第8話 ともに旅を続ける仲間

「大嫌いになったんです。 聖エルフ教会が」


 その言葉を聞いて、エルジェベドは顔色を変えた。

 無理やり驚いた顔を押しつぶしたかのような、そんな表情になった。


 「——っと、いきなりこんなこと言っても伝わりにくいですよね……」


 少女は軽くうつむくポーズを見せると、こちらに問いかけるように語りだした。


 「お二人は、聖エルフ教会がどのような組織か知っていますか?」

 「お前らエルフ族の運営する宗教団体。 一方的に正義を振りかざして私らのような種族を目の敵にしている、こちらからすれば非常に迷惑でうざったい存在」


 即答だった。

 その速度、回答の内容から、彼女がどれだけその組織に対する恨みを抱いているのかが推し量れた。


 「一方的に正義を——そうですよね! よくぞそこに言及してくれました!」

 「どういうことだ?」


 その少女が言うには……

 聖エルフ教会というのは、かつて過去にたった一人の吸血鬼に起こされた大災害の一点のみを理由に、今この世にいる多くの罪のない吸血鬼を悪だと決めつけ、一方的に殺している。 獣人族は、獣の特徴を見に宿した人間など、過去に獣と交わった汚らわしい者共の末裔だという根拠のない偏見によって同じように殺している。

 そして、それらの考えを世の平和を維持するためと称して世界中に流布し、自分たちが正義だと言わんばかりに勢力を拡大させていっている。

 しまいには、そのせいで不利益を被った者共の反乱を抑えた時には決まってその者らを見て、『ほら見ろ、やっぱり奴らは悪なのだ』と言ってのける……

 これではまるで、かつてこの世界を支配した最悪の吸血鬼ディスゴルピオが行った、圧倒的な力による一方的な支配と変わりないのではないか、と……


 そこまで聞いた二人は、それぞれ疑問に思ったことを口にした。


 「アンタの考えはよくわかったけど……それって、自分の今いる所を否定してることにならないか?」

 「いかにも、周りから反感を買いそうな思想だな。 誰かに言ったりはしていないのか?」


 少女はその疑問に答えるように、さらに勢いを増して言葉を続けた。


 「そうなんですよ! わたしもこの考えをどうにか消化したいけど、下手に打ち明けることはできない……そう思ったので、まずはお父様とお母様に胸の内を明かしまして」

 「ほう」

 「驚かれ、怒られ、そして命を狙われるようになりまして」

 「えっ」

 「私がこんな考えを抱いた、という情報は瞬く間にわたしの住んでいた街中に広まり、わたしはこの首にお金がかけられるほどの極悪人として扱われるようになりました! わー怖ーい」

 「一体どうして、そこまでする必要があるんだ? 聖エルフ教会とかいう奴らも」


 ロボが抱いたその疑問には、エルフの少女ではなくエルジェベドが答えた。


 「その考えを言いふらされないように、だろう。 自分たちの立場を脅かそうとする思想を下手にばらまきかねない存在は、消してしまうのが最善だからな」

 「さすがは吸血鬼さん! 私も実際に聞いたわけではありませんが、そのように予想しております」

 「なるほど......そういうものなのか」


 幸いにも、少なくとも少女にはこちらを攻撃する意思がないことは今の会話の内容から察することができた。

 そして——と前置きをし、少女はさらに言葉を続ける。

 それは、エルジェベドに対する、彼女の旅に同行したいという申し出。 それを求められることは薄々察してはいたが、いざこうして頼まれるとなかなかに悩むものがあった。


 「そうか……まあ、別に私は構わんが」

 「俺も別にエルフそのものには恨みはないから問題はないが」

 「が?」

 「私の旅の目的は、安寧を送ることのできる場所」

 「俺は、俺らを襲ってきた人間たちのみに対する復讐」


 そういうと二人は、廃村へと歩み寄る。

 彼女の目的は、もう誰もいないことが確認できたこの村で暮らすことで達成される。 

 瓦礫や化け物の死体を片付け、建物を直し…… まともに住めるようになるまで相当時間はかかると思われるが、無理のある話でもない。

 彼の目的も、この村で暮らし続けながら達成することは可能だ。 

 自分たちを殺さんとする人間たちは、こっちがどれだけ逃げ隠れようとも必ず見つけ出してくる。 それならば、この場所で待ち伏せをするというのも一つの手ではある。


 だから、もうわざわざここから旅に出る必要など――といいつつも二人がちょうど村の敷地内に足を踏み入れようとしたその時、彼女らはあることに気が付く。

 何やら強烈な臭気が、彼女らを襲った。

 エルジェベドは勢いよく突き飛ばされるかのように後ろにニ、三歩ほど退くと、腹の内から込みあがってくるものを必死に抑え込もうと口に手を当てる。

 彼女よりもずっと鼻の利くロボはその場に倒れこみ、とても苦しそうな、生き物が出してはいけない音の咳を何度も繰り返していた。


 「は、はわわ、どうしたんですか!?」

 「そ、それ……その変な草……」


 湧き上がる不快感を必死に抑えながら、エルジェベドはふらふらと揺れる指である方向を指さす。

 その方向はもちろん廃村の方であるが、正確にはその村をぐるりと囲むように植えられた背の高い青々とした草を指さしていた。

 少女はその草を見て、はっと何かに気付いたような顔をし、そのもとへと駆け寄る。


 「これは、魔除けの薬草と呼ばれているものですね。 かつてディスゴルピオを討伐するきっかけとなり、今でも吸血鬼の弱点として知られているものですが……」

 「引っこ抜いてくれるのはいいが、その、こっちに持ってこないでくれ……限界が近いんだ……」


 それを聞いた少女はすぐに、ここら一体にある薬草を片っ端から引っこ抜くとどこか遠くに放り投げた。

 目の前にある草がどんどん姿を消していくとともに、少しづつエルジェベドらの調子もよくなってくるのが分かった。


 「ふぅ……これでまともに呼吸ができるな」

 「それはよかったです! ところで」


 二人は、今も地面に座り込んでいるロボの方を見た。

 この近くにあった薬草は全部なくなったとはいえ、彼は未だに全身の力が抜けてまともに動けない様子だ。


 「獣人さんの方は、ダメージが大きいようですね……」

 「そうだな、しばらくそっとしておこう」


 彼のそばにはとりあえずエルフの少女が付き添いとして見守る一方、エルジェベドは彼が立ち直るまでの廃村の中を探索することにした。

 少女が開けてくれた薬草の隙間から恐る恐る足を踏み入れ、近くで見ると思ったよりも迫力のある化け物の死体の横を通り、村中をくまなく観察する。

 井戸だったもの、牛舎か何かの跡、元大きな家。 赤黒い汚れをまとったそれらはこれまで様々な経験をしてきた彼女にとっては見慣れたものといってもいいものだった。

 しかし、やはりというべきか――例の薬草は村の中にも遍在していた。 割れたプランターの中、荒らされた畑の四辺、特に何もない広場にさえその薬草は無造作に植えられている。 葉っぱ一枚単位で見れば、化け物に荒らされたこともあってか足の踏み場もないほどにそれは敷き詰められていた。 仮に踏んでも問題はないだろうが、気味が悪いためそんなことをする心情にはなれない。

 それら村の様子を見て、彼女は一つの結論にたどり着く。

 ここは、私らの住める場所ではない――と


 彼女が元居た場所に返ってきたころには、ロボもすっかり元気を取り戻していた。

 エルジェベドの顔を見るや否や、少女は彼に対して特に敵対するような真似はしていないと何かを弁明するように告げた。 もとより、そんなことを疑うような彼女ではなかったが。

 彼女は、この村を探索して分かったことをロボと少女に告げた。 この村は、私たちが暮らすにはむいていない。 やはりどこか遠い場所へ旅に出る必要はある、と。


 「賛成。 俺もとっととこんな所から離れたい……」

 「お二人がそう言うのなら、私もついて行きます! いいですよね?」

 「構わん。 だが、その前に」


 エルジェベドは、少女に名を名乗ることを命じた。 もちろん、自分たちの名も教えることを条件に。

 これから旅を共にする仲間同士、相手の名前も知らないと何かと不便だろう——というと、少女は元気よく声を上げる。


 「それもそうでしたね、すっかり忘れてました! では……わたしの名前は、ルクシアって言います!」

 「なるほど、いい名前だな。 私は、エルジェベドという……吸血鬼だ。 これからもよろしく」

 「俺はロボ。 特に……言うことはないな」

 「それじゃあ、お互いに自己紹介も終わったところで!」

 「行こうか」


 新たにエルフ族の、逃亡の身でもある少女、ルクシアを仲間に引き入れ、彼女らは新たな旅を始めた。 目の前にある廃村を、大きく旋回するようにして。

 人間たちへの復讐、それと、平和と安寧の地を探す旅が……


 と、その前に

 ふと何かが気になったエルジェベドは、ちょうど廃村の横を通り過ぎたところで後ろを振り返る。

 特に意味があるわけでもない、なんとなくの行為であったが……それによって彼女らは、ある奇妙なものを目にしたのだった。


 それは、いくつかの焼け跡。

 あの薬草でできた柵を打ち払うかのように、まるで火炎瓶かちいさな爆弾でそこら一体を攻撃したかのような跡が地面にくっきりと残っていた。 パッと見たところ、手段は雑なもののかなり入念にやられている雰囲気だった。


 「……これは?」

 「あの化け物がやった……とは思えんな。 あいつは、こんな芸当ができるような奴には見えなかった」

 「じゃあ誰がやったんだ?」

 「さあ……」


 皆は一体、どこの誰がこんなことをやったのか、その様子を見ながら考えた。

 しばらく考えに考えた結果、三人はほぼ同じタイミングで、同じ結論にたどり着く。


 「いや、わざわざこれについて考える必要もないだろう」

 「確かに……どっちにしろわたしたち、ここを離れてどこかに行っちゃいますもんね」

 「これの正体が分かったところで、何か得することがあるかと言われればそんなこともないしな……」


 もう、こんなことを考えても意味はない。 ここに滞在するだけ時間の無駄だ――

 彼女らはその焼け跡の記憶などすぐに忘れ、自分たちの目的のため、今度こそどこか遠い場所へと旅に出るのだった……

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