第24話イオニス・ヴァンデンブラン
イオニス・ヴァンデンブランは焦っていた。
今までは全てが順調だったのだ。…昨日までは。
ヴァンデンブラン侯爵家の
王立騎士団黒騎士騎兵隊を率いる『黒騎士隊長』として、王にも一目置かれる存在。
それが次期ヴァンデンブラン侯爵家当主、イオニス・ヴァンデンブランだ。
我が侯爵家は現国王派を
だが、実はこれは自作自演の
現国王の王宮には、さまざまな
現国王に忠実で、次期国王に正室の王太子エジリン殿下を推すアルマンディン公爵家。
次期国王に、
そして中立派のブロイネル公爵家だ。
他にも水面下で、前王朝の落とし胤
ヴァンデンブラン家はそれぞれの派閥の間を立ち回り、時に味方として、時に敵として、様々な人脈作りや資金づくりをして来たのだ。
北方高地の旧体制派には内々に資金援助をしてやる代わりに、密造酒造り、密輸船の運用など、なかなか便利に使っていたのだが、図にのった奴らが時々あちこちで好き放題やらかすようになったので、見せしめとして
ついでに国王の犬として遠征に付いて来た男爵もまとめて片付けてしまおうと思っていたが、意外にも賢く立ち回られて仕留めそびれてしまった。
ーーーああ、思えばその前からだ。あの『仮面オークション』で『黒豹』が出た時、あの時から何かがおかしくなってしまったのだ。
『黒豹』がアジュラ教の守り神だったなどということは、後で知ったことだが。お陰で後始末が大変だった。
それにしても、審問官のレグラントの奴め!
娼館なんぞに通って
悪事を白状させられた上、怪しい女を我が家に連れて来るとは!
しかも、よく聞いたらアルマンディン公爵家の手先⁉︎とか、有り得ないだろ!
クソッ!その女、俺の顔を知っていやがった!
その上、俺を地下倉庫に閉じ込めて…‼︎
イオニスは怒りのあまり、ギリギリと歯を食い縛った。
地下倉庫で早朝に閉じ込められ、庭番に救出されるまでかなりの時間を無駄にしてしまった。
父君にそのことを報告した時にはもう昼近くになっていて、父上のお怒り様は心底恐ろしい物だった。
もしこのまま盗品を我が家に隠し置いて、踏み込まれたらお
何としても、これらを運び出して
イオニスは怒り狂う父侯爵を懸命に
大人数で行けば目立ちすぎる。最低限の人数で、信用できる者のみだ。これだけのお宝を運んでいると思わせないよう地味に立ち振るわねば。
イオニスは質素な黒塗りの馬車を用意させた。馬車の中にはお宝を詰めた棺桶を載せ、黒い喪章を付けさせた。棺桶の台にもしっかり密造酒や密輸品を敷き詰め、黒の敷物を敷き、ご丁寧に周りを花で飾った。馬車2台分になったが、それでも入りきれなかったものは、庭の奥に穴を掘って埋めさせた。
馬車に積み終わる頃にはもう、夜半になっていた。
イオニス・ヴァンデンブランはそれぞれの馬車に二人ずつ
途中は何事もなく、静かな夜だった。月が
王都の西の門が見えて来た。門番の数もいつも通りだ。
「止まれ!」門番が出て来て止まるよう合図する。
「お役目ご苦労様です」
「こんな夜中にどうなされたのか?」
「面倒を見ていた遠縁の者が亡くなりましてな、故郷まで送って参ります」
「左様か。だが、こちらもお役目なので、中を確認させてもらってもよろしいか?」
「お役目でございますから、どうぞご確認ください」
「では、失礼」
門番は馬車の扉を開けて、手に持った灯りで中を確認する。
「後ろの馬車は何だ?」
「あちらは亡くなった本人の身の回りの品と、親戚から寄せられた
「ふむ、亡くなった
「はい。大変人望のある
馬車の中を確認すると、門番は
「よし、只今門を開けるので、お待ちくだされ」と言った。
「そうでございますか、ありがとうございます。あ、こちらは
イオニスはそう言って金貨の入った袋を渡した。
「それはかたじけない。道中お気をつけて参られよ」
門番は金貨を受け取り、門を開けた。
馬車はゆっくりと門をくぐって行った。
イオニスはホッと胸を撫で下ろした。
このまま順調に行けば、明日の昼には隠し港に着いて、荷を隠すことができる。
金さえ積めば、保管する場所も何とかなる、そう思うと前途は洋々と思えた。
少し行くと、林に差し掛かる。多少暗いが一気に駆け抜けてしまえば…
林に入って少し行ったところで、道の真ん中に大きな木が倒れているのが見えた。
「止まれ!」
急いで馬車を止めさせる。倒木は完全に道を
イオニスは馬を降り、家来全員を使って倒木を動かそうと試みる。
その時だった。木の影から馬にのった騎兵がバラバラと現れた。
その後ろから白馬に
騎士は低くよく通る声で尋ねてきた。
「何かお困りですかな?」
イオニスはその声に聞き覚えがあった。目の前で
フードを外したその男、アルマンディン侯爵閣下その人だった。
「クッ!(図られた!)」
「
「われわれは怪しい者では…。身内の
「その者を拘束せよ!」
側にいた騎士が二人、ひらりと馬を降りると、イオニスの腕を押さえフードを外した。
顔に照明石の灯りが照らされる。
「イオニス殿。荷を改めさせてもらいますぞ」
アルマンディン公爵の他を圧する声が響く。
バラバラと馬を降りた騎士たちが明かりを手に、馬車の中を改める。
「棺桶の中は宝石や貴金属でいっぱいです!」
「こちらの方は密造酒のようです!」
中を調べた騎士たちの報告の声が上がる。
「イオニス・ヴァンデンブラン、何か申し開きはあるか?」
公爵の声が追い打ちを掛ける。
「エエィッ!離せ!我は王立騎士団黒騎士隊のイオニス・ヴァンデンブランぞ!貴様ら如きに、拘束される
イオニスはそう言い放つと、押さえていた二人の騎士手を振り切り、剣を抜いた。
周囲に緊張が走り、騎士たちも剣を抜いて身構えた。
「イオニス殿、我々は王命によりここに
アルマンディン侯爵の声がイオニスを圧倒する。
「ぐぬぅ…」
「父君のヴァンデンブラン侯爵も、その様なことは決して望まれぬと思うが」
畳み掛ける公爵の声に、イオニスはガックリと頭(こうべ)を垂れて、
剣を手放した。
* * *
この夜の
何も知らなかったとはいえ(そんな筈は無いのだが)、息子の監督を
しかしながら、次男で文官だったイオニスの弟が家名を存続することを
悪事を白状した
そして、例の高級娼館『
証拠品の返還で工房を訪ねて来たハックは、
「スマンな、出所が
と言って持って来てくれた。俺としては、父上の『
「ただな、…ハック。一つだけ許せないことがある…」
「へ?」
「テメェ、俺がオリヴィアだった時、ケツを撫でただろっ!あれだけは許せん!」
「ま、待て!あ、あれはだな…お前が悪いんだ…」
「なぁんだとっ!何でオレが悪いんだよ!」
「い、いやさぁ、オリヴィアがスッゲー、イイ女過ぎて…つい、な」
それを聞いてたリア姐が
「なに?なに面白そうなこと言ってんの、アタシも混ぜて⁉︎」
とまぜっ返してくる。
かくして、ひと時の平穏が訪れたのだった。
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