からかってくる年上幼なじみは透かされない

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からかってくる年上幼なじみは透かされない

「ぶあっくしょん!!」


 夏休み初日、俺――荒木優平あらき ゆうへいは風邪を引いていた。

 高校生になって初めての夏休みに心躍っていた時間を返してほしい、そう思いつつも体調を崩している俺が悪いのは間違いない。


「優くん、もしかして冷房点けっぱにして寝た?」


「……うん」


「もう、やっぱり」


 そう言いながら彼女はティッシュを差し出してきた。呆れているのかと思いきや、なんという気配り。

それもそのはず、彼女はお互いが小さい頃からのなじみで、いわゆる幼馴染というやつだ。


 彼女の名前は坂本透さかもと ゆきで、俺は『ゆきねえ』と呼んでいる。俺より一つ年上ということもあり、姉のように慕ってきた。家が隣同士なこともあり、何かあれば今回のように駆けつけてくれることもある。


 なら、どうして風邪を引いていることを知ったのか。それは、きっと両親が伝えたのだろう。まったく、余計なことをしてくれる。


「あ、計り終わった……どれどれ」


 ボーっとしている間に脇から電子音が鳴った。俺の感覚ではあまり熱は出ていないと思っている。現に体温計に表示された数値を見てみると、微熱程度なものだった。


「よし、熱なかったよー」


「本当? って、微熱じゃない。今日は安静にしてなさい」


「えー……」


 彼女は微熱程度でも安心できないらしい。女の子のことはわからないけど、男の微熱はあってないようなものである気がする。


 とはいえ、ゆきねえに言われてしまっては返す言葉がない。少し頑固なところがあるし、なにより余計な心配をかけたくない。俺も俺で、ゆきねえのことは良く知っている。


「とにかく、今日は安静にすること。それと優くん、お昼ご飯は食べれそう?」


「うん、食べれる」


「それじゃ、キッチンお借りするね。……ちゃんとベッドにいるのよ」


「……はい」


 かしこまった返事を聞いた彼女は笑みをこぼし、そのままキッチンへと向かった。たまにする目が笑っていない笑顔が怖いんだよな。


 それにしても、今日どうしよう。友だちは部活やらで連絡しても意味ないし、テレビを見に行こうにもベッドから動けない。ただ天井を見上げるか、意味もなくスマホで何かをするか。


 微熱だからか頭がいつもより働かない。ゲームをしても、ただ疲れることになるだけだろうな。


 あー、考えるだけで疲れてきた。やっぱ安静にしないとダメなのかな。夏休み初日にこんなことになるなんて、昨日の俺は調子に乗りすぎだな。


 ただ、天井を見上げながら何もしない時間が過ぎていった。ふと時計を見てみると、12時半近くになっていた。ゆきねえがキッチンに向かってから10分以上はかかっているはずだから結構な時間天井を見ていたことになる。何もしないって、相当な苦痛だな。


「お待たせ、優くん」


 そんな時、ゆきねえが戻ってきた。両手にはおぼんがあり、その上に作ってくれたのであろうお粥などが乗せられていた。


「あ、おかえり。ゆきねえ」


「調子はどう? まさかベッドから離れた?」


「んなことしないよ! ただボーっとしてただけ」


 あらそう、とゆきねえは言いながらベッドの脇にあったテーブルにおぼんを置いた。それに合わせ、俺はベッドから起き上がろうとした。


「あ、ちょっと。そんな急に動いちゃダメ」


「え?」


「ご飯なら私があーんしてあげるから、優くんはそのまま腰かけておいて」


「いや、でも……」


「でも、じゃありません」


 そう言いながら、ゆきねえは俺の体をゆっくりと倒してきた。ただの風邪だというのに、なんだこの仕打ちは。もう、絶対風邪引かない。


 されるがままの俺はそのままベッドフレームに腰かけ、ただ一点にお粥を見つめた。今までにも何度かこういうことはあったけど、ゆきねえの立場が絶対的すぎないか?


 だって、さっきも私があーんしてあげるって――


「はい、あーん」


「――ちょっと待て!」


 気づいてしまった俺は声を荒げながらのけぞった。それに驚いたゆきねえはきょとんとしているが、手に持っているスプーンは微動だにしない。まるで、最初から俺が声を荒げることを知っていたかのように。


「もう、優くん。風邪引いているんだから大人しくしてなさい」


「んなことできるか!」


 平然とスプーンを口に近づけてくる。


 風邪を引いているから今日は油断していた。ゆきねえはよく俺のことをからかってくる。お互いが小学生の頃はそんなことなかったけど、お互いが中学生になった途端にこういうことが増えてきた。


 思春期のいたずらのような気もするけど、ゆきねえに限ってそんなことがあるのか。ただ、俺の反応を見て楽しんでいるような気がする、というか絶対にそうだ。


「そう、残念」


「残念ってなんだよ……」


 あからさまに落ち込む彼女を見て、心が痛くなってくる。けど、異性にご飯を食べさせるって、普通は恥ずかしいことじゃないのか。


 あー、もう。


 俺は軽く溜め息をついてからスプーンに口を運んだ。少し冷めたお粥はやはり美味しくない。とはいえ、作ってくれたものだから感謝しなければ。


 その後は、ロボットのように差し出されたスプーンに向かって口を運んだ。絶対やり返してやる。このままで終わってたまるか。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 翌日、俺の風邪は完全に治っていた。やっぱりただの風邪だったようで、十分な良く字と睡眠時間だけでどうにかなった。ゆきねえに言われた通りのことをしていたおかげでもあるけど。


 そう思った俺は坂本家の目の前に来ていた。ただお礼を言いに来たのではなく、両親からお礼の品を渡されたので、それも目的ではある。


 とはいえ、こうやって自分からゆきねえに会いに行くのは久しぶりだ。変に緊張してしまう。


 ぎこちない動作でインターホンを鳴らし、紙袋片手に返事を待った。


『はあい』


「あ、ゆきねえ。昨日のお礼と親からのお菓子持ってきたよ」


『あら、優くん。ちょっと待ってね』


 ブツっという電子音と共に、玄関越しに物音が聞こえてきた。なにやら急いでいるような雰囲気を感じ取れる。そういえば、インターホン越しだから気にしていなかったけど、少し息切れしていたような。


「あ、優くん」


「これ昨日の、って大丈夫!?」


 玄関の扉から見えたゆきねえの姿は病人そのものだった。まるで、昨日の俺のような。


「大丈夫だよ。ありがとうね」


「いやいや、とりあえず入るね」


「え」


 戸惑いを隠せないゆきねえをよそに、俺は家に入っていく。こうなってしまった責任は俺にもある、かもしれない。そう思うだけでいてもたってもいられなくなってしまった。


「ゆきねえは部屋に戻ってて。部屋の場所ってまだ変わってない?」


「うん、変わってないけど……」


「わかった。じゃ、


 俺がそういうと、ゆきねえは微笑んでいた。昨日言われたことを言っただけだけど、それで笑える元気があるなら大丈夫なのかな。


 とにかく、昨日看病されたお礼に、看病し返してやるか。







 ――――――――――――――――――――――


 ○後書き


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