第10話 やっぱり幸運かもしれない

 「こりゃあまた……」


 馬車から降りて目の前に見える豪邸に、驚きを隠せない。

 貴族という身分は、どうやら随分とお金が儲かるようだ。


 伯爵の家も大概の大きさだったが、侯爵家の規模は段違い。敷地内で迷子になるレベルの大きさで、門から屋敷の入口まで馬車なのに結構な時間がかかる程に広大な大きさだ。


 「ご案内します」

 屋敷の中に入ってあまりにも豪華な内装に、開いた口が塞がらなかった。


 「凄い豪華じゃん! 盗んだら高く売れそうじゃん!」

 「盗んだら捕まるだろナイツ」

 「貴族って生き物は、どの時代でも相変わらずだな」


 絵に描いたような屋敷、いや城だ。

 ドア開けてすぐに、こんな広いホールは必要なのか?

 正面に大きな階段があり、T字路のように二つに分かれ、二階へと続いている。壁には大きな肖像画がいくつも飾られていた。


 「付いて来て下さい」

 「はい……」


 階段を上がっていき、二階へ上がるとそのまま奥へと進んでいく。

 途中の廊下には高そうな壷や絵画、甲冑などが置かれていた。

 ここの主人の趣味なのだろうか……。


 二階の窓から見える庭では、先生らしき人と教え子達が、剣を交えている。訓練でもしているのだろう。


 廊下の一番奥にあるドアに到着した。

 「では中へお入り下さい。私はここで」

 ガチャ。かなり重厚感のあるドアを開けてくれた。


 中へ入る時にチラッと見たが、五センチ以上はありそうな厚さのドアだった。防弾仕様かよ,,,。

 

 廊下などは赤を基調とした造りだったが、その部屋は白を基調とし、明るい雰囲気。長いテーブルの先に、後ろに手を組んだ後ろ姿の人が。

 髪は腰近くまであり、輝く程のツヤと鮮やかな水色の髪の毛。その透き通る水色を映えさせるような高そうな服を纏っている。

 「キミがダダンかな?」

 そう言って振り向いた人は、男? だよな。身長もあるし……声も男だし。

 女性かと思わせる程綺麗で、端正な顔立ち。この人が侯爵なのか?


 「はい、俺が……私がダダンで間違いありません」

 「どうぞ座って下さい」


 何でだろう。独特の緊張感がある。

 別に怒られる訳じゃないのに職員室に入る時のような、何とも言えない緊張感。


 「ご挨拶が遅くなりました。私はジェノ・クロースと言います。爵位は侯爵です。ダダンの事をルッツ伯爵から聞きまして、今日ここに呼びました」


 そこから俺が漏れたのか。話しってのは何だろう。伯爵と同じような、呪いを解いてほしいとかの依頼だろうか。それならそれで全然構わないが。


 「侯爵かなんか知らないが、俺様とダダンは忙しんだよ! 話があるならさっさと話せよ!」

 肩に乗っているリッキーが、強い口調で相手を煽るかのように発言する。


 「リッキーだね。キミの話しも聞いたよ。偉大な魔法使いだとね」

 「そうだ。貴様も魔法が使えるようだが、俺様の方が凄い!」

 「それはそれは、いつか教えを請いですね」

 「教えるかよ!」


 「それで……ジェノ侯爵は、平民の私に一体どんな話があるというのでしょうか?」


 「どこから話せばいいですかね〜。ダダンは、この国についてどこまで知っていますか?」

 「いやぁ〜……全く知らないです」

 こっちの生活にすらまだ慣れていないのに、国の事を聞かれても分かるはずがない。


 「この国、パンプキン王国は一年後に、次期国王を決定します。どのように決めるのか分かりますか?」

 「えっ!? 急にそんな事を言われましても……」


 「そんなの嫡男だろ普通! もしくは、国王自ら指名するって場合もあるけどな」

 「そうですね。一般的にはそういう場合が多いです」


 「嫡男ってだけで国王に?」

 世襲制、封建制度が主な世界なのかも知れない。

 日本にあるような選挙なんて概念は無いのだろう。嫡男がどうしようもないクズ人間だったらどうするつもりなのだろうか?

 そんな事よりも、王族の血を引き継いでいる事の方が大事か……。


 「普通はです。パンプキン王国は少し特殊でして、王を決める方法は決まっています」

 「どうやって決めるんですか?」


 「殺し合いです」

 「殺し合い!?」


 「王位継承権を持つ子供達によって、殺し合いをするんです。そして全員殺し、最後まで生き残った人間が次期国王になります」


 「中々面白い事をしているんだな」

 「面白そうじゃん!」


 殺し合いで決めるのか? ありえないだろ……。

 「ルールはあるんですか?」


 「多少はありますよ。例えば――」


 それ程多くのルールは、ない。

 ・範囲はパンプキン王国全土

 ・最後の一人になるまで終わらない戦いである事

 ・戦いが開始される日にちは、王の独断で決定する

 ・戦いはどんな手段を使っても良い

 ・十歳以下であれば、戦いの参加を拒否出来る



 「まあこんな所でしょうか? 他にも細かいルールはあります。戦いが始まる前に、兄弟で暗殺などした場合は極刑になる。とかね。とにかく戦いが始まったら何でもありの戦争になるんですが、ダダンにはその戦いに参加してもらいたい」


 「私が!? ですか……?」

 「ええ」


 「ちょっと待て! 話がなんか思うように進められてるが、きな臭過ぎるだろこんな話。ただの平民であるダダンにそんな話をするのも、参加して欲しいってのも怪しい。色男……あんたは誰を国王にするつもりなんだ?」


 「一体どういう事?」


 「何でもありの殺し合いで国王を決める。どう考えても後ろ盾、味方を付けるに決まってるだろが! 貴族からしたら出世するチャンス。そうだろ? でもあんたは侯爵。これ以上出世する必要もないだろ! 何考えてんだ?」


 なるほどな。自分が応援した人物が国王になったら、それなりに贔屓ひいきしてもらえるか。


 「流石は偉大な魔法使い。聡いですね。まさにその通りです」

 「現在この国の宰相である人物は、元は男爵、それも愛人の子でした。しかし、王位継承権の戦いに参加し、若き王と共に十年戦い続け勝ったそうです。その実力が買われ、今では右腕として宰相の地位まで上り詰めました」


 「十年って……そんな長期な戦いになるんですか?」

 「その時が歴代で最長だったそうです。開戦当初の王は当時十歳で、元から長期で戦う作戦だったみたいです」


 「その殺し合いって、どう考えても長男長女が有利ですよね? 経験だって味方を引き入れる時間も、作戦を考える時間だって長く取れる」

 

 「誰もが普通、そう考えます。有利だと! しかしここ五代の国王は皆、長男長女ではありません。現国王は五男です。だからこそ長男長女に味方する人が少なく苦戦していると聞きます」


 「そして私は、四女であられるソフィー様を次期国王にしたいと思っています」

 「女を王様に? 珍しい事をするんだな」


 女性を国王に? それに四女?

 何か事情がかなりありそうだ。だが何で俺にそんな話が? どう考えてもアンラッキーだろ。

 やっぱ調子乗ってたな俺。そうだよな……いきなり幸運になって浮かれていたけど、俺は不幸な男だろ。むしろこっちが通常運転だろうが。


 「わからねぇーな。それならダダンじゃなく、もっと経験と功績がある奴。もっと力になれる奴がもっと居るだろ? 貴族の話をまともに聞かなくてもいいぞダダン。貴族って生き物は、決して本音は言わないからな」


 「今回参加する人数は全員で十三人。経験と実績のあるプロの人達は、すでに誰かの手の者が多いです。傭兵、冒険者、暗殺者、そして貴族も。私はイレギュラーが欲しいんですよ。つまり、まだ誰からも注目を浴びていない、そして戦いの中で化けるような人物を味方に引き入れたいんです」


 「それがダダンだと?」

 「簡単に言えば」

 「カーミカミカミ。楽しくなってきやがった」


 「こんな話し受けなくていいぞダダン。今の発言でソフィーとやらの味方に強い奴がいないって言っている様なものだ。ダダンがわざわざ手を貸してやる必要も義理もない。王国と貴族の問題だ。平民のダダンが気にする必要もない。本当に嫌ならこの国を出て行って違う国にいきゃあいい」


 確かにリッキーの言う通りだ。俺が手伝う必要はない。それに殺されるかもしれない戦いに参加したくないしな。


 「カーミカミカミ! オイラは面白そうだからどっちでもいいじゃん」


 コンコンコンッ。

 ドアをノックする音が。


 「入って下さい。丁度いいタイミングですね」

 「失礼します」

 「ご紹介します。彼女が先程話したソフィー様です」


 ドアから入ってきたのは、まだあどけない少女。

 カツッカツッ。と杖の音を立てながら進んでいく。


 長く綺麗な金髪の髪をなびかせ、肌の白さをさらに映えさせる白い修道服を身に纏い、胸元には十字架のアクセサリー。


 「もしかして目が見えないのか?」

 リッキーが単刀直入に聞くと、その声に反応したソフィー様は、こちらに振り向いた。


 「生まれた時から見えません。ジェノ侯爵? こちらの方々は?」

 「ソフィー様を手助けして下さる方々です」

 

 「それはなんと! ありがとうございます」

 「何勝手に言ってるんだよ。まだ承諾してねぇよ!」


 「ご挨拶が遅れました。私はソフィー・パンプキンと申します」

 にこやかに微笑み、俺達に対して頭を下げる王女。


 俺はフフッと笑った。

 「ジェノ侯爵! ソフィー様が仮に女王になったら俺の望む願いってのはどれだけ叶えてくれるんですか?」


 「ソフィー様次第ではないでしょうか?」

 「私の力で叶えられる事であれば、何でも叶えましょう」

 ソフィーは躊躇いもなくそう言い放った。


 ああ、男ってのは馬鹿だな。いや、リッキーならこんな事絶対にしないだろう。流石は偉大な魔法使いだよ。論理的で合理的。日本で言えばTHE理系だよリッキーは。


 男で一括ひとくくり出来ないな。結局は俺が馬鹿って事だな。不幸かと思ったが、やっぱりどうやら俺は、幸運みたいだ。

 ダダン本来の魂もまだ残っているのかもしれない。俺が自分自身で一番驚いている。


 ああ、馬鹿だな俺って。本当に馬鹿だよ。

 でも仕方ない。そうなってしまったのだから!



 「ソフィー様! ソフィー様が女王になった暁には『俺と結婚して下さい!!』」

 俺はそう言って、土下座した。

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