第20話 晩餐のあとで

(はぁ、疲れた)

 王立アカデミーのドミトリーに戻って自室のドアを閉めると、ジェイドはベッドの上に倒れ込んだ。

 午後からユング家の工房に、初めて女の子の姿で行った。皆さん驚いていたけど、割と自然に受け止めてくれて、やっぱり日頃から魔石を扱っている人たちは、違うのねって思った。


 そのあと、オリィと一緒にゴンドラに乗って水路をさかのぼり、街の中をくぐり抜けて…あの、ミモザのトンネル!綺麗きれいだった〜‼︎


 オリィが隣に座った時はドキッとしたけど、優しく紅茶をれてくれて…

 お日様がまぶしくて、水面がキラキラして、とってもステキだった。

 でもその後、オリィに抱きしめられて……は、恥ずかしいっ!


 ジェイドは枕に顔をうずめた。

 今でも思い出すと心臓がドキドキする…


 ユング男爵邸に着いたら、執事さんやメイドの皆様が迎えてくださって、今更だけど、やっぱりオリィは、貴族のお坊ちゃまなんだって思った。

 妹のマイカ様を紹介されて、一緒にお菓子を食べたりお庭を見せていただいたり、楽しかった。オリィとマイカ様は仲が良いのね。


 それから、夕刻までお家の中を案内してもらったり、お母様の肖像画が

 飾られている居間で、ボードゲームしたり、晩餐ばんさんまですごしたわ。

 お父君の男爵様や、騎士のお兄様までお帰りになって、『これはどうやら普通の食事じゃないのね』と気づいた。正式な晩餐って思ってなくて、マナーとかどうしよう⁉︎って緊張したわ…


 今はアカデミーのドミトリーに居るから、食事の用意も心配もないけど、基本父と二人の時は、どちらかが食事を作っているし。

 だいたい何でも、食べられて栄養になれば良かったので、食事は簡素なことが多かったわ。だから『うちで食事でも』って言われて、『食事だけなら(大袈裟じゃないよね)』と思って承諾オーケーしてしまったの。


 私は物心ついた時から、ずっといろいろな所を旅していて。父と一緒に本当にいろいろな国、いろいろな場所に行ったわ。

 生活に必要なことは、父とそのとき周りにいた人たちから学んで。あと言葉や文字、必要な知識は全部父が教えてくれたわ。

 母のことは、正直ほとんど覚えていないの。ただ断片的フラッシュバックに、長い黒髪の女性が優しく手を差し伸べる映像が浮かぶことがあるの。懐かしいような後ろ髪を引かれるような気持ちがするんだけれど…


 そう言えば、オリィも小さい頃にお母様を亡くしているんだったわ。お母様を亡くされて寂しかったでしょうね…。

 あ、でも妹のマイカ様がいるから、賑やかな方だし。ふふ、私をあんなにしたってくださって、お可愛らしい方だわ。

 お兄様のアレクサンド様とマイカ様はお母様によく似てらっしゃると男爵様がおっしゃってた。性格ってことじゃないわよね?

 居間の肖像画で見たお母様は、髪の色が金茶で瞳が薄い菫色すみれいろだった。

 オリィはお父様似ね。髪の色も瞳の色もそっくりだわ。


「オリィ…」

 そうつぶやいてしまい、ドキドキして枕を抱きしめる。

 ゴンドラの中で抱きしめられて、目と目が合った。

(これが、このふわふわドキドキする気持ちが、恋、ってことなの…?)

 ジェイドはベッドの上で枕を抱きしめながら、顔を赤らめるのだった。


 * * *


 ユング男爵令嬢マイカ・ユングは今夜も遅くまで、ライナ・アルマンディン公爵令嬢と『通信』していた。

「…それでね、最近オリィ兄様の様子がおかしいって思っていたのよ。剣術の練習なんか今までほとんどしたことが無かったのに、熱中しちゃって、すっかりたくましくなって。パーティ用の服が入らないって新調したの」

「マイカ、それハック兄様に聞いたわ。それでパーティに綺麗な彼女を連れて来てた、っておっしゃってたわ。黒髪の美女って言ってたけど?」

「そう!そのかたよ!今日連れて来たの!」

「エーッ!どんなかただった?」

「長い真っ直ぐな黒髪が腰くらいまであるの。瞳はキレイなエメラルド・グリーンでね、お肌の色も真っ白で、スベスベなの!」

「今度、どんなお化粧水使っていらっしゃるかお聞きしたいわー」

「もちろん、お聞きしたわよ!なんでもね、『椿油つばきあぶら』を使っていらっしゃるんですって!」

「『椿油つばきあぶら』、ね。今度うちの出入り商人に持って来てもらうわ…」

「オリィ兄様ったら、もう彼女のことしか見てないの。はたから見てても微笑ほほえましかったわ」


 そんな『通信』が夜遅くまで続くのだった。

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