコミュ障なのだ。


 ヒト、タクサン、コワイ。


「そっか……」


 あからさまに肩を落とした一神。

 幹事だったんだろう。すまないとは思っている。

 気まずくて視線を逸らした俺を睨みながら、九条が一神に小声で話しかけていた。


「いいのあずさ? 最後だよ」

「……でも、大学は一緒だし」

「そっか、そうしたんだっけ」

「し、したっていうか、たまたまそうなっただけだもん。誤解されるようなこと言わないで」

「はいはい。ねえ七色」


 腕をツンツンされて視線を戻す。

 九条が一神の肩を抱えて、意地の悪そうな笑みを浮かべていた。


「これからもあずさのこと頼んだよ」

「頼むって……俺にどうしろと?」

「大学で変な男に掴まえられないように見張ってて。変なサークルに入らないようにも注意してあげてよ」

「……それは個人の自由じゃないか?」

「バカね。あずさが騙されたりしたらどうすんの。こんな美少女が入学してきたら悪い男なら放っておかないでしょ」


 それは確かにそうかもしれないけど。

 しかし一神はたしか社会学部だったはずだ。こっちは文学部。学部が違えば校舎も違うはずだから、九条の言いつけどおりにするのは難しい気がする。


 それに大学は勉学に励むところだ。とくに俺たちが通う大学には最新の国際情報共有システムが実装されており、世界中の提携大学との相互資料提供が迅速かつスムーズに対応可能。俺がこの大学を選んだのもそのシステムがあるからで、入学時に個人アカウントに貸し与えられる専用AIが学生のサポートをするのはもちろん、保存されている世界中の物語や伝承資料を自動で翻訳、あるいは原文のママ閲覧可能というネットワーク単位での優遇が受けられることを利点とした――


「……ダメだこいつ。ぜんっぜん聞いてないわ」


 俺が思考に没頭したのを見て、九条が肩をすくめる。

 一神は苦笑いして、


「それが七色くんの面白いとこでしょ」

「ほんと、あずさは変わってるわ」

「そーお?」


 そんな風に話していると、カメラマンの指示を受けた高身長男子が後ろの列に来た。

 イケメンBIG3ほどではないが俺とは比べるべくもない整った顔をしたスタイルのいいやつだ。


 そいつは俺の隣に来ると、いきなり肩を組んできた。

 いや近い近い。陽キャたちのパーソナルスペース薄すぎないか? こちとら強制ゼロ距離は同人誌即売会コミケでお腹いっぱいなんだよ。


「よう七色見てたぞ。おめぇさ、また一神に迷惑かけてたなオイ」


 茶色に染めた髪、耳に空けたピアス。

 時々俺に絡んでくるこのイケメンは、たしかサッカー部の……。

 サッカー部の…………。


「……山田?」

「山柿だ! 元サッカー部キャプテンの!」


 なんだ一文字違いか。惜しいじゃないか。

 この山田くん、一神と話しているといつも絡んでくるんだよなぁ。あと、最初名前を間違ってたら毎回『サッカー部の!』ってつけるようになったから、サッカー部のひとってイメージが強すぎて逆に名前が憶えられなくなったやつだ。

 俺は肩に置かれた手をさりげなく払いながら、


「それで山本、俺になにか?」

「山柿だって! いい加減憶えろよ、もう三年経ったぞ!」

「三年……そうか。もう卒業だもんな……」

「いま物思いにふけんじゃねぇよ!」

「あれ? そもそもまともに話したことあったっけ?」

「てめぇ、修学旅行でボッチのおまえを同じ班に入れてやっただろォが」


 ああ、そういえばそんなこともあったな。

 山下くんがやたら絡んでくるから、二日目からめんどくさくなって持病の仮病でホテルでくつろいでたんだっけ。


「ごめんな山形、憶えられない名前って全然憶えられなくて……」

「失礼だな! 頭痛が痛いみたいに言いやがって。あと柿だっつうの、憶えろ」

「がんばる。カニにぶつけられるひと」

「サルカニ合戦で憶えんなよ!」

「え~、憶えやすいのに」

「たった一文字を連想ゲームで憶えようとすんな!?」

「まあまあ山柿くん、七色くんも悪気があるわけじゃないから」


 すかさずフォローしてくれる一神。

 それが気に障ったのか、ますます俺を睨みつける山岸。


 まあぶっちゃけどう見ても嫉妬心から俺を攻撃したがっているだけだから、俺もまともに相手するのが面倒なのだ。

 人間同士の恋愛とか全然興味ないんだよな。巻き込まないで欲しい。


 どうせ見るならギリシャ神話のドロドロ愛憎劇がいい。誰と誰が血縁かわからなくなるくらい複雑な神々の遊戯エロスに足を踏み入れてみない? 昼ドラが爽やかなミントテイストに感じてくるよ。


「せめて山岡が半神半人とかなら応援したんだが……」

「なにわけわからんことを。あと柿」

「わかった。八年のひと」

「だから文字増えてる!」


 残念ながら神話には興味なさそうだな。

 人間の恋愛より、よっぽどドラマやロマンが詰まってるだろうに。

 よし、ここは俺のプレゼンが火を噴くぜ。


「考えてみるんだ山倉。伝承神話は数あれど、それらには歴史が詰まってるんだよ。歴史そのものと言ってもいい。数多の語り部、あるいは人々の言葉を経由して語り継がれたり紡がれ続けてきたりしたものなんだぞ。歴史が、時代が、その物語を肉付けしてきたと言っても過言じゃない。それは現代人の恋愛なんていう薄っぺらいものに比べて――」

「お待たせしました! それでは撮影します!」

「くそ、時間切れか。続きはまた今度な山崎」

「いらねぇし俺は……はぁ、もういい」


 魅力を伝えきれなかったようだ。俺の腕もまだまだだな。

 でもこの山川くん、ずっとツンケンしてるわりに意外といいやつだから喧嘩にはならないんだよな。むしろ、いじったらツッコんでくれるから割と話しやすい。


 まあ魂が俺と相反する陽キャだから仲良くはできないけど、もし卒業してもまた会うことがあれば、今度こそ神話の魅力をたっぷりと伝えなければ――

 と。俺が決意を新たにしたときだった。


 ふと、この場に影が落ちた。


 あまりに不自然な影だった。

 俺たちのいる地面だけが、突如現れた濃密な黒い影に覆われた。白い雲が太陽を塞いでいるというより、重く分厚い物が光を遮っているような。


 最初に空を見上げたのはカメラマンだった。

 カメラマンは絶句し、カメラを放り投げて逃げ出した。


 その驚愕の視線につられて、3年2組の少年少女たちも首を真上に向ける。




「えっ」




 最初に悲鳴を上げたのは、誰だったのか。


 鉄の塊だった。


 太陽に重なって落ちてきたのは、塗装された鉄塊ヘリコプター

 その重厚な影は、本来の機能を失って垂直に落下していた。上部にあるはずのプロペラが地面を向いて、丸みを帯びた巨大な全体像はみるからに力を失っている。もっとも、もしここから機能を取り戻したとしても、どうすることもできなかったに違いない。


 とっさに逃げようとして転ぶ者。

 腰を抜かしてしまう者。

 驚いたまま固まってしまった者。


「ひっ」


 強く腕を掴まれて、呆然としていた俺はようやく我に返った。

 一神が怯えた顔で俺の腕にすがりついていた。その一神の腰には、九条が抱き着いて涙を浮かべていた。


 はやく逃げなければ。

 そんな声が、脳の中で叫び声をあげた気がした。


 でも、どこへ?

 そんなふうに冷静な声も同時に聞こえた。


 どんなに素早い思考をしても。

 どんなに俊敏に動いても。

 時すでに遅しだった。


 絶望をもたらす巨大な鉄塊は、すでに眼前に迫っていたのだから。


 結果、俺にできたことは彼女たちふたりに覆いかぶさることだけだった。

 重力に引かれた膨大な質量の前では、なんの意味もないことを知りながら。


 ああ、こりゃ死んだな。

 走馬灯を見る間もなく、俺たちは鉄塊に潰された。




 卒業式のその日、俺たち3年2組の40人全員が死亡したのだった。


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