第2話 愛すべき悪役
たいていの有名作品には、『愛すべき悪役』が登場する。何度負けても立ち上がり、主人公を含む勢力を次々敵に回し、どうにもならなくなったら作者の都合で殺される。そんなキャラクターたちだ。
主役の仲間にもならず、作中でもインターネットの強さ議論でもかなりの強キャラなのに、やられるときはあっさりやられる。主人公補正のない主人公、とは言い得て妙である。
そういうキャラには独特の魅力を覚えるヒトも多い。たとえば、とある16歳の少年は、『カルエ・キャベンディッシュ』というサイバーパンクものの『愛すべき悪役』に没頭していた。きょうもきょうとて、どうやったらカルエが主人公サイドに入らず勝ち馬に乗れるかを考えていた。
そんな少年の耳にヘリコプターの羽根みたいな音がかする。彼は空を見上げ首を振り、「カルエも重力操作の能力者に負けてたな~」と諦めムードの呑気な態度だった。ピンポイントで隕石が落下してきているというのに。
あたりはやがて悲鳴に変わった。落ち着いているような声色だった少年も大絶叫したいくらいだが、いかんせん足がすくんでその場から逃げ出せない。
つまり、ここで少年は死ぬ。世にも奇妙な、隕石落下という死因で。
*
「……。あれ、なんで寝てたんだ?」
少年は埃っぽいベッドの上で目を覚ます。地面にはちり紙やらごみ袋が散乱していて、空気もどことなく不味い。
「そりゃ眠ってたからでしょ、カルエ」
「…………!? ルキア!?」
腰が抜け、身体にうまく力が入らない中、それでも少年は立ち上がろうとして奇妙な動きを繰り返す。
金髪の碧い目をしている、低身長の細身な少女ルキア。少年が大好きなラノベに出てくるヒロインのひとりだ。最終的にカルエをかばって死んでしまうという、悲劇のヒロインでもある。
しかし、そんな前提知識なんて、目の前に創作物のキャラクターがいる事態にはまったく役立たない。
「なによ、ヒトの顔見て絶叫することないでしょうに」
「いや…………や、そうだな」
「調子悪いの? なんだか喋りにくそう」
「あー、や。悪い夢を見たらしくてさ。ぼくが……おれがこれから7回負けた挙げ句、何者にもなれなかったっていう悪夢を」
「無駄にリアルな数字ね……。まあ、貴方が負けたら私たちもおしまいだし、正夢になっても関係ないわ」
(そう言ってオマエ、カルエをかばって殺されるじゃねーかッ!)
ルキアは最初薄情な印象を抱く登場人物だが、やがて失策を意図せずとも重ねるカルエを見捨てない。また、彼女はその冷酷なように見えて献身的な性格で人気をかっさらっていった。主人公に対するヒロインでもないのに、人気投票で第8位に入るほどだ。
「……。本当にどうしたの? 顔色がかなり悪いわ」
こちらを心配そうに覗き込むルキア。可愛いなぁ。天使のように美しいって地の文での表現は本当だった。
そんな感じでとぼけていれば、ますますルキアが心配の表情を強めていく。そしてこんなとき、カルエは決して弱さを見せない。
「いや……。くだらない運命なんてひっくり返してやろう、って決めただけさ」
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