第2話
なにかがおかしい。絶対におかしい。
俺は訓練の末、思考の隅々にはびこる「バブウ」の影を退けることに成功した。
グッと意識を集中すると、あれだけバブバブ言っていた「ナニカ」が鳴りを潜めるのだ。
今では前世と同じくらい思考を巡らせることができるようになった。
しかし。
バブバブバー! 厶ァ! ンダバーブバーブゥ!
やはりダメだ。食事の時だけはダメだ。
ママのおっぱいを前にすると、とたんに理性のタガが外れ、思考の制御が効かなくなるのだ。由々しき事態である。
ママは若くて綺麗で、おっぱいが大きい。
大変けしからんが、それでもママである。母親の胸で興奮して我を忘れるバカがどこにいると言うのだ。
たしかに前世の俺は童貞。ホンモノのおっぱいを生で見たのははじめてで、ホンモノのおっぱいには男を狂わせる魔性の力が宿っている可能性もなくはない。
――――正直、大いにありえる。
しかし、毎回なのだ。毎日ママのおっぱいを見るたびに、俺の思考は完全に停止し、バブバブいうだけの動物になり下がる。
こんな事があってもいいのだろうか。中身はいい年した大人なのに、ママのおっぱいを見るだけで、毎日、理性を失うほど狂乱するだなんて・・・・・・。
なんと情けないことだろうか。おっぱいを我慢できなくて、なにが神童だ。なにが知識チートだ。涙が出てくるぜ。
実際に涙が出てきた。やはりこの体は制御が難しい。
「オンギャーーーーーー!!!」
小さい体で大声で泣くのは、意外と体力を使うものだ。
「赤ちゃんは泣くのが仕事」なんて言葉があったが、あれは本当だったんだな。前世でしていた仕事よりも疲れる。
ああ眠くなってきた。チクショウ、まただ。俺の意識が遠のくに連れて、またあの声が聞こえてきやがる。
バブウ。
薄々気がついていたのだ。脳内に響く声の違和感。突如として自分の体の制御が利かなくなる感覚。
認めざるを得ない。
この体には、俺以外の誰かが住んでいる。
俺だけの体じゃない。
転生してすぐは気が付かなかった。
赤ちゃんに転生するときは普通、出産でお腹から取り上げられるところからだろう。
だが、俺が転生した初日の赤ちゃんの体は、バブバブ喋ることができた。おそらく生後3ヶ月といったところだ。
――――つまり、俺はすでに居た赤ちゃんの体に後から入り込んだのだ。
普通、転生するって言ったらもっと都合のいい身体を用意してくれますよね? 仏様? もっとしっかりしてくださいよ。頼みますよほんとに。
俺の身体にはもう一人住人がいる。名前はカストル。
俺のなかでいつもバブバブ言っている野郎だ。
カストルという名前の由来は知らない。というか俺はこの世界のことをほとんど知らない。
だって、言葉わかんねーんだもん。
いつも両親が喋ってることに耳をそばだてて、なんとか理解しようとしているが、それほど進捗はない。
転生してから一ヶ月ほど経って、ようやくいくつかの簡単な単語と基本的な文法を理解できたというところだ。
言語を理解するのってむずいんだね。前世の日本語の知識があってもこの難易度なんだから、まっさらな頭の赤子が1から言語を覚えるのは、どれだけ大変なんだか。
とにかく、ママとパパが俺に向かってカストルと呼びかけるから、俺の中にいる赤ん坊の名前はおそらくカストルであってると思う。
なあ、お前の名前、カストルであってるか?
ダァ?
自分の名前もわかんねえのかよガキがよ〜!
ダァダァ! バブバーバ!
0歳児のくせにいっちょ前に反論してきやがって!
とまあこんな具合で、俺はカストルと会話ができる。
いや実際には会話ではないな。カストルは喋れないし。
カストルは言葉を理解していないし、論理立てて物事を考えることもまだできない。
ただ、カストルの感情や意志のようなものが伝わってくるだけだ。
だから俺は、カストルの言う事の意図を汲み取れる。カストルも俺の考えていることがなんとなくわかっているようだ。
ダァッブァ!
ん? おっぱい? なんだもうお腹すいたのか。仕方ない、ママを呼ぶか。
俺は仕方なくオギャーと泣く。
おっぱいを前にして、むしゃぶりつきたい強烈な欲求に駆られるのも、このカストルの影響だったことがわかった。
今では2人で相談して、おっぱいを飲むときの身体の主導権はカストルに明け渡す代わりに、カストルには俺の思考を邪魔しないように頼んだ。
おっぱいに狂うのは勝手にやってくれ。
俺は美人ママのおっぱい飲めなくなって惜しいなんて思ってないからな。カストルも俺も同じ身体だから、俺もおっぱい飲めてるし。
ママが近づいてきて、俺の顔におっぱいを近づける。
ちなみに、おっぱいは俺がこの世界の言葉で最初に覚えた単語である。おっぱい。
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