第23話ラビカン石ー3
数日後、
俺も潜入してから、たいした進展もないので少しジリジリしていたところだ。毎日いやらしい目で見つめてくる男どもを、水晶玉占いだけでやり過ごすのも大変だった。
その日審問官レグラントは、二階の一番いい部屋に通されて、ご
最初、女主人が直々にお相手し、少し酒も飲ませていい気持ちに盛り上げてくれていた。そこへ水晶玉を持って、俺ことオリヴィアが呼ばれる。
俺はタルノウィッツに案内されて、部屋へ向かう。
「女主人、オリヴィアを連れて参りました」
「お入り」
入っていくと、あの男の顔があった。忘れたくとも忘れられない、あの男だ。
「レグラント様、新しく入ったオリヴィアですわ」
「おぉ、なかなか可愛い
レグラントはそう言いながら手招きする。
「この娘、水晶占いができますの。すごく当たるんですのよ。オリヴィア、水晶をここへ」
俺は女主人に
「ほぅ、なかなかいい体じゃないか。元は貴族のお姫様だって?」
男の手が背中から腰のあたりを触ってくる。
(ウーっ、気色悪っ!)
「ご
尻を
「ほぅ…?わしの未来を占ってくれると?」
「はい、私、占いには自信がございますの」
男の欲情が混じった目に、どす黒い感情が横切った。
「そうか、それでは占ってもらおうかな…」
「それでは、ご用意いたしますわ!」
オリヴィアは素早く立ち上がって、胸の谷間に隠していた『真実の石』を手のひらに握った。水晶を
「レグラント様、あなた様はどのようなお仕事をなさっているのですか?」
そう問いかけると、その目の動きがピタリと止まって、
「仕事……不正や反逆を企てた
「差し押さえた
「
「証拠以外に持ち帰った宝石や品物は?」
「…家に」
「家のどこに隠しているのですか?」
「…床下の保管庫…」
「それは今もあるのですか?」
「…今はない」
「それはどこに?」
「…取りに来る」
「誰が取りに来るのですか?」
「…お
「お館様って誰ですか?」
「そこまでよ!」不意に女主人が声を上げた。
レグラントがピクリと動くと、我に返ったように目を見開いた。
「こいつ、俺に何をしたんだ⁉︎」
「さあね、何(いず)れにせよ。このまま放っておくわけにはいかないわ」
女主人はそう言い放つと、タルノウィッツにこう命じた。
「この娘を縛り上げて。
ハッとして立ちあがろうとしたが、
次に気がついた時、頭から麻袋を
どれくらい時が経ったのだろう、麻袋の粗い目を通して、うっすらと外が見えている。薄暗いところを見ると、まだ夜は完全には明けていないだろうか?
今が町中で昼なら、人の声や町の喧騒でもっと賑やかな筈。まだそれほど、時間は経っていないのかもしれない。
しかし、耳を澄ませていると、車輪のゴトゴトという音から、石畳の道を走っているのがわかった。
石畳…ということは、王都の中、という可能性が高い。
手足を縛られていて動かせない。そうだ『通信リング』、と思って手を動かそうとするが、ロープが食い込んで届かない。
馬車が止まった。
遠くで男の話声が聞こえる。
「門を開けろ。お館様への贈り物だ」
一旦止まった荷馬車が、また動き出す。石畳の音が変わった。
少し行って、次に完全に止まった。
馬車から
俺が乗った馬車の扉が開いて、誰かに
そのまま、階段を下り階下へ運ばれる。ギイっとドアが開く音がして、ドサっと下ろされた。
石作りの床が冷たい、良ければここは地下の倉庫か、悪ければ地下牢といったところだろうか。頭から被せられていた麻袋が外された。俺は目を瞑ったまま、横たわっていた。
背負っていた男が遠ざかる気配がして、俺はそうっと薄目を開けた。
運んできたのは娼館のタルノウィッツだった。と言うことは
タルノウィッツが出て行ったので、起き上がって周りを見回すが、地下倉庫のようで、真っ暗だ。
倉庫の中には大きな木箱がいくつも積んである。
後ろ手に縛られてはいるが、『通信リング』は指には
手を動かし続けると少しロープが緩んで来た。
『通信リング』のベゼルを何とか回して位置をセットし、手を側にあった木箱にぶつけて音を立てる。気づいてくれるだろうか?
「オリィ?オリィかい?」
後ろ手で聞こえずらいが、父上の声だ!
「んん〜〜〜〜〜ん」猿轡をされたままだが声を出してみる。
「オリィ?大丈夫かい、何かあったんだね?」
「んんん、んんん〜〜」
「オリィ、俺だ。ハックだ。今どこだ?」
「んんん、んんんんん…」
「必ず、必ず助けるからな!このまま通信状態にしておくから、
正直ここがどこかわからないが、それほど遠い場所ではない気がする。
そして、門番のいる屋敷…どこかの貴族の屋敷か?『お
俺は木箱を背に思い切り足を踏ん張り、立ち上がろうとする。すると重ねられていた木箱がずれて、床に落ちた。落ちた箱が壊れて中に入っているものが散らばった。暗くてよく見えないが、取り
「大丈夫か…?」通信石から心配する声があがる。
床に散らばった物の中に石があった。後ろ手のままそれを拾う。石を掴んだ途端、それが何だかわかった。
左目の中にチカチカした火花と炎が浮かんだからだ。『
チリチリと痛むような
袖口が燃えかかっていたので、手で払って消し、急いで
「…だ、誰か…」
「オリィ!大丈夫か?どこだ⁉︎」ハックの声。
「んん…今、閉じ込められている。地下の倉庫」
「地下倉庫?どんな建物だ?」
「…どこかわからないが、王都の中の貴族の屋敷だと思う。門番がいた」
答えながら、足に巻かれたロープを
「門番のいる屋敷…上位貴族か…?」
ロープが外れ、手足が自由になった。ドレスの裾を
ドレスが邪魔なのでナイフで切って短くした。拾った『
散らばった箱から、魔石が
「ハック、盗品倉庫みたいだ。魔石や魔道具がある」
「お前、そこから出られそうか?」心配そうなハックの声が聞こえる。
俺はナイフできついドレスの胸元を切り裂くと、ジェイドから借りていたペンダントを
「ウァッ…!」体を
「どうした?大丈夫か?」
「ハァ、ハァ…大丈夫だ」
「男に戻ったのか」
「ああ、これで動ける」
ドレスの切れ端で丁寧にペンダントを包むと、失くさないよう腕に巻きつけた。
他に何か役立つものはないかと思い、他の箱もこじ開ける。
すると、思ってもいなかったが、見慣れたものがあった。
我が家の
「これは…!」
かつての統一戦争の時、父が使っていたものだ。
この剣には凄い魔石が付けられている。どんなものをも切ってしまう無敵の魔剣。この魔剣は『魔眼持ち』が使うことで最大の力を発揮する。
「どうした?」というハックの問いに、こう答えた。
「父上に『
すると頭上遠くから、人の声と足音が
「敵が来る!」
俺はそう言って、照明石のランプを消すと扉の横に身を
* * *
「まったく、こんな朝っぱらから何だというんだ。
「申し訳ございません。お
「それで、どんな物なんだ?」
「モノ、ではございません。”女”です」
「女?何で女なんて…」
「この女、審問官のレグラント様を
「レグラントが?あやつ何を考えているのだッ!…だが、たかが女だろう」
「それが、その…女は、アルマンディン公爵家の回し者なのです…」
「何だと、それを早く言わんか!まったく、父君に知れたらどんなにお
(急いで来たのに、なかなか起きて来ないのはそっちだろ…)
タルノウィッツは心の中で
通常裏ルートで入って来た物品はここで分別、梱包されて保管される。取引先はほとんどが国外だ。
次の船の準備ができるまではここでひっそりと保管されている。
古い
「こちらでございます」
タルノウィッツは
ガチャリと鍵を開けて、明かりを手に中に入ると、床に壊れた木箱や、中身が散乱している。
「どうした⁉︎」と若君が駆け寄る。
そこで、倉庫の扉がバンッと閉められた。
鍵穴に差し込んであった鍵がガチャリと閉じられ、窓格子の向こうに若い女?が立っていた。
「誰だ、お前っ⁉︎」
* * *
オリヴィンはたった今、倉庫の中に閉じ込めた男の顔を見た。
ヴァンデンブラン侯爵家
あまりの意外さに思わず口から
「イオニス・ヴァンデンブラン!」と
「俺を知っているのだな」と
とにかく今はここから逃げなくてはと思い、
裏庭を横切り、人のいない場所を真っ直ぐに突っ切る。邸宅の周りを巡らしている
『通信リング』に向かって
「敵はヴァンデンブランだ!」と叫ぶと、
「わかった。脱出したら俺の家に行け、そこなら近い。俺もすぐ行く」
「わかった。頼む、着替えを持って来てくれ!」と言った。
俺はハックの言う通り、アルマンディン公爵家にむかった。
上級貴族の邸宅は王都の西の邸宅街に密集している。偶然ながら、ヴァンデンブラン邸も、アルマンディン邸もこの一角にある。
(この
と思ったので、子供の頃通った秘密の通路から入ることにする。広い排水路に沿って、狭い通路が敷地内に
「…オリヴィン様、どこですの?」
「ライナ様?」
妹のマイカから連絡を受けたライナ嬢が、『多分ここから来るよ』というハックの伝言で迎えに出てくれたのだ。俺はほっと、ため息をついた。
排水路を通って出て来た俺の姿を見て、ライナ嬢が笑いを堪(こら)えている。
「ふふふ…ご、ごめんなさい。でも、これはあまりに…あはは」
(そんなにひどい格好だろうか?)
ライナ嬢は俺の手を引いて風呂場に連れて行ってくれた。大きな陶器製のバスタブに『
そこへ『
「お湯になったら入ってくださいませね」と言って出て行った。
顔は化粧が
思わず赤面して、顔を拭(ぬぐ)った。
風呂を
着替えて風呂場を出ると、現アルマンディン家当主の公爵殿、嫡男のステファン殿、ハックと父上、が勢揃いしていた。
公爵殿はハックと父上から、大まかな話を聞いていたようで、
開口一番こう言った。
「オリヴィン、無事で何よりだ。だが少々無茶をしたな」
「申し訳ありません。ですが、元凶を突き止めました」
「ヴァンデンブラン侯爵か。怪しいとは思っていたが、決して尻尾を出さぬ奴でな。あやつも今頃は大急ぎで
公爵殿はそう言ってステファン殿と父上の方を振り向いた。
「父上、ヴァンデンブランは大貴族ですから、勝手に動いて調べるわけには参りません。一度国王陛下に
ステファン殿がそう言うと、ハックが
「父上!そんな悠長なことをしていたら、証拠品を全て隠されてしまいます!今すぐ白騎士を率いて、取り押さえに参りましょう!」と息巻く。
父上はハックをなだめるように言った。
「ハーキマー殿、証拠もなしに貴族の屋敷に踏み込むことなどできません。ここは一度、国王陛下にご
ということになった。
こちらとて、どのような方法で潜入したかを問われれば、いろいろ説明できないことを言わなくてはならなくなる。
明らかな事実をこの目で見て来たのに、俺は悔しさで歯をギリギリと食い
その日のうちにアルマンディン公爵殿は陛下に、審問部の不正を
現国王の支配下でも、貴族のパワーバランスが釣り合わなければ国家は成り立たない。現在最も有力な上級貴族は
現国王派のアルマンディン公爵家
次期国王に側子のレニエル王子を擁護するサーペンティン伯爵家
中立派のブロイネル公爵家
そして(今までは同じ国王派と称されていた)ヴァンデンブラン侯爵家
の4家が台頭している。
今まで現国王派を標榜(ひょうぼう)していたヴァンデンブラン家が他に着けば、パワーバランスが大きく変わってしまうのだ。
* * *
その夜俺は、ひっそりとヴァンデンブラン家を見張っていた。
フードを被り胸に『変身ブローチ』を付け、腰には『千刃(せんじん)の剣という
昼間は大きな荷物を動かせば目についてしまうので、荷を動かすのは夜に違いないと思ったからだ。
夜半過ぎ、門が開き真っ黒な馬車が2台連なって出て来た。それを追うように、馬に乗った男が馬車を守るように出て来た。
馬車がは王都の西の門に向かっているようだ。
俺は『通信リング』に口を近づけ伝える。
「こちらオリヴィン、今馬車がヴァンデンブラン邸を出発しました。馬車は西門に向かっているもよう」
「こちらステファン、了解した」
ステファン殿は近くに馬を用意して隠れている。ヴァンデンブラン侯が動けば、追跡する
王都の西の門の外では、白騎士騎兵隊を率いたアルマンディン公爵が待ち構えている。
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