第18話 祝賀パーティ

 父上が戻られて年末の『聖クリストファー祭』も迫った頃、父上とヴァンデンブラン侯に勲章が授与されることが決まった。

 授与式は『聖クリストファー祭』の前倒しで行われ、祝賀パーティが開かれることになった。

 今年は、王家の二人の王女がご婚約されたこともあり、盛大に行われるらしい。16才以上の貴族はほとんど出席するので、かなり盛大なパーティになるだろう。俺はひそかにジェイドをパートナーにエスコートしようと思った。一緒に行きたい相手、と思った時頭に浮かんだのはジェイドだけだったからだ。


 工房も再開し、職人たちも皆戻って来てお互いの無事を確認し合った。持ち去られた魔道具はいくらかは戻って来たが、宝石と魔石は戻って来なかった。今頃はもう手から手へ、闇から闇へ売りさばかれて、人手に渡ってしまっているのだろう。かなり良い魔石もあったのに、全く持って大損害だ。

 試しに審問を管轄した部署に問い合わせてみたが、そのような物品は預かっていない、の一点張りだった。


 俺はジェムマーケット以来、預けっぱなしになっていた石をデュモン卿のところへ引き取りに行った。

 残念ながら、ジェイドは出かけていて居なかった…


「デュモン殿、長い間預かっていただきありがとうございました」

「お主もいろいろ大変だったようだな」

「あやうく、謀反人むほんにんの汚名を着せられるところでした」

 案内されたのは、王立アカデミーの地下にある倉庫だった。王立アカデミーは古い宮殿の上に重なるように建築されていて、地下には前時代の遺跡のような建物が残されている。その一部をアカデミーが倉庫として使っているのだ。

 持って来た台車に石を乗せて、外に待たせてある馬車まで、何度か往復して石を運ぶ。運び合えると、デュモン卿が倉庫に鍵を掛け直した。


「あの時のことだが…」急に何かを思い出したかのように卿が口を開いた。

「あの時…?」

「バロウで、『』を握った時だが…」

「はい…あの時見えたものの事ですね…」

「もう一度、話してくれぬか」

「わかりました。…最初、暖かくて綺麗な海の中が見えました。上から眺めてるんじゃなくて、海の中です。それから…」

 俺はゆっくり思い出すように言葉を噛み締めた。

「それから?」卿の目が何かすごく真剣で、真っ直ぐだ。

「黒い長い髪の女性、瞳も黒曜石のように真っ黒で、何か言っていました」

「なんと言っていたのか…?」

「ひすいの…、ひすいの何かって言ってたと思うのですが、俺には『ひすい』しか聞き取れなくて…」

「そうか…」卿は考え込んでいる。


 俺は思い切って聞いてみる。

「あの女性は、ジェイドの母君なのですか?」

 卿は少し躊躇とまどった後、こう言った。

「……そうだ。…この世で最も愛した女だ」

 俺は卿の言葉に驚いた。これほどはっきりそんなことを言うなんて、思ってもいなかったからだ。

「美しい方ですね。目の色以外はジェイドにそっくりですね」


「…ジェイドの本当の名はな、『翡翠ひすい』と言うんだ。生まれた時、あの子の目を見て、母親が名付けた」

「『翡翠ひすい』と言うのは『かわせみ』のことですよね。石の名前でもありますね。まさに、ジェイド、いやジェダイト(硬玉)でしょうか」

 卿に『無駄によく知っているな』と言われた。


(そうだ!この際、言っておかねば!)

「今度、父上の叙勲じょくんパーティがあります。ジェイドをパートナーとしてエスコートさせていただきたいのですが、お許しいただけますか⁉︎」

 さっきまでの思慮深い顔を一転させて、ジロリと睨みつけられた。

「…あのが承諾するなら…仕方がない…。せいぜい断られないようにするんだな」

 俺は心の中で、サムズアップ!した。


 翌日、ジェイドが工房へ遊びに来た。無論、男の子の格好でだが。

 俺はドキドキしながら、二人きりになるチャンスを待った。

 幸いジェイドが作っていた銀のブローチが、ほぼ完成してあとはバフをかけるだけとなったので、バフ室に案内しながら話し掛けることにした。バフは高速で回転する円盤状のフエルト地に、磨き粉を付けて金属を磨く機械で、大量の粉塵ふんじんが舞う。その為、狭いが個室を設けている。


 ジェイドに防塵眼鏡ぼうじんめがねとマスクを着けてやり、自分もしっかり装着して、狭いバフ室に入る。バフ機に取り付けられた魔石を操作して、始動させる。

「まず、平らな面をゆっくり磨くんだ。しっかり握って」

 ジェイドはうなずいて、回転しているバフにブローチを近づけていく。

「表ができたら裏も…。そうそう上手だね。ピンのところが引っかかりやすいから気をつけて…」と言い掛けたところで、

「アッ!」

 ブローチピンがバフに引っかかり、飛んで行った。バフ機を止めて、二人して床にしゃがみ込む。

「あそこに…取れるかな?」

 俺が指差すと、ジェイドが四つん這いになって、狭い機械の下に這って行った。お尻を向けた後ろ姿が…可愛すぎる!


 心臓が一気にドクドクと脈打ち、マスク越しに顔が赤くなる。少年の姿をしていても、もう俺の中では女の子なのだ。機械の下から這い出して来たジェイドが、残念そうに言う。

「ピンが…少し曲がってしまいました…」

 俺はブローチを受け取って、

「大丈夫、これくらいなら直るよ」

 俺はいつもやっているように、指でピンを真っ直ぐに直す。

「あと細かいところは俺がやるね」

 と言って、バフ機を再稼働させた。

 どんどん銀のブローチがピカピカになっていく。

「はい、できあがり。あとはバフ粉を水で洗い落としてね」

「わぁ、すごくきれい!」


 ブローチをキラキラした目で見つめるジェイドの前に立って、俺は思い切って言った。

「今度、叙勲じょくんのパーティの時、君をエスコートしたいと思うんだけど、その、一緒に行ってくれないか?」

「え、今なんと言ったの?」

 ジェイドが問い返して来た。

 そうか、マスクしてたんだ。俺はマスクと眼鏡を外して言い直した。


「今度のパーティにジェイドをエスコートしたい。一緒に行ってください!」

 ジェイドは一瞬キョトンとしたが、マスク越しでもわかるくらい顔が真っ赤になって、小さな声で

「はい…」と答えた。


 その時、バンッとバフ室の扉が開いて、リアねえが大きな声で言った。

「ちょっと、そこの二人!いつまでやってんの!次がつかえてるのよっ!」

 事情を知るリア姐だけに、するどい。

 俺は素知らぬ顔でバフ室を出たが、絶対後で問いただされるに違いない。


 それから、急いでパーティ用の服を新調した。


 自宅軟禁以来、体を鍛えるようになって、今までの服が合わなくなったからだ。学院卒業時にあつらえたパーティ用の服がきつくなって、着れなくなった。


「オリィ兄様、なんだか最近お体が変わりましたわね…」

 庭で剣の鍛錬をしていると、妹にも言われた。

 剣の練習相手が欲しくなって、騎士の宿舎へ兄上の名前を出して尋ねて行っては、非番の騎士に相手をしてもらった。幼馴染のハックが驚いていた。

「お前、剣術なんて興味なかっただろ…一体どうしたんだ?」

「別に…ちょっとやり始めたら楽しくなっちゃってさ」

「ぜってー、なんかあったろ⁉︎」


 * * *


 そうこうしているうちに、パーティの日がやって来た。

 父上は王宮からの馬車が迎えに来て、早々にお出掛けになられた。

 俺は、うちの馬車で王立アカデミーのドミトリーへ、ジェイドを迎えに行った。

 ドミトリーのドアから、エメラルドグリーンのドレスを着たジェイドが出て来た時、息が止まりそうになった。

 長い髪をアップに結い上げて、サイドの髪は緩くウェーブを付けている。

 髪を上げている為、デコルテがより強調されて目のやり場に困る…

 その細いうなじに細かい真珠が編み込まれたネックレスを着け、可愛い耳朶みみたぶには、ネックレスとお揃いのイヤリングが揺れている。

(ハァ〜。こんなに美しい人を、初めて見た!)


 言葉も出ず見つめている俺を、横にいた卿が小突こづいた。ジェイドの肩にコートを掛け、『楽しんでおいで』と言った。


 俺はハッとして、ジェイドに手を差し出して、

「お、お手をどうぞ…」と言うのが精一杯だった。

 手を取って、馬車にエスコートする。向かい合わせに座り、顔を上げた。


 心臓の音がうるさいくらいに鳴って顔が紅潮しているのがわかる。何か、何か…言わないと!

「あ、あの。と…とても綺麗きれいです…」

「あ、ありがとうございます…」

「なんだか緊張してしまって。ごめん」

俺がそう言うと、ジェイドも

「私も。今日はいつもと雰囲気が違うから…」

と少し微笑ほほえんだ。

 俺もつられて笑うと、ジェイドもにっこりしてくれた。


 王宮に向かう馬車が列をなしている。列を待ちながら、ジェイドと俺は少しずついつものようにうち解けていった。


 王立騎士団が護衛ごえいに立っている。ハックが俺に気づいて近寄って来た。

「これはオリヴィン殿。ユング男爵閣下のこの度の叙勲じょくん、おめでとうございます」

 ハックが大袈裟おおげさに挨拶してくる。

「ハーキマー殿、ご丁寧なご挨拶痛み入ります」

 同じく丁寧に礼を返すと、

「で、こちらのお美しい方は、どちらの御令嬢で?」

 つまりは紹介しろと、言って来た。

 俺は仕方なく、

「ご紹介いたします。こちらは王立アカデミー教授のユーレックス・デュモン卿の御令嬢ジェイド様です」

 ハックは騎士然きしぜんとして、

「ご紹介賜り光栄に存じます。私、アルマンディン公爵家次男、ハーキマー・アルマンディンと申します。以後お見知り置きを」

「こちらこそお初にお目に掛かりまして、恐悦至極でございます」

 ジェイドも礼を返した。

 ハックは彼女と俺を見比べると、『なるほどね』と意味深な目線を向けて、去って行った。


 人波に沿って王宮の広間に入ると、鳴っていた静かな音楽がピタリと止んで、奥のドアが開き、王家の面々が登場して来た。

 最後に国王陛下が入場して、中央の玉座に座ると側付きの執務官が口上を読み上げる。


 まず、ヴァンデンブラン侯爵閣下が、次に父上が登場して、勲章を授与された。そしてディアマンデ国王陛下の挨拶が終わると、広間は一気にダンス会場になった。


 学生時代は貴族のたしなみとしてダンスの練習はしたが、それほどダンスは好きではなかった。

でも今は、この美しいパートナーと踊りたい。

 気持ちがたかぶって、

「一曲踊っていただけますか?」

 と手を差し出していた。

 ジェイドがはにかみながら「はい」と返事してくれる。


 手を取って、もう片方の手を腰に回す。手袋越しに彼女の体温が伝わって来て、胸がザワザワする。目線を彼女の顔へ向けると、彼女のみどりの目も俺の目をまっすぐに見ていた。

 彼女の瞳の中に俺の顔が映り込んでいる。頭の中がふわふわする感じだ。

 踊っていても、床に足がついていない気がする。


 不意にジェイドが何かつぶやいた。

「石、着けていると…オリィの目が反応しちゃうかもしれない…って…」

「え?」

 目の前のジェイドに夢中になりすぎていて、何を言ったのかわからなかった…

 踊りながら、ジェイドが言ったことを考える。

 そして『ああ、そうか』と思った。


 今日ジェイドが身につけているジュエリーは『真珠』だ。『真珠』は石ではないから、俺の目は反応しない。

 身につけているのが『石』だったら、もしかしたら俺の目が光ってしまうかもしれないから、と気を使ってくれたのか。

(そうかー、俺のこと考えてくれたんだ)

 そう思うと嬉しい気持ちでいっぱいになる。

 ふと目線を下げると、ついジェイドの胸の谷間に目がいってしまって、焦る。

 また、思い出してしまうからだ、あの温もりを。


(いたた…)

 そこでジェイドに足を踏まれて我に帰る。

(今のはもしかしてわざと?じゃないよな…)

 曲が終わって、俺は喉がカラカラなことに気づいた。

『何か飲み物を取って来る』と言って、少しの間ジェイドから離れた。

 大丈夫だろうか、俺のいない間に他の男にダンスに誘われないだろうか…心配になりながら、急いでシャンパンを二つ取って戻る。


 案の定、二人の男に言い寄られていた。

「失礼、彼女は少し喉が渇いているので、他の方をお誘いください」

 俺はジェイドにシャンパングラスを一つ渡すと、そこから連れ出した。

 俺の中で、『他の男に渡してなるものか!』という猛烈な独占欲のような気持ちが燃え上がる。


(あれ、俺っていつからこんなにジェイドに夢中になってしまったんだろう?)

 その夜は、夢のように過ぎて行った。


 帰りの馬車の中、俺は離れがたくて、ずっと心がズクズクしていた。

 ドミトリーの玄関前でエスコートしていた手を引き寄せ、思わず抱きしめた。ジェイドの胸が俺の腹に柔らかに当たり、頬が胸元に密着する。髪の香りがとてもいい匂いで、そっと唇を寄せた。

 ジェイドの細い腕が俺の背中に回される。


「ウオッホン!」

 その音に慌てて俺たちは飛び退いた…。デュモン卿が立っていた。


 * * *


 いつものように少年の格好で工房に行った日、オリィにパーティに誘われた。

 それも、国王陛下が主催する正式なパーティに!

 帰ってから父に相談したら、『返事はしたのか?』と言われた。

(はい、って返事しちゃったよね私!)

 赤くなって口籠ると、ハァ〜っとため息をつかれて

「行くと言ってしまったのなら、仕方ないだろう…」と言って、私を街へ連れ出した。

王都のメインストリートに立つ豪奢な店構えのオートクチュールに入った。


「国王陛下主催のパーティに出るのだが、相応しいドレスを頼む」

 そう父が言うと、メジャーを持った店員が三人がかりで、体のあちこちを測ったり、ドレスの生地や色の見本を見せて来た。

「お嬢様のお目の色に合わせて、こちらのエメラルドグリーンはいかがでしょう?とてもお似合いになられると思いますわ」


「デザインは、こちらがお薦めでございます。お嬢様はスタイルがようございますから、きっと映えられますわ」

『それで頼む』父は短くそう言うと、なんだか遠い目をした。

 勧められるままドレスを決め、コートを決め、靴を選び、なんだかちょっと浮かれてしまった。

 今まではオーダーメイドのドレスなんて作ったことがなかったから。大抵は出来合いの、吊るしの服で間に合わせていた。


 そこを出て次に、ある骨董こっとう店の前で父が立ち止まった。

 馴染みの店らしい。父について入っていくと、店の奥から店主が出て来た。

 珍しいものがいっぱいあって、目を奪われていると名前を呼ばれた。


 古めかしいに焼けた感じのヴェルヴェットのケースが、目の前に置かれた。

「開けてごらん」と言われて、ケースを開くと『真珠のネックレス』だった。

 ネックレスとお揃いのイヤリングも付いている。


「わぁ、きれい…!」と息を呑むと、店主が説明してくれる。

 アンティークのこの真珠のネックレスは、全てが天然の真珠なのだそうだ。

 中央の大粒のものから、チェーンのように連なっているネック部分の極小のものまで、全て真珠で出来ている。

『これを…』父が目配せすると、店主が綺麗な紙に包んでくれた。

 ああ、今日一日だけでどれほど出費させてしまったのか…申し訳ない気がした。


 それからドレスが出来上がるまで、二度ほど仮縫いや寸法直しに行くことになったが、それはそれで新しい体験で胸が踊った。


 パーティの日。私は髪と格闘していた。そこそこ練習はしたのだけれど、ドレスに着替えて緊張すると、手が震えてうまく出来ない。

(大丈夫、大丈夫だから…)

 心を落ち着かせるよう目をつむって集中する。結った髪が落ちてこないように、しっかりとピンで留める。サイドの髪は熱くしたコテで巻く。

 ケースの中から真珠のネックレスを出して、後ろ手で留める。

『あやつは魔眼持ちだからな、石は駄目だ…』このネックレスを買った時、父がそう呟いた。父なりにいろいろ考えてくれているのだろう。


 そうこうしているうちに迎えが来る時間だ。こうしている間も胸がドキドキしてきて落ち着かない。

 ドアがノックされて、私ははじかれるように立ち上がった。父が出るよりも先にドアを開けてしまった。


 濃いすみれ色の髪に銀色の目、目の色と似たシルバーグレーのウェエストコートにブルーグレーのトップコートを重ねたオリィは、いつもと全然違うひとに見えた。


 お互い入り口で固まっていると、後ろから父がコートを肩に掛けてくれて、オリィを軽く小突いた。

 オリィはハッとしたように、手を差し出して来た。

馬車にエスコートされて向かい合うと、気恥ずかしくて言葉が出てこない…


「あの、…とても綺麗です」

 オリィがそう言ってくれた。私はますます恥ずかしくて

「ありがとうございます…」

 そう言うのがやっとだった。


「なんだか緊張してしまって。ごめん」

(そうか、オリィも緊張してるのね…私だけじゃないんだわ)

 そう思うと少しホッとして、

「私も。今日はいつもと雰囲気が違うから…」

 と言うと、二人とも顔を見合わせて笑った。

(だって、今日のオリィは本当にステキなんだもの…)

 ドキドキを隠すように外を見ると、今夜のパーティへ向かう沢山の馬車が同じ方向へ向かっていた。


(そうだわ、まずお祝いを申しあげなきゃ!忘れるところだったわ)

「オリィ様、この度のお父君の叙勲、おめでとうございます。心よりお祝い申し上げます」

「ありがとうございます。ジェイドにそんなに丁寧に言われると照れちゃうな。いつものようにオリィでいいよ」

 とここからは少し、普通の感じで話しながら馬車の順番を待つことができた。


 王宮に入ると、警備の騎士が一人近づいて来た。

(私たち、何か怪しまれたのかしら?)

 と思うも、騎士はオリィのお友達だった。

 丁寧にご挨拶されたので、こちらもドレスを摘んで丁寧に礼を返す。

(作法はこれでよかったのかしら…?こうゆう場にはあまり出たことがないから、緊張してしまうわ)


 オリィが私の手を取って、自分の腕につかまらせる。人が多いので、迷子にならないようにということかもしれない。がっしりとした硬い腕、あれ、オリィってこんなだったかしら?いえ、今まで腕につかままった?組んだ?ことないから知らないわ。

 無我夢中なまま広間に入って、他の方々がすることを真似してお辞儀したりして時間が過ぎていき、ダンスパーティになった。

(どうしよう、私ダンスは苦手なのよね。あまりこうゆう場に来たこともないし、オリィはすごいわ。やっぱり貴族の息子なのよね…)


「一曲踊っていただけますか?」

 オリィがじっと私の目を見て言った。


 私は内心ドキドキしながら小さく『はい』と頷く。


 オリィが私の手を取って、もう片方の手を腰に回して来た。

 どうしよう…すごい心臓がバクバクしてる。オリィに聞こえちゃうんじゃないかしら…。オリィがすごい見つめて来る。私、ちゃんと踊れているかしら…


 私ったらダンスが苦手なくせに、どうして『はい』って返事しちゃったんだろう?そんなことをぐるぐる考えながら、オリィのリードに付いて行く。

(だって、最近のオリィはステキなんだもの…)

 イヤーッ!恥ずかしい!私何考えてるの!私ったら、オリィが好きなの?


 そんな気持ちを誤魔化そうとつい、関係のないことを口走ってしまう。

「石、着けていると…オリィの目が反応しちゃうかもしれない…って…」

 一瞬訳のわからなそうな顔をしたオリィが、そのあとにっこりした。

(あれ、なに?話が通じた?)

 にっこりしてこちらを見下ろして来る。その目が私の胸の上で止まった。


 は、恥ずかしい!そう思った途端、ドレスの裾を踏んでしまいバランスを崩す。立て直そうとして、思い切りオリィの足を踏んでしまった…

(仕方ないわよね、今のは。じっと見るから…)

 曲が終わって、私は喉がカラカラになっていることに気付いた。


 オリィが飲み物を取りに行き、隅で休んでいると、いかにも貴族のお坊ちゃまという感じの男性が二人、近付いて来た。ああどうしよう、こんなの苦手だわ。

 次のダンスを、と言って来るので

「御免なさい、今少々気分がすぐれませんの…」とか言って、かわしているとオリィがグラスを手に戻って来る。

(あ、やっぱり、オリィの方がステキ)とか思ってしまって。

 その後もオリィと何曲も踊って、夢のような時間は過ぎて行った。


 帰りの馬車の中、なんだかオリィの目は熱を帯びているみたいにじいっと見つめて来る。少しお酒を飲んだせいかしら?

 私も見つめられていることに、居心地の悪さより、嬉しさの方が少し上回ってしまってドキドキする。


 ドミトリーの玄関前で、オリィが私の手を引き寄せた。

 あっと思ったら、その腕に抱き締められていた。

 一瞬体を強張らせてしまったけれど、その胸の暖かさに体を預けるのが心地ここちよくて、されるままにしていた。

 髪に彼の唇が寄せられる。

 そっと、彼の背中に腕を回してみた。なんだか幸せで、ずっとこうしていたくなる。


「ウオッホン!」

 その音に慌てて私たちは飛び退いた…。父がそこに立っていた。


 * * *

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