第7話 呪いをかけられた少女

 「お前が、娘を呪いから治して欲しいって貴族だな?」

 「スチュワート……これは一体どういう状況だ?」


 「ダダン様が解呪人形を作った所、そこにおられる人形、魔法使いリッキー様が召喚されました。リッキー様によると、呪いを解ける可能性はあると言っておられます」


 「それは本当なのか!?」

 冷静に座っていたルッツ伯爵が、血相を変えて立ち上がった。


 「嘘じゃねえよ!」

 肩に乗っていたリッキーがフワフワと浮き上がり、テーブルに下り立つ。


 「俺様の手にかかれば、大概の呪いなら解く事が出来る。だが、あまりにも強い呪いの場合、そもそも解呪が出来ない。絶対に解呪不可能な呪いも存在する」


 「そ、そんな呪いがあるのか……? 聞いた事がない」


 「まあここで話してもしょうがねぇ! その呪いが掛けられている人間をみせろ!」

 「分かった。付いてきてくれ」


 豪華な広い屋敷の廊下を歩いていく。

 屋敷の二階から一階へ。一階から地下へと降りていく。


 地下?

 一体なんで地下なんだ?


 薄暗く、湿っぽい空気の中を進み、とあるドアの前で立ち止まる。

 ガチャ。伯爵がドアを開けると部屋は漆黒の闇。


 「エリー? 部屋に入るよ?」


 先程の凛々しい声とは違う、優しい声で呼びかける。

 ランプを灯し、ぼんやりと部屋の中が見えてきた。

 

 一階や二階のような豪華絢爛で温かみのある色はなく、ただただ無機質な石畳が、敷き詰められている部屋にベッドが置かれているだけ。

 ベッドに近づくと、そこで寝ている一人の少女が。


 頬はこけて痩せ細り、今にも死にそうな見た目。

 生きているというより、死んでいないという状態。

 このままだと後は死に向かうだけ。俺でも分かった。


 「エリー……」

 伯爵がエリーの頭を撫でる。俺はたまらず伯爵に質問をする。


 「伯爵、なんでこんな場所に寝かせているんですか? こんな場所ではもっと体調が悪くなるでしょう?」


 「太陽の光を浴びると暴れて嫌うんだ。呪いのせいだと私は思っている」

 「へぇ〜そいつは面白い。この娘の身体のどこかに模様が出てるだろ? ちょっと見せろ!」


 「嫁入り前の娘の裸を見せろって言うのか!!」

 「何だよ面倒くせえな! 良いだろ別に! まだがきんちょじゃねえか!」


 「ダダンは後ろを向いてくれるか?」

 「え、あ、はい」

 俺は後ろを向いた。後ろでは服と布が擦れる音が聴こえる。


 「ほうほう。なるほど。へぇ〜。こいつは中々。分かったもういいぞ」

 「もうこっちを向いていい」


 「娘の呪いは……解く事が出来るのか?」

 「結論を言うと、解呪出来る!」


 「本当か!? 嘘は言ってないだろうな!?」

 伯爵がリッキーを両手で掴み、持ち上げた。


 「壊れる! 壊れる! 放せよお前!」

 「すまない……」


 「ただ、この呪いは複雑に構成されていて完全に消すような事は出来ない。簡単に言うと、誰かに移せばこの子は助かる。だけど移された人間はこの子の呪いを引き継ぐ事になる。つまりは衰弱して死ぬって事だ」


 「なら私に移してくれ!」

 ルッツ伯爵が即答した。


 凄いな。親ってのは、そういうものなのか?


 「旦那様はエリー様に、いえこの国に必要なお方です。老い先短い私がその任を引き受けましょう」


 スチュワートさんも名乗りを上げた。

 死ぬ事が分かっていても助けたいという強い気持ちが伝わってくる。


 「バカ! 押すなって!」

 ガチャ。


 ドアが開いてメイドや使用人が、十数人がなだれ込んできた。


 「すいません! 皆で話を盗み聞きしました! その呪い俺に、俺にして下さい! 俺は家族もいません。天涯孤独です。エリー様に拾われなかったら今頃は道端で飢え死にしていました。今こそエリー様に恩返ししたいんです」


 「私もです」

 「私も!」

 「「俺も!」」


 「「「「お願いします!」」」」

 「お前達……」


 正直俺はルッツ伯爵の事も、娘であるエリーの事もあまり知らない。

 だが、これだけ心配してくれる人が居るという事実が、どれだけ愛されているのかがはっきりと分かる。


 羨ましい。いや、多分そうじゃない。

 関係性が素敵だとそう感じたのかも知れない。

 

 「カーミカミカミ。リッキー面白いじゃん! あいつ嘘ついてるじゃん!」

 「嘘? どういう事?」

 「このまま見ていれば分かるじゃん」


 「ハハハハハハ!」

 リッキーの甲高い笑い声が部屋に響く。


 「俺様が蘇ったのは、ダダンと伯爵のおかげなんだろ? そうだろ?」

 「そうだね。伯爵のおかげなのは間違いない」


 「今まで言っていた事は全部嘘だ。人に移さなくてもこの子の呪いは解呪出来る。この呪いは、俺様の魔法で解放してやるよ! それじゃあ見せてやろう! 偉大な魔法使いの魔法ってやつを!」

 リッキーが突然、白い光に包まれ出した。


 あっ。光った。

 その刹那、部屋全体を覆うほどの光が。

 目の前が真っ白になっていく。


 ふと気付くと元通りに。まばたき程の時間。

 白昼夢を見たかのような、不思議な感覚だった。


 「リッキーはやっぱり偉大な魔法使いじゃん!」

 「そんな事分かるのか?」

 「なんとなく分かるじゃん」


 当たり前のように俺の肩に座るリッキー。

 「娘はもう大丈夫だよ。呪いは俺様が解呪した」


 「ん〜。ん〜。あれ? お父様?」

 眠っていたエリーが目を覚ました。


 「エリー! エリー!」

 「「「エリーお嬢様!」」」


 「体は大丈夫なのか? どうなんだ?」

 「何か温かいものに包まれた気がして、気付いたら体が軽くなってました」


 グ〜。

 盛大にお腹の音がなった。


 「恥ずかしいです!」

 「エリー! 食欲が戻ったのか?」

 

 「とってもお腹が空きました」 

 「すぐに食事の用意を! スープからだ! スープを用意しろ!」


 「良かったな……良かったなエリー」

 伯爵は涙を流し、嗚咽を堪えながら、娘を抱きしめていた。


 「おいリッキー。どういう事?」

 「あぁ? 普通に治しただけだよ」

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