神秘の子 ~数秘術からはじまる冒険奇譚~

裏山おもて

幼少編・0『クソガキたちとクソババア』

 

 この世界に転生してから俺がよく思うことのひとつがコレ。

 5歳の体ってのは、本当に


「はっはっは! どうだルルク、俺様の強さ思い知ったか!」

「ふ、ふん。わざと負けてやったんだよ」


 地面に這いつくばって負け惜しみを言う5歳児。

 それが今の俺、ルルクだ。


「うるせぇ。兄より優れた弟など存在しねーんだよ!」


 そんな俺をふんぞり返って見下ろしていたのは、ぽっちゃり体格の7歳児。

 どこかで聞いたようなセリフを吐きながら、偉そうな態度の少年――ガウイは高笑いを続けた。


「おまえなんか魔術も使えねぇし、剣でも武術でも俺様に勝てねえじゃねえか! あのを使わなきゃ俺様に勝てない! これからは身の程をわきまえて俺様をソンケーしやがれってんだ! いいかもう一度言ってやる。兄より優れた弟なんて誰ひとりいないんだよ! べろべろば~」


 たかが2歳差。されど2歳差。

 この歳の2年は身体的に天と地ほどの差が出る。勝てる道理は最初からなかったんだけど……煽ってくる顔がムカつくから揚げ足をとってやろう。


「なあガウイ。その理論だと、おまえも我がムーテル家じゃ永遠に5番目のままだよ」

「え……あっ、ナシ! 今のナシ! 弟は兄より優れてるかも!」


 自分に4人も兄がいるって気づいて前言を撤回するポンコツ少年だった。

 7歳にしては恵まれた体格とパワーを持っているガウイだけど、オツムのほうはご愛嬌なのだ。


 そんなガウイは地面に刺していた木剣を抜きながら、俺とガウイの勝負を見ていたもうひとり・・・・・の子どもに振り返った。

 近くの椅子に座っていたのは、天使のように可憐な4歳の少女だ。


「どうだリリス、こんなモヤシじゃなくて俺様のほうがカッコよかっ――」

「ルルお兄ちゃんにヒドイことした! ガウイお兄ちゃんなんてキライ!」

「ぐふぅっ」


 頬を丸くして怒っていたのは俺とガウイの妹――リリスだった。


 俺たち3人は腹違いの兄妹だった。同じ父親の血が流れているから全員茶髪なんだけど、瞳の色はバラバラだ。

 リリスの辛辣な一言を浴びたシスコンは膝から崩れ落ちた。こりゃ相当足にキテるな……強烈なボディブローだぜ、ナイス妹よ。


「ルルお兄ちゃん、大丈夫?」


 椅子から飛び降りてテトテト駆け寄ってきたリリスが、俺の顔を覗き込んだ。

 流石に4歳の子に心配してもらうのはちょっと情けないので、平気な顔をして起き上がっておく。実際、綺麗に投げ飛ばされたけど受け身も取ったし怪我はしてない。ちょっと背中が痛いだけだ。


「なんともないよ。それよりリリス、こっちは汚れるから向こうで座ってて」

「リリも遊びたい」

「これ訓練だから。終わったら遊んであげるから、な?」

「うん。わかった」


 コクリと頷いて、椅子まで戻っていくリリス。

 素直ないい子だ。

 隣で、その姿を見つめて物欲しそうな顔をしたガウイがちらっと俺を見る。


「……なあルルク」

「なに?」

「ちょっと俺と頭ぶつけてみないか?」


 何言ってんだこのバカは。


「おまえ昨日『頭ぶつけたら人格入れ替わる』って言ってただろ! 俺だってリリスに優しくされてみてぇんだよ! ずりぃんだよてめぇばっかり!」

「それ作り話だし、文句は自分に言いなよ。意地悪ばっかするから嫌われるんだぞ?」

「だ、だって……それはリリスが……可愛すぎて……!」

「はい自業自得。というかガウイ、嫌われてる自覚あったんだね」

「き、嫌われてはねぇよ……リリスはその、恥ずかしがってるだけなんだ!」

「まあ人間、ときには真実から目を背けたくなるよね」

「うっせぇてめぇぶっ殺――はぐぁっ!?」


 キレて木剣を振りかぶったガウイの脳天に、拳骨ゲンコツが落ちてきた。

 いつのまにかガウイの背後にいたのは、筋肉ムキムキの老婆だった。


 彼女はヴェルガナ。両瞼に傷がある盲目だけど、確かな実力があって俺たちの特訓を指導している鬼教官だ。


「剣は守るために振るうものさね。怒りで振るうものじゃないって、なんべん言ったら分かるんだいこのクソガキ」

「てめぇクソババア! また殴ったな! 俺はリョーシュの息子だぞ!」

「だからどうしたってんだい。そんなに剣を振りたけりゃ相手になるさね。ほれ、かかってこんかい」

「うるせぇ今日こそボコボコにしてやる!」


 うおおお、と気合十分に盲目老婆に突っ込んでいくガウイ。

 その気概だけは尊敬に値するけど、数秒後には地面に横たわることまで含めて予定調和いつものことだ。


 案の定、すぐボロ雑巾みたいな姿になったガウイ。

 俺は両手を合わせて拝んでおく。来世ではいい人生を送るんだぞガウイよ……アーメン。


「なに無関係を装ってるんだいルルク坊ちゃん。次はアンタさね」

「もちろん丁重にお断りさせていただきます」

「拒否権はないさね。ほれ、とっとと構えな」


 小さな木剣を投げてきたヴェルガナ。

 くそっ、なんとか逃げる方法はないものか。ヴェルガナと打ち合い稽古するのイヤなんだよなぁ。

 なにがイヤかってこの盲目老婆、強いとか以上に――


「来ないなら行くよ。ほれほれ」

「ちょっ! 不意打ちは卑怯ですよヴェルガナ!」

「本番の戦いに合図があるとでも思ってんのかい?」

「ぐぬぬぬっ」


 正論を振りかざして暴力で殴ってくるタイプなのだ。しかもガウイ以上にサドっ気が強いからタチが悪い。


「握りが甘いよ。しっかり力込める」

「ぐっ、あでっ、ぎぃ、痛っ! つ、強く打ちすぎでは!?」

「そうかい? いつも通りだけどねぇ」


 のほほんと言いながらも、俺が反応できるギリギリの速度と力で打ち込んでくるヴェルガナ。ちくしょう防御に精一杯で攻勢に回れない。衝撃で手がちょっと痺れてきたんだが。5歳児はスタミナもないんだぞ。


「本当ですか、どことなくストレスの気配を感じる気が……っ!」

「そりゃ今日の朝食の目玉焼きが半熟だったからねえ」

「えっ、それだけ?」

「アタシは完熟派なんだよ。そういうわけで喰らいな」

「り、理不尽すぎべふばばばっ」


 剣術の訓練?

 ええそうですね。こうして毎日剣術や体術の訓練してますけど、半分は鬼教官ヴェルガナのストレス発散になってますが何か?

 再び地面に倒れた俺は、スッキリとした表情のヴェルガナを見上げてひとこと。


「……クソババアめ」

「何か言ったかいね?」

「ご指導ありがとうございました!」


 こうして俺とガウイは毎日ヴェルガナの餌食となって……あれ、さっきまで倒れてたガウイどこいった?

 まさか逃げ帰ったってことは――と思っていると見つけた。訓練場の近くの木陰に隠れて、こっちの様子をうかがっている。


 何をする気かは聞かなくてもわかった。目をギラつかせて指を二本立てたその構え――そう、それは! 俺が教えた必殺技バックゲートブレイクの構えなのだ!

 そうとわかれば協力してやるぜ。


「よしヴェルガナ、もう一本お願いします!」

「……おや。訓練嫌いのルルク坊ちゃんが、どういう風の吹き回しかねぇ」


 ああ訓練はキライだ。

 でもやられっぱなしはもっとキライなんだ。たしかに5歳の体じゃ圧倒的強者のヴェルガナに対して何もできないけど……ただの5歳児と侮るなかれ、こちとら人生二回目なんだよ。


「さあ、いざ正々堂々と勝負ですヴェルガナ!」

「ふむ。まあいいさね。かかっておいで」


 俺はじりじりと移動して、ヴェルガナの真後ろにガウイが来るよう位置調整。

 よしいいぞ、そうだガウイ。足音を消してゆっくり近づいてくるんだ……ヴェルガナは音に敏感だからな。くれぐれも慎重にだぞ、俺がそのあいだ時間を稼いでやるからな!


「ふん! ふん! ふん!」

「そんな遠くから何やってるのさね」

「斬撃を! 飛ばす練習です!」

「人間にそんなことできるワケがないさね。ふざけてないでかかってきな」

「諦めたらそこで試合終了ですよ! ふん! ふん!」

「……何がしたいんだい」


 首をひねって俺の様子を眺めているヴェルガナ。

 その隙にガウイはみるみる近づいてきて、ついにその背後を取った。指先をキランと一本の剣のように研ぎ澄ませた、大きく振りかぶってヴェルガナの尻に向かって振り上げた。


 よし、このタイミングなら決まる! いけ! ガウイ!


「必殺! バックゲートブレ――」

「バレバレさねクソガキども」


 ヴェルガナは一瞥もせずに、半歩ずれるだけで必殺技を回避しやがった。


「なんだとぉ!?」

「そんな! 俺直伝の暗殺術が!」

「アンタらの考えることなんて寝ててもわかるさね。じゃあ今度はこっちの番だねぇ」

「くそっ来やがれババア――ぶらばっ」

「違うんです! ガウイがやれって――あべしっ」


 こうして俺とガウイは撃沈したのだった。


 なんでこんな目に合ってるのか?

 さあ、俺にもよくわからん。


 ただきっかけは四か月前――俺がこの世界に転生した日に遡る。


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