第15話 バジルの森
森に入ってすぐにその違和感を感じた。自分自身の魔力の気配を感じる事が出来なくなった。
そしてどうやら本当に魔法を使う事が出来なくなってしまったようだ。
目の前見えないソフィー様をリタ姉がおんぶして進んでいる。ソフィー様は目が見えない。それだけもハンディキャップとしては厳しいものがる。普通に移動する事だって大変だろう。
ましてや、戦うなんてもっての他だ。そうだよ! だからこそ俺が居るんじゃないか。守る為に今まで地獄のしごきに耐えてきたんだろうが。そうだろ俺!
森の中を歩きながら人知れず、俺は勝手に決意を固めた。
「なんでこの森、魔法使えないんだよ全く!
俺の肩でリッキーが突然声を上げる。
「呪いではないか? とも言われていますが、実際の所は分かりません。王都から遠い場所にあり、森に棲む魔物が外に出て人間に被害があったなど報告もないので、きちんと探索をした事が無いんです」
ジェノ侯爵が答えた。
「近くに人が住んでいない。被害もないなら、わざわざ危険な森を調べる必要も無いって事か」
「そういう事です」
「なら何故ダンジョンがある事を知っていたんですか?」
「一度だけ軍が遠征した事があり、その時の資料を見つけたのです。その資料には、ダンジョンらしき建物を見た。と書かれていたのです」
「おいおい! たったそれだけの情報でこんな場所に来たのか?」
「そうですよ?」
「カーミカミカミ!」
「馬鹿じゃねえのか!?」
「おいお前ら! そんな喋ってる余裕ないぞ! 逃げるぞ!」
リタ姉の声に皆が反応を示す。
「ガルルルル!!」
どうやら魔物に見つかったらしい。唸り声がする方向を見ると、初めて見る魔物の姿が。
迷彩模様に足は八本もある魔物。エゲツない大きさの牙をちらつかせ、トラの数倍はあるかという図体をこれ見よがしに俺達に見せつけてくる。
「ゴーー!!」
号令と共に俺達は、森を駆けて逃げ出した。だが、魔物もとんでもないスピードで追いかけてくる。リタ姉の訓練で追われていた魔物とはスピードも迫力も何もかもが違った異様な魔物。
魔法が使えない。今捕まったら確実に死ぬ事だけは分かる。
「にっげろーー!」
「おら走れダダン! やられちまうぞ!?」
「お前らうるせーな!」
緊迫した状況にもかかわらず、リッキーとナイツはそんな俺を見て笑っていた。
「ダダン! ジェノ侯爵! 正面に見える大きな木の上に逃げるぞ!」
「オッケー」
一際目立つ大きな木を登って、木の枝に逃げ込んだ。
木の枝だというのに人間が二人並んでも歩ける程の太い枝。幹に至っては、一体何人の人間が、手を繋げば太さを測れるのか分からない程の太さの樹木。
「とりあえずここに居れば、流石に攻撃できまい」
「ごめんなさいリタ。私を背負って走るのは疲れるでしょう」
「全然問題ないよソフィー様」
「そうそう! 全く気にする事ないですよソフィー様。リタ姉ならソフィー様をおぶって走るなんて朝飯前ですよ」
「うるせぇーぞダダン!」
「それよりもどうしますかね? じっとしてるしかありませんかね?」
追いかけてきた奇妙な魔物は、猫が爪を研ぐかの如く木に爪を立ててガリガリしたり、助走をつけて登ろうとしてくるが、あまりにも高い場所にいる為、流石に登っては来られない。
「落ち着いて諦めたら、そのうち居なくなるんじゃないか?」
「ひとまず、ここで待ちましょうか」
枝の上でしばらく休憩をしていたが、下にはずっと奴がいて、木の周りをずっとグルグルと回っていた。
「もう夕方になるぜ? しつこいなあいつ!」
森に入ってから、枝で休憩してから何時間経過したのかは分からない。木々が生い茂っているせいか、まだ夜じゃないのにかなり暗くなってきていた。
「魔法が使えないだけで、こうも不便なんですね」
ジェノ侯爵がおどけた口調で話す。
「そういえば侯爵、殺し合いが始まるのはいつからなんだ?」
「明日からです。正確には数時間後から開始されます」
「そうか……私らがここに居る限りそう簡単に見つかる事もない、か。ならもうちょっと気楽に行こうぜ」
リタ姉はそう言って横になった。
――。
気付くと森は暗闇に沈んでいき、夜になり、本来ならば夜の世界を照らすはずの月明かりは、木の葉のせいで遮られ、森の中は闇に近かった。
先程まで見えていた魔物も、今は肉眼で捉えるのは難しい。微かにまだ唸り声が聞こえ、気配が感じられるので、まだ下をウロチョロしているのだろう。
「夜になりましたね」
「何故分かるんですか?」
「ニオイです。目が見えないからか、昔から鼻と耳が良いんです! ――皆さん! 何かが大群で近づいて来ます!」
ソフィー様がそう発言したすぐ後に、バサッバサッと何かが沢山飛んでくる羽音が聞こえてきた。
「「「キキキキキキキキキキキキー」」」
ガラスに傷を付けた時のような嫌な音がそこら中から聞こえる。
「伏せろ!」
リタ姉の声に反応した俺は、その場で伏せた。
数え切れないほどの羽音が頭上を通り過ぎて、羽音が遠くなっていく。
「今のは一体何だったんだ?」
「大きいコウモリの大群だったじゃん!」
「ここに居座ってもまずそうですね」
「ダダン! ソフィー様を背負って走れ! 夜の森を走るぞ!」
「リタ姉はどうするだよ!?」
「私が魔物を牽制するから、ジェノ侯爵と一緒に走れ!」
「分かった。ソフィー様失礼します」
俺は、ソフィー様をおんぶする。
「ヒューヒュー!!」
「茶化すなナイツ!」
「リタ? 気をつけて下さい」
「大丈夫ですよソフィー様!」
「三・二・一で行くぞ!? 三・二・一、ゴー!」
俺達は暗闇へと飛び降りた。着地した瞬間後ろからリタ姉の叫ぶ声が。
「走れ!」
全速力で走り出す。俺のすぐ後ろにはジェノ侯爵が付いてきていた。
とにかく今は逃げるしかない。森で逃げるのは慣れている。リタ姉との訓練で散々死ぬほど走らされていたからな。もしかすると、こうなる事を最初から想定していたのかもしれない。
夜の森の暗さにもだんだんと目が慣れてきて、少し先なら見えるようになってきた。
「ハァハァハァハァ。ハァハァハァハァ」
「大丈夫ですか?」
耳元でソフィー様の声が。
「大丈夫ですよ? しっかり掴まっていて下さいよー」
俺がそう言うと、掴ソフィー様が掴まっている手と腕に力が入る。
「ダダン! あの岩が見えるか?」
「見えるけど!? リッキーどうした?」
「あそこに逃げ込め!」
「逃げ込めって……ああ分かったよ!」
「カーミカミカミ! 逃げろ逃げろじゃん!」
「ジェノ侯爵正面に見える岩に向かいます!」
「分かりました」
岩に何かあるのか?
そう疑問に思いながらもリッキーを信用して岩に向かって行く。
岩の近くにきてようやく分かった。岩には子供が一人程の穴が空いていて、しゃがんで声を出すと反響した声が聴こえ、中はどうやら広い空洞になっているようだった。
確かに逃げ込めそうな場所。とにかく中に入って隠れよう!
「ソフィー様、今から穴の中に隠れるのでよつん這いで移動して下さい」
「分かりました」
ソフィー様を静かに下ろすと、俺は丁寧にソフィー様を穴の中へと手助けした。
「キャ!」
ソフィー様の悲鳴が聞こえた。
「大丈夫ですか?」
「ええ、大丈夫よ!」
「ジェノ侯爵、先に行って下さい!」
「分かりました」
ジェノ侯爵が中へと入った。
後ろから何かが近づいてくる気配を感じる。
ジェノ侯爵が入った後すぐに、俺も滑り込むように岩の中へと入り込んだ。
滑り台のようになっていて、下へと滑り落ちていく。
「うぉおおおおお。いてっ!」
最後はお尻を打った。
中は暗く、正直よく分からない。だが、結構な広さがありそうだと感じはしていた。
「朝までここで待ちましょうか。真っ暗で周りは見えないですし、危険ですソフィー様。朝になって明るくなってから移動しましょう」
「ジェノ侯爵の言う通りですね。そうしましょう」
ソフィー様は、常にこのような真っ暗な世界で生きている人だ。目が見えないから夜とか朝とか多分関係はないだろう。見えない中で殺し合いをするなんてどれだけの恐怖なのだろうか。俺は少しだけそんな事を考えていた。
「ソフィー様とジェノ侯爵、眠かったら寝てて良いですよ? 俺とリッキーで見張りするんで」
「分かりました。ではありがたく」
「ダダンはいつ寝るんですか?」
「明るくなったら交代して下さい。その時に少しだけ眠ります」
「ちゃんと私とジェノ侯爵を起こして下さいね?」
「はい、ソフィー様」
暗くてあまり表情も分からないが、ソフィー様の口調は優しく、どことなく微笑んでいたように感じた。
見張りをしろって言ったのに、すぐにリッキーが寝息を立てて寝始めた。マジでこいつ自由人だな……じっと静かにして時間が経過するのを待つ。外では魔物の気配がしたりしなかったりしたが、ここには入って来られないだろう。
朝を迎えて、この場所にもようやく光が差してくる。小さな穴から太陽の光が入る。
この場所は学校の教室位の広さはあり、天井も中々高かった。本当にたまたまこんな場所を見つけてラッキーだった。
……。
……。
たまたま、たまたまねぇ。俺はナイツの指を見つめた。
ジェノ侯爵とソフィー様を起こした俺は、見張りを交代し、睡眠を取るために目を閉じるとすぐに眠りについた。
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