第7話 新しい出会い

森を抜けた先の、広大な草原。

 二人はその片隅にポツンと腰を下ろしていた。


 「だいぶ時間がかかったな……もうあの日から何日たった?」

 「数えてない」


 二人はもうすでにすっかり燃え尽きた様子だ。 一つの大きな目標を達成したことで、気が抜けてしまったのだろう。

 ぼんやりと空を眺めながら、エルジェベドはそのまま地面の上に横たわる。 ふかふかの柔らかな新芽が彼女の体をそっと包み込み、優しく受け止める。

 一方のロボはというと、先ほどまではエルジェベドと同じようにそよかぜを受けながらゆったりとした心地で休んでいたのだが、突然何かに気付いたのかさっきからしきりにあたりを見渡している。


 「どうかしたか?」

 「……ない! どこにもないぞ!」


 聞けば、彼が森へ逃げ込みあの村でくらす原因となった、かつて彼をひどく苦しめた者達のいる村がどこにもないのだという。

 彼の記憶が確かならば、その村は森からそう遠くはない場所に位置している。 しかし、その影らしきものも見当たらない。


 「まずあいつらからぶちのめしてやろうと思ってたのに! どこにも見当たらない!」

 「お前が森に逃げてから今までの間に、何かのきっかけで潰れたんじゃないか?」


 特に興味のなさそうなそぶりを見せていたエルジェベドも、彼の様子が気になってか体を起こすと同じように村らしきものがないか探し始める。 獣人のそれとまではいかないが、吸血鬼である彼女もそれなりに目はいい方なのだ。

 二人で手分けして、この広い茂みを見渡す。 背の高い草もそれなりに多いため捜索は難しく、結局建物らしき影は一つも見つからなかった。


 「……記憶違いじゃないのか?」

 「そんなことはないはずなんだが……ないものは仕方ないか。 まあ、あんな村ぶっ潰れてくれてせいせいする――」

 「待て、あれがそうじゃないか?」


 エルジェベドは大きく飛び上がって、いま彼女らがいる場所からかなり距離の離れたとある地点を指さす。

 そこにあったのは、いくつかの山積みになった木片や、大小さまざまな布切れ、それに表面の削られた岩が数十個。 どう見ても自然が生み出したものではない。

 おそらくそこにはもともとロボの知る村があったのだが、エルジェベドの予想通り、何かしらのきっかけによって滅んでしまったのだろう。 となると当然、そこに住んでいた村人らももう死んでいるか、どこか遠くへ逃げ出しているはずだ。


 「よかったな、ロボ。 多分みんな死んでるぞ」

 「——そう言われると、やっぱすっきりしないな……」


 釈然としない気持ちをロボは押し殺し、とりあえず二人はその潰れてしまった村の方へと寄ってみることにした。

 廃村を目の前に彼女らがやることと言えば、そう、火事場泥棒だ。

 あの大量の瓦礫を漁るかひっくり返すかすれば、もしかすると何かいいものを手に入れられるかもしれない。 今後の旅に使えるものが、一つか二つくらいは。

 そこに近づいていくごとに、廃村の様子もくっきりとよくわかってくる。

 村の範囲を示すように草を刈られて作られた地面を覆うように木片や陶器のかけら、岩などが転がっており、それらの中央にはひときわ背の高い瓦礫の山が鎮座している。 あれは、もともとそれなりに立派だった建物のそれなのだろうか?


 「しかし、なぜこの村はこんなことに? 見たところ何者かの手によって破壊されたようだが」

 「盗賊か、悪いタイプの吸血鬼か」

 「む。 私の隣でそんなことを言うか、普通」

 「だから悪いタイプのってつけたんだろうが。 エルは優しくて――」


 そう言いかけた途端、村の真ん中の一番大きな瓦礫の山が音を立てて動き出した。

 まさか、あの村の生き残りが隠れていたのか? という考えは、すぐにかき消された。 その瓦礫の中から出てきた者によって。

 天高く持ち上がる、鋭く大きな棘の生えた尾。 大熊をも挟み千切れそうなほどの一対の鋏。 ヤマアラシを彷彿とさせるいかにも頑強な外骨格。

 大サソリ、というべきか。 そんな化け物が瓦礫の中から出てきたのだ。


 エルジェベドらは、その化け物の姿を見た瞬間やつがこの村を滅ぼした元凶だと察した。

 それは、あいつが凶暴そうな見た目をしているからというだけではない。

 奴の、おそらく口元であろう部分を二人は睨む。 大サソリはそこを中心に全身に赤黒い不気味な汚れを身にまとっていた。 ほかの何でもない、ここの村人の血だろう。


 「よし、逃げるか」


 ほんの数十秒、あの化け物の姿を観察したうえで、エルジェベドは奴に聞こえないよう小さな声でロボにそう告げた。

 当然、彼もすぐにその意見に同意した。


 「あいつがどうやってこちらを認識してるのかは分からんが、慎重に離れるぞ」

 「ああ。 目のような部分も見当たらないし、もしかしたら嗅覚が優れているのかもな」

 「もしそうだとしたら、慎重に歩くだけ無駄だな。 こうしている間にも奴はこっちを——」


 逃げているときでも、二人は化け物から目を離さない。 いつ向こうがこちらの存在に気付き、襲い掛かってきても大丈夫なように。

 何が大丈夫なのかは疑問が残るところだが——


 すると突然、化け物は大きく明後日の方向へと体の向きを変えた。

 以外にも奴が機敏な動きを見せたことにも驚いたが、二人が気になったのはそこではない。

 なぜ奴は、こちらではない方向を向いたのか? 自分たち以外にも奴が獲物とする何かがそこにいたのか、もしくは別の理由があるのか――


 「——誰か、こっちに来てるぞ」


 さすがは獣の聴覚といったところか、ロボが何者かの足音を感じ取った。

 その音の雰囲気からして、足音の主は相当体が軽い。 それに加え、おそらくその足音は若く、余裕のある者のそれであることまで推測できた。

 その足音は、どちらかというと自分たちというよりもあの化け物の方に向かっていることも分かった。 だが、その目的までは察せない。


 突然、化け物が腕を、巨大な鋏を振り上げ構えた。 この場にやってきた何者かを仕留めようと動き出したのだろうか。

 あれほどの物体の衝撃をもろに食らっては、生きていられるものもいない。 仮に助かったとしても、立つことさえままならない状況に陥るだろう。


 ずどおぉん、と大きく地面が揺れる。

 土埃が化け物を中心としてあたり一面に広がっていく。

 化け物は腕の鋏を勢いよく打ち下した状態のまま、動かなかった。 確実に獲物をしとめるためか、それとも――動けない、の間違いか。

 エルジェベドは、その化け物の様子のおかしさに気が付いた。

 奴はまるで、窮屈な場所から逃れるように体をよじっているようなそぶりを見せている。 まるで自分の意志とは違う強い力によって抑え込まれており、そこから脱しようとしているかのような――だが、その動きすら無理やり封じ込まれておりわかり辛い。

 次第にその抑え込む力は強くなっていっているのか、化け物の全身からはギシッミシッ……と、強靭な物の軋む耳障りな音が響く。 あの丈夫な外骨格が、圧力によって今にも砕かれようとしているのだ。

 その軋む音は次第に硬い物がひび割れる音へと変わっていく。 化け物は体にできた亀裂という亀裂から汚泥に似た血のような液体を流し、声にもならない悲鳴を上げる。 

 そして——ほんの数秒ほどで、その悲鳴も消えた。 化け物は、息絶えたのだ。


 「おお、これは……」

 「すげぇな……」


 その衝撃的な光景を見て、二人は思わず声が漏れる。

 しかし、化け物が死んだからといって決して脅威がいなくなったのではなく、彼女らにとっては新たな脅威に移り変わっただけにすぎない。 化け物を倒した何者かが、次は自分たちを敵とみなし襲い掛かってくる可能性も大いにあるのだ。

 それが誰だかは分からないが、とりあえずここから離れた方が身のためだろう。 二人は音を立てないようにかの者に気付かれないように、慎重にこの場を——


 「そこに、誰かいるんですか?」


 気付かれた。 ものの一瞬で。

 決して相手に気付かれるような行動などとっていないのに、向こうはこちらの存在を認識している。 一体どうやって?

 匂いか、勘か、それとも――そんなことを考えている間にも、その者はさらにこちらに向けて声をかけてくる。


 「怖がらなくても大丈夫ですよ? 私は別に、何もしませんから」


 怖がるに決まっているだろう。 二人はそれぞれ吸血鬼と獣人、下手にその姿を現せばその瞬間殺されてもおかしくない立場なのだ。

 二人はその場から動かず、声も出さず、次に向こうが何を言うか、どんな行動をとるか、じっと様子をうかがった。

 すると、


 「——しょうがないですねぇ。 それじゃあこちらからそっちに行ってあげますよ」


 という言葉が聞こえた、と同時に、彼女らの目の前にある草が突風にさらされたようになぎ倒され、何者かが姿を現した。

 突然のことに二人は驚きを隠せない様子だったが、ここに現れた者もまた、彼女らの姿を見るや否や大きな声を上げて尻餅をついた。


 「うひゃぁっ! て、てっきりこの村の生き残りと思っていたら――」


 互いに目の前の相手に驚きつつも、エルジェベドはしっかりと相手の観察を忘れなかった。

 彼女らの目の前に現れたのは、かなり背の低い女性だった。 その身長はおよそエルジェベドの6割にも満たない程度であり、肉付きもそれに比例するように薄く、かなり華奢な体型をしていた。

 特に特徴的だったのは、木の葉のように先のとがった耳と、色素の薄い肌に黄金色の長い髪の毛。 それに先ほどの化け物を倒した光景を合わせて考えると——魔法の才に優れた種族、エルフ族のものであると予想できた。


 「……エルフ族のお前が、こんなところに何の用だ?」


 そうとわかった途端、エルジェベドの態度がガラッと変わる。

 明らかに敵意を隠せずに、目の前にいる名も分からぬ彼女に向かって問い詰める。


 「えっ、な、何の用といわれても……」

 「わざわざこんな辺鄙なところに来ている理由を聞いている」

 「それは、その……吸血鬼さんに会いたいと思って!」

 「はあ、それは一体どうして――」

 「ちょ、ちょっと待て!」


 突然この場を、ロボが制した。

 突然さっきまでと様子が変わったエルジェベドを気にかけてのことだが、自分らよりもずっと小さな子を追い詰める様子が見ていられないという思いもあるらしい。


 「……ロボ。 エルフ族は私のような吸血鬼と同じく、非常に寿命が長い。 彼女もああ見えて、だいたい60歳はあるぞ」

 「えっ、俺よりも年上……」

 「むぅ……よく分かりましたね」


 ロボのおかげか少しだけ気も緩んだエルジェベドは、さっきよりは少し優しげな声で前にいるエルフ族の彼女へもう一度問いかける。

 なぜここにいるのか。 もしその『吸血鬼に合うため』というのが本当なら、その理由は何か、と——


 少女は、一度目を閉じる。 そして表情を崩さずに深呼吸をして、ゆっくりと瞼を開け、二人を真剣な眼差しで見つめ、ようやく口を開く。


 「わたし……大嫌いになったんです。 聖エルフ教会が」

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