バルーンアーティスト
藤泉都理
バルーンアーティスト
「自分、不器用ですから」
バンバンバンバンバンババン。
これもアートバルーンと言えるのではないだろうか。
いや、ミュージックバルーンと言うべきだろうか。
軽快にマジックバルーンを破裂していく音が、ミュージックに聞こえる。
どうしてか心地よい。
けれど、わかる。
俺には、わかる。
アルバイトさんは、悲しんでいる。
アルバイトさんは、怒っている。
結婚式を挙げる新婚さんの内の一人はアルバイトさんの元恋人で、しかも納得のいく別れ方ではなかったのだ。
自分、不器用ですから。
そう言っているが、絶対に、抑え込んでいた気持ちがついつい溢れ出してしまった結果、マジックバルーンを破裂させているのだ。
俺にはっ、わかる。
幸福にする為に、を第一に掲げている、イベントアートバルーン会社。
本日の出張先は、結婚式場。
ジューンブライドに相応しく、ペンギンも多数居る、青と紫を基調にしたアートバルーンを作成してほしい。
そんな依頼を受けた俺とアルバイトさんは、会社の車に乗って結婚式場に来て、せっせとマジックバルーンに空気を入れては、せっせとひねる作業を続けているわけだが。
バンバンバババンバンババン。
アルバイトさんは軽快にマジックバルーンを破裂させていく。
うん、気持ちはわかる、すんごくわかる、辛い、辛いよな、悲しいよな、怒っちゃうよな、別れた恋人の、しかも円満に別れていない恋人の結婚なんか、祝えないよな。
俺にはわかる。
だがな、アルバイトさん。
マジックバルーンは無限に存在しているわけではない。
マジックバルーンには、お金がかかっている。
そんなに破裂されては、すんごく困るのだ。
ああ、君がアルバイト代を差し出すから、破裂させてくれと懇願するのなら、吝かでもないのだが。
いや、今は、仕事中だ。
私事を全面に許すわけには、いかない。
こっそりなら許そう。
例えば、マジックバルーンで作った怒りのマークをこっそりバルーンアートに紛れ込ませるとか。
ゆるさないとマジックバルーンで作った文字をこっそりバルーンアートに紛れ込ませるとか。
うん。それならばゆるそう。
だからそろそろマジックバルーンを破裂させるのは、止めておくれ。
俺にはわかる。
君の気持ちがすんごくわかるから。
「いえ。あの。本当に、自分、不器用なだけですから」
「え?」
「いや。あの。本当は、自分も、先輩みたいに、マジックバルーンをひねらせて、色々なバルーンアートを作りたいんですけど。幼い頃からずっと、この会社に入りたいってずっと思っていて。でも。自分、不器用ですから、破裂させてしまって。社長には、破裂させてしまうと、言ったのですが、破裂させていく内に、破裂させないようにできるからと激励を頂きましたが。すみません。やはり、自分、出直します。時間も、ないですし。おめでたい結婚式を台無しにしたくないですし。自分、も、幸福にしたかった、ですけど」
「アルバイトさん」
なんて、なんて。
いや、今は、感傷に浸っている場合ではない感激している場合ではない。
アルバイトさんの言う通りだ。
おめでたい結婚式を台無しにするわけにゃあ、いかない。
「アルバイトさん。ごめんよ。これ以上、マジックバルーンを破裂させるわけにはいかない」
「はい。すみません。本当に。自分。会社に戻って、退職届を出して「いや。そこで、俺の仕事っぷりを見ていって。そして、この結婚式を無事に迎える事ができたら、一緒に練習して、次こそ一緒にバルーンアートを完成させよう」
「先輩」
「ふふふ。見ておいで」
バンババン。
「「………」」
「あ。大丈夫。いい所見せようと力んじゃっただけだから。蒼褪めなくて大丈夫だから。会社に電話しなくて大丈夫だから。ほら。スマホを置いて。見て、見て。ほら。もう破裂させてないでしょ。ほら。ほ~ら。ペンギンさんの完成ですよお。次から次に完成していきますよお。ほお~ら。バルーンアートが完成していきますよお」
「先輩」
「な~に?」
「自分、不器用ですから。うまく、言えないんですけど。今、すんごい、身体が、心が、ぞわぞわしてて。必ず。先輩みたいにバルーンアーティストになってみせます!」
「っうん!うん!一緒に頑張ろう!」
「はい!」
「やだもう。見るんじゃなかった。結婚式挙げる前に泣いちゃったじゃない」
「うんっ。うんっ。行こう」
「ヤダあ。行きたくない。完成するまで見守りたい~」
「うんっ。うんっ。でも、行こう」
こっそり扉を開けて見ていた新郎は新婦の手を繋ぐと、扉にへばりつきそうな勢いの新婦を連れて、控室へと向かったのであった。
「いい結婚式になったね」
「まだ始まってないし~もう~」
(2024.6.1)
バルーンアーティスト 藤泉都理 @fujitori
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