第21話 ラビカン石ー1
近頃王都の男性の間で、ある噂が広まっている。
何故“男性”だけなのかというと、噂の主が
「これは怪しいねぇ、そう思わないかい?」
そう問いかけて来るのは、アルマンディン公爵家次男、ハーキマーことハックだ。今日も剣術の稽古に騎士団の宿舎を訪ねていたオリィは、木剣で打ち合いながら、
「なんのことだ?」
と
「今の話だよ、聞いてなかったのか?」
「高級娼館って話の、どこが怪しいんだよ」
「この前、その店に行った奴に話を聞いたのさ。そしたら、その女…」
「その女?」
「でっかいルビーのネックレスをしてたって」
「高級娼館なら、ルビーのネックレスくらいプレゼントする男がいんだろ?」
「それだけじゃないんだ」
「その女、もの凄い美人ってわけじゃないのに、すごく
「
「行ってみないか?」
(え、行ってみないかって、娼館に⁉︎)
動揺した途端に、バシッと剣を叩き落とされた。
つまりは、こうゆうことらしい。ユング家が
* * *
そして数日後。ハックと俺は、疑惑の高級娼館『
「おまえ、こうゆうところは初めてだろ?」
ハックが言う。
(ああ、そうだよ。初めてに決まってんだろ?去年学院卒業したばっかだぞ)
「う、うちは厳しいんだよ。兄上が」
「おまえ、普通兄弟に断って娼館にいくヤツ、いるか?」
「……(
砕けすぎない、
帽子とコートをクロークに預け、席に案内される。
「あら〜、ご無沙汰ではありませんか、ハーキマー様」
さっそく着飾った女性達が席にやって来る。胸の大きさをより強調するように、これでもかというくらい胸元が開いている。
「ハック、お前。しょっちゅう来てるのか?」
「こちらのお若い方は
「騎士団の後輩だ。可愛いがってやってくれ」
「まあ、騎士様ですの?ステキですわぁ〜」
「お若くて、お元気そうですわー、こちらの
そう言って、女は俺の
「うぁっ!」
と思わず声を上げてしまい、
「まあ、ウブなお
と笑われる。
「今日は
「おりますわ。呼んでまいりますね」
一番
「今日はこいつと話があるから、ワインとつまみを持って来てくれ」
そう女たちに頼むと、女たちも奥へ入って行った。
「オリィ、
「わかった」
女たちが手にワインボトルやグラス、皿に盛った果物などを乗せて戻って来た。
「それでは、お話が済みましたら、またお呼びくださいませ」
と言って下がって行った。
「
「まあ、紳士の社交クラブと思って
「そうなのか…」
俺はチラチラと他の席に座った客を見ていたが、結構見覚えのある貴族もいた。大抵は年齢も上で、若い男はそんなにいない。
そんな中に一人、見覚えのある男がいた。
忘れる筈もない。あの『
「ハック、あの真ん中にいる男」
「ああ、あいつ、審問部の官僚じゃないか」
「あいつ、うちに来た審問官だ」
「何だって…⁉︎」
奥のドアが開き、ひときわ豪華なドレスを身に
黒い絹のフリルのついた襟元から、真っ赤なラビカン石の首飾りが見えた。
俺の左目が金色の輪に光る。それを見てハックが、『あれか⁉︎』と
アレを見続けるのはヤバい。ほんの少し見ただけなのに、周りが
「本当だな。あのヤバさは俺にもわかる…」
と言って彼女を見つめた。
ハックの顔が
「おい、こっちを見ろ!」
無理やりハックの顔をこちらに向かせる。なんだか目の焦点が合っていない。
俺は慌てて、
「所用を思い出したので帰ります!」
と言って、ハックを引っ張って席を立った。
娼館を出て、一番近くの酒も飲める食堂へ引っ張っていく。
カウンター席に座らせ、一番強い酒を頼んだ。
グラスをハックに持たせて、ぐっと飲ませる。
「プハーッ!なんだコレ⁉︎」
「気が付いたか?」
ハックは突然、
「ハッ、ハッ、ハッ、ハ!ありゃ〜ヤバいな!」
「ヤバいなんてもんじゃ…危険だぜ」
あのまま見続けていたら、一体どうなっていたことか。
「それにしてもハック、何で娼館の
* * *
「ムゥ…それで、あのペンダントを貸して欲しいと、そう言うことか?」
オリヴィン・ユングは緊張した面持ちで、渋い顔をしたデュモン卿の前に座っていた。
三日前、怪しい情報を聞きつけた幼馴染のハックと、二人で噂の源である王都で人気の高級娼館『
そしてそこで工房から奪い去られた魔石と、怪しい男を見つけた。
だが、危うくその強力な魔石の効果に、
「潜入して、お主の身が危なくなった時はどうするつもりなのだ?」
「その時は…何か考えます!酒に眠り薬を盛るとか…」
「話にならんな。そんなことしか考えられない奴に、あれは貸せん。帰ってくれ」
「卿、必ず考えて対処しますから、お願いします!」
「お主、それをジェイドに話せるのか?」
そう言われて俺は、グッと言葉を呑み込んだ。確かに、言えない…。
その日、俺はスゴスゴと帰った。何かもっと、強力な助っ人が必要だ。
* * *
「聞きましたわよ、オリィ兄様。まさか、本当に娼館に潜入なさるお
(エッ⁉︎なんでマイカにバレてるんだ?クッソー、ハックのヤツ、妹に話したのか!)
「お兄様、そのお顔を見る限り、本気だったようですわね…」
そう言うと、マイカはフゥーッと長いため息を吐いた。
「ハック様が女物の服を買い込んで隠しているのを、ライナ様に見つかって問いただしたのですわ。まったく、ハック様もハック様だわ!娼館に出入りするだなんて…ホントに男って…!」
「お、俺はただ、奪われた魔石を取り戻したいだけなんだよ!」
「本当に?」
「この前ハックと偵察に行った時、俺が買い付けた石をその女主人(マダム)が着けてたんだ!それだけじゃない、うちに来た審問官がそこにいたんだよ!」
「なんですって?アイツ、いえ、あの審問官がそこに?」
「そうだよ、それで何とか潜り込める手はないかって…」
「…わかりました。協力いたしますわ」
「え?」
「お兄様とハック様だけでは
「私たち?」
「…(どこまで
「お前、いくつだっけ?」
「14になりましたわ(覚えてないの?)」
* * *
作戦会議は夜マイカの部屋で、『通信ブレスレット』を通して行われた。ハックは騎士の宿舎にいるので、後で俺が剣の稽古を兼ねて伝えにいく。
潜入するのは『女になった俺』、紹介者はハックだ。
俺は訳ありの貴族令嬢ということで、娼館に金を積んで
そうゆういう設定なので、客を取らされたりする心配がない。ただ、何もしないで部屋に
作戦会議の翌日、俺はもう一度デュモン卿のところを訪ねた。
王立アカデミーのドミトリーに入る。入り口にいつも管理人らしき初老の男がいるが、最近は顔を覚えてくれたらしい。管理人に付いて歩いて行き、ノックしたドアから顔を出したのは、ジェイドだった。
俺は少々面食らった。ジェイドがいるということを何故か想定していなかったからだ。
「ごきげんよう。急な訪問で申し訳ありません」
「オリィ!ご、ごきげんよう。…どうしたんですか?」
「はい。実は先日も一度、卿とお話ししたのですが、ちょっとお願いが…」
「どうぞ、お入りください。廊下では何ですから…」
中に通されて、椅子を勧められる。
「今、お茶を
「どうぞ、お構いなく」
俺は腰掛けて、部屋を見渡した。
いつもここに来る時は、別のことで頭がいっぱいで、周りを見る余裕なんてなかったんだな…と苦笑する。
ジェイドが茶器を運んで来る。今日は前に工房に来ていた時のような、少年の服装だ。おれの目線を察したのか、ジェイドが言った。
「掃除や家事をする時は、この方が動きやすいので」
そう言いながら、茶器を置く。
「この『沸騰石』便利ですよね」
ティーポットに『沸騰石』を入れた。
「父は今、講義の最中なので、良ければ私が話をお聞きします」
俺は、どうしたものかと思った。
正直、『魔石を取り戻す為に、女に変身して娼館に潜入したいから、ペンダントを貸して欲しい』なんて言うのは、常識を逸しているのかもしれない。そうも思うのだ、だけど、だけれども。…なすすべも無く、審問官にしたい放題させてしまった、あの時の俺が許せないのだ。
俺は、ジェイドにその気持ちを率直に話してみようと思った。
「ジェイド、俺の言うことは馬鹿げているかもしれない。でも、聞いて欲しい。父上が陛下を裏切って逃亡したと言われた時、俺には何もできなかった。家や工房がメチャメチャにされて宝石や魔石が奪われても、ただされるがままにしているしか無かったんだ。…だけど今、ほんの少しだけ手がかりが
その為に、“娼館”に潜入して調べたいと思う。“娼館”と言う場所が受け入れ
ジェイドは黙って聞いていたが、最後にフゥ〜っと息を吐くと、
「わかりました」
と言った。
「父からは、あなたが来るかもしれないと聞いていました。…父は『話を聞いて私が納得できたら、貸しても構わない』と言われています」
俺はホッとした。なんにせよ一歩踏み出した感じだ。
ジェイドは『持ってまいりますね』と言って、奥の部屋に入って行った。
ジェイドはペンダントの入った箱を持って戻って来ると、こう切り出した。
「条件があります」
「俺にできることなら、何でも言ってください」
「一つは、オリィが無事で戻ってくること…」
「はい…必ず…」
「もう一つは、…ここでペンダントを着けて見せてください!」
「エッ⁉︎」
「…いやですか?」
『何でも言ってください』と言ってしまったのは俺だ。…別に嫌と言うわけではない…俺だって、少年姿のジェイドを普通に見てたわけだし…。
ただ、ちょっと恥ずかしい…それだけなのだ。
「…わかりました」
俺はおもむろにペンダントを箱から出すと、それを首に掛けた。
左目が金の輪に光り、体の内側が猛烈に熱くなってきた。そして腕や足は細く縮んでいく。顔、胸、下腹、痛みにも似た
ジェイドがなんだか目をキラキラさせて見つめて来る。
「…オリィ、かわいい…」
俺は何だか複雑な気持ちになった。ジェイドは俺の手を引っ張って、鏡の前に連れていく。うっかり
鏡を
「これなら、娼館でも雇ってもらえそうですね」
ジェイドが
歩いてみた感じ、背の高さもかなり変わっているのではないだろうか。ただ、何だか体のバランスが取りずらい。胸が重く前のめりになってしまう。歩き方も練習した方が良さそうだ。
「ありがとうございます。気が済みました」
「それは、どうゆう意味ですか?」
思わず自分の声に驚く。声も高く柔らかな女の声に変わっている。
ジェイドはにっこりして言う。
「だってオリィが女の子になったところ、一番最初に見てみたかったんです」
鏡の中の美人が、
「それから、一つだけこの変身は副作用があります」
「そ、そうなのですか?」
「元に戻る時、とても…痛いんです」
* * *
俺は
ジェイドの言った通り、元に戻る時の痛みは半端なかった。身体中が引き伸ばされる痛みで、思わず叫び出してしまいそうになるのを必死に堪えた。
「ジェイドはいつもこれを我慢していたの?」
「だんだん慣れますから、大丈夫ですよ」
(いやいや、この痛みを毎回って…。女の方が痛みには強いって言うけど、よく平然と『慣れますよ』って…すごいな…)
俺は改めてジェイドに感心した。
「あ、そうそう、忘れてました。これもお貸しします」
そう言うとジェイドはポケットから、大粒の白い石を取り出した。
「これは、砂漠の民が年に一度の宗教行事で使う『真実の石』です。
彼らは年に一度は寺院で神に『真実の祈り』を捧げるのですが、その時にこの石を手にすると、真実以外を言うことができなくなるんです。悪事を白状させるのに丁度いいかと思って」
「それは、すごい石ですね…」
「試してみますか?」
「い、いや、今日はもうこれで…」
ジェイドは『そうですか』と言って、少し残念そうな目をした。
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