第3話
二歳になった俺の、ある日の昼下がり。
俺の遊び場はもっぱらお庭だ。
天気のいい日は庭に出て、木陰で地面を弄って遊んでいる。
季節は春。この世界にはどうやら四季があるらしい。
夏には目の前の木に杏のような実が成る。去年、離乳食として潰した実を食べた時には、めちゃめちゃ美味しくて感動したよ。
前世と身体が違うからか、食べ物の好みも変わったようだ。子どもの味覚は大人より繊細だというし。今年はもっと色んな食べ方で食べたいものだ。
春の心地いい風に揺られ、次に来る季節に想いを馳せているときも、俺の身体は土いじりをやめない。
俺の同居人、カストルの仕業だ。
さすがに精神年齢30歳オーバーの俺に、土をいじって遊ぶ趣味はない。
いや、真剣にやったらきっと面白いんだろうけどね? 土の組成を調べて前世と比べてみたりして。まあそんな専門的な知識持ってないからできないんだけど。
興味ない俺をよそに、カストルは真剣そのものといった様子で、こんどは石の下にいた虫を触っている。
やめろ。キモいキモい。そのデカいダンゴムシみたいな虫をニギニギしないでくれ。こっちまで感触が伝わってくるから。
よいしょ。えいっ!
カストル、やめて。ダンゴムシを爪で無理やり。そんな。腹側を見たくないいやああああああ!
カストルはデカいダンゴムシの腹を爪でムニっと押した。プシュッと汁が出てきた。ダンゴムシはその後、生涯丸くなることはなかった。
カストル、俺は心配だよ。君が残酷な大人に育たなければいいが。
ほとんどの時間、身体の主導権はカストルが握っている。
むむ。この表現は適切ではないのかもしれないな。
俺とカストルは、やはり同じ人物であるようで、意識することなくうまくやっている。どちらが、ということもなく自然と振る舞うことができるのだ。
むしろ、どちらかが自分だけで動こうとするとき、そしてどちらかが全て相手に任せた時だけ、例外的に片方の意思のみで動くことになる。
――――まあややこしいことはいい。とにかく俺は、基本的に動く気がなく、カストルに任せている。
だってよ。カストルは2歳だぜ? 身体の感覚とか養う大事なときじゃん。土いじりだって大人になるための立派な修行だ。
そんなときにおじさんの俺が身体の操作を支配したら、今後の人生にどんな不具合が出るかわかったもんじゃない。
いや、自分が操作してないときでも身体の感覚はあるし、不具合なんかでないかもしれないけど。
まあ別に俺には現状やりたいこととかないし。
ちなみに、幼いうちに魔法を鍛える作戦は全くうまく行ってない。
ママから聞いたが、どうやらこの世界には魔法は存在するらしい。
ただ、魔法を習得するには才能と努力と、なにより高度な教育が必要のようだ。そのため、魔法は基本お貴族様のためのものとなっているらしい。
うちは小さな農村の、貧乏農家だ。当然家には本なんてないし、魔導書なんてもってのほかだ。ちなみに両親は文字を読めないので読み書きを学ぶことすらできてない。
仕方ないから、独学でなんとか魔法を覚えようと色々試してみた。だが成果なし。
結局は、カストルの一人遊びを見ながらボーッと過ごしている。今では俺はこんな日常も悪くないなと思っている。
その日の夜。椅子に座っているママを見る。
ママの目の焦点が合っていない。虚空を見つめているようである。怖。
そんなママを見て俺は思い出した。どうして忘れていたんだ。
ステータス。
異世界転生の定番中の定番。転生した赤ん坊が最初に試すことじゃないか。
ママのあの目線は、ステータスを見ているに違いない。ほら、指で空をなぞってるし。
きっとタブレットみたな大きさのステータスがママの目には見えてるんだ。しかも操作できるタイプのステータスとみた。俺は詳しいんだ。前世で散々予習したんだ。
というか、ステータス確認している姿気持ち悪いな。クールビューティなママだから、余計に不気味だ。外国のお人形さんみたいな怖さがある。
しかし、ステータスか。完全に失念してたな。何をやってるんだ俺は。
どうやら俺はまだまだ前世の感覚に囚われているらしい。人体の構造がおそらく前世と同じで、前世とそう変わらない暮らしをしているうちに、先入観を持ってしまっていた。魔法もまだ見たことないし、知らないことはたくさんあるのにわかった気でいたのだ。
だが、ここは異世界だ。俺の何も知らない、全くの新しい世界だ。
俺の前世の知識が、チートになるどころかむしろ枷となるところだった。自由な発想でいろいろ試してみるべきなのだ。
そうして、俺は大きな声で唱えた。
「ちゅてーたつおーぷん」
俺の本気のステータスオープンは、静かなリビングに響いた。
ところが何も起きなかった。
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