第19話 ゴンドラ・デート
冬の間、俺は仕事に
国王陛下から勲章とは別に
幸いなことに『通信石』は用意があるので、この際これを世に広めることにした。父上にお願いして、まず国王陛下に献上してもらった。それから交流のある貴族のお
ある日、この国でも指折りの貿易商がやって来て、大量に作って欲しいと言う。うちは手作りで宝飾品を一個一個丁寧に製作するのが本業なので、大量生産は無理だと言うと、それなら使用料を払うから製法を教えて欲しいと言う。
いずれそういう話は来るだろうと想定していたので、正式な公証人を立てて、
その際、
最初デュモン卿は辞退したが、『ジェイドの未来のために』と言うと納得してくれた。正式書類に署名してもらう時、卿は
「まさかこんな大ごとになるとはな…。礼を言わねばなるまいな」
と俺の手をがっしり握った。
「礼なら、妹に言ってください。妹の思いつきで実現したので」
そう返すと、笑っていた。
この際、ジェイドのことを工房の皆にも打ち明けることにした。
いつまでも黙っているのは心苦しい。
工房の皆は大抵の魔石は見慣れているので、そうそう驚くことは無いのだが、流石にジェイドが、白いブラウスに若草色のスカート姿で現れた時は、度肝を抜かれていた。
「ひ、ひわぁ〜っ!ジェイドさん!女の子だったんですかぁ〜!」
ネルが変な声を上げる。クロムも
「前からちょっとそんな気がしてたっす。だってオリィ様の目が…」
(え、俺のせいでバレてた?)
「ふぅ〜ん…オリィ、後悔しないか〜い?」
リア
「彼女キレイだからな〜。盗られないように気をつけな」
耳元でそっと囁かれた。
「そうか、そうか、女の子じゃったか。それににしても面白い魔石じゃのぅ…“性別転換”とは…」
ボラ爺も案外すんなりと受け入れて、ジェイドの頭を撫でていた。
研磨師見習いのビリオムは真っ赤な顔をして、時々こちらをチラチラ見ている。こいつは近づけないようにしよう…
ジェイドは
「お礼なんて、そんな…
と言っていたのだが、『せめて
工房で女の子のジェイドを皆にお
ジェイドの手を取って、揺れるゴンドラに移る。
水の上は寒いかと思い、毛皮を敷き、掛ける毛布も用意した。
ジェイドを毛皮の上に座らせて、膝の上に毛布を掛けてやる。
俺はゆっくりと舟先を上流に向けた。商人街を抜けて、石造りの橋をくぐる。
両側から街の
「わぁ、こうして見るといつもと違う街みたい」
ジェイドも気に入ってくれたようだ。
「もう少し行くと、すごいものが見れるよ」
人の姿も少ない場所になって来たので、オールを漕ぐのをやめて、『水の上を渡る石』の自動操縦にまかせた。
俺もジェイドの隣に滑り込んで、毛布を共有する。
ジェイドの温もりが伝わって来て、ふわふわした気持ちになる。
「自動操縦なの?」
「うん、あの時の石。ブラックジャック洞穴で最初に見つけた魔石」
「へぇ、あの時の!」
上流に行くにつれ、人家が少なくなり、木々がだんだんと増えて来る。遠くに何か黄色い塊が近付いて来た。ゴンドラは、ゆっくりゆっくり進んでいく。
オリィが後ろから、なにか大きな木箱のようなものを取り出して来た。装飾が
「我が家の携帯用の茶器セット。水入れてきたから、後はこれで沸かして…と」
オリィはポットに沸騰石を入れた。
ぐつぐつとお湯が沸くと、茶葉をポットに入れる。膝の上に二人分のソーサーを置いて、カップにお茶を注いだ。
「はい、どうぞ。熱いから気をつけて」
と手渡される。
(こんなことしてくれた
ジェイドは嬉しくて、感激してしまった。
気がつくとさっきまで遠くに見えていた黄色い塊がすぐ
春を告げるミモザの花だ。いつの間にか季節は春になっていた。
「なんて
ジェイドはうっとりとミモザのトンネルを見上げていた。
オリィはそこでゴンドラを止めて、
正確には、『うっとりと花のトンネルを眺めるジェイドを、お茶を飲みながら楽しむ』と言うことだが…
お茶を飲み終えて、日差しの快さに気持ちが良くなって、そのままゴロンと横になる。春の日差しが眠気を誘う。俺はいつの間にかウトウトしていた。
* * *
のんびり水路沿いの景色を眺めて、ミモザのトンネルの下でオリィが
水路の上を伝う風はまだ冷たいけど、毛皮の上に腰掛けて、こうしてオリィと一緒に毛布に
ふと横を見ると、さっきまで目を
(寝てる?)
ティーカップを後ろに置いて、覗き込む。
整った顔に長い
(なんて美形…)
もう少し近くで見ようと姿勢を変えた。
「あっ…」
思わずバランスを崩してしまい、オリィの胸に手をついてしまった。
私が彼の上に半分のし掛かるような形になってしまい、彼の目がパチリと開いた。目と目が合った瞬間、彼の腕が私を抱き締めた。
ぎゅっと、強くなく弱くなく。私は顔を彼の胸に沈めている。
彼の鼓動が伝わって来る。温かくて穏やかな鼓動。
満開の春の花のトンネルの下で、
* * *
(あれ、俺寝てた?)
目を開けると、俺の胸の上にジェイドがいた。
思わず抱き締めてしまって、その体の重みが夢じゃないって気がついた。
しかも不安定なゴンドラの上…。
ーーーそれにしても、ああ。…女の子ってなんて軟らかいんだろう!
それにとてもいい匂いがする…目線を下げると、見上げているジェイドと目があった。綺麗な
………マズイ、いけない、これは。これ以上は…
そう思った時、ジェイドが口を開いた。
* * *
「ごめんなさい。あんまり気持ちよさそうで、本当に寝てるのかって思って確かめようとしたら、バランスを崩しちゃって…」
「そ、そうか。ごめん、俺こそ。夢かって思って…」
俺は体を起こして、そっとジェイドを離した。俺もジェイドも顔が赤い…と思う。オールに付いた魔石を発動させる。
「もうすぐ
俺はゴンドラのスピードを上げた。
芽吹き始めた木々の若葉が目にも鮮やかだ。枯れた葦の間にひっそりとした船着場が見えた。
先に降りた俺は、しっかりとゴンドラを結んで、ジェイドに手を差し出す。
ジェイドはその手を取って、岸辺に降り立った。
裏庭に通ずる小道をジェイドの手を引いて登っていく。植栽の間に裏庭の門がある。そこをくぐると
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