第17話 謹慎処分

 やっとの思いでグチャグチャにされた屋敷内を片付け、これからどうしようかと思い悩んでいると、兄上が帰って来た。

「兄上!」

「アレク兄様にいさま!」

「お前たち、大丈夫か?」

 俺もマイカも内心心細かったので、兄上の帰宅は嬉しかった。

「アレクサンド様、お帰りなさいませ!」

 どうやら心細かったのは俺とマイカだけではなかったらしい。執事までホッとした顔になって、うやうやしく兄上のコートを預かった。


「実は俺も、自宅待機ということになってな。しばらくこちらに戻ることになった」

 事実上の『謹慎処分』ということなのかもしれないが、兄上の誠実さを知っている同僚騎士たちからは『たまにはのんびりして来い』と言われて送り出されたらしい。


 兄上が帰って来てくれたお陰で屋敷のことは任せられるので、俺は工房の様子を見に行こうと思った。

 屋敷の正面の門の前には、見張りの兵が二人張り付いている。怪しい者の出入りがないか見張らせるため、審問官が置いていったのだが、先日のような侵入者よけには役立っている。

 ただ俺たちは名目上、『自宅待機』を申し渡されているため、堂々と表門からは出られない。


 俺はふと思い出して、マイカに訊いた。

「マイカ、いつかお前にあげた『変身ブローチ』はあるかな?」

 マイカもピンと来たようで、

「オリィ兄様、ちょっと待っていてくださいな!」

 と言って、自室へ走って行った。


 学生時代にちょっと面白い石を見つけたのだ。昼光下で緑に見えるが、夜の明かりに翳すと赤く見えるその石は、強くイメージすると持ち主の姿を変えて見せることができるのだ。当時は遊びで使っていたのだが、次第に飽きてしまい、妹にあげてしまったのだ。銀の枠でブローチに仕立ててある。


「オリィ兄様、ありましたわ!」

 俺はマイカからそれを受け取ると、町人に見えるような服に着替えて、鏡を見た。そこには茶色い髪の、人の良さそうな若い男が立っていた。

(さすがに年齢までは変えられないか。)

 裏庭を抜けてゴンドラが渓流してある水路へ向かった。途中、兄上に見つかって止められたが、金色の輪に光った俺の目を見て、

「お前か…気をつけて行けよ。工房にも捜索が入っているかもしれないぞ」

 と送り出してくれた。


 ひっそりとゴンドラを操って工房の裏手に近いた俺は、様子を見るため一旦通り過ぎて、やや離れた場所にゴンドラを着けた。

 さりげなく周囲の様子を伺うが、特に問題はなさそうだ。裏口のドアの鍵を開け、そっと体を滑り込ませる。工房の中は静かだった。奥に進んでいくと、職人頭のボラ爺の後ろ姿が見えた。


「ボラ爺…」

 そっと話しかけると、びっくりしたボラ爺がすごい勢いで振り返った。

「だ、誰だっ!」

「俺だよ、オリィだよ」そう言いながら俺はブローチを外した。

「…坊ちゃん!…ご無事で…」

 今にも涙を流しそうな顔で俺に駆け寄って来た。

「ボラ爺、心配させて悪かったな。皆んなはどうしたんだ?」

 そう尋ねるとボラ爺は、工房に審問官がやって来て、父上の部屋を調べて行ったこと、地下のコレクションルームにも“魔石使いの捜査官”が来て調べていろいろ持ち去ったことなど、話してくれた。


 職人の皆んなには当面の間休んでもらうことにし、ボラ爺だけが荒らされた工房を片付けていたのだそうだ。

「皆んなには迷惑を掛けるね。買い付けてあった金や銀の地金があっただろう?当面はあれを売って、給金の足しにしてくれないか?」

「そんな!坊ちゃん、やめてください…。そんなもの受け取れねえです!」

「そうはいかないよ、皆生活があるのだから。父上が帰って来たら、俺が叱られる」

「だ、旦那様は…ご無事なのでしょうか…?」

「ごめん…それは俺にもわからないんだ…。でも父上が王様を裏切るなんて、ありえないよ」

「そりゃ、もちろんです!そんなこと、絶対にありゃしません!」

「もし、できるならこの店にあるものをみんな売ってもらっても構わない。それで何か作って生活の足しになるなら、ここを使ってもらってもいいから」

「坊っちゃま…」

 堪えきれずに、ボラ爺の目から涙がこぼれ落ちた。


 俺はコレクションルームの様子を見に、地下に下りて行った。

 ドアが破壊されて吹っ飛んでいた。

 棚の上に置かれていた宝石や魔石も『証拠品』として持ち去られていた。


 俺は一番奥の棚に近づくと、石壁の一番下をゆっくりと撫でた。

 すると、ゴゴゴゴッと石壁が引っ込み、別の部屋が現れた。

『秘密のコレクションルーム』だ。この部屋には俺と父上しか入れない。

 何故なら、この部屋に置かれている魔石は『超、危ない石』ばかりだからだ。

 俺は中を確認すると、また同じように扉を閉めた。ホッとした。

 この部屋は見つからなかったようだ。


「大方、石は持っていかれちゃったみたいだね」

 そう言うと、ボラ爺が申し訳なさそうにした。

「全く、彼奴あやつら盗人と同じです。何が証拠品だか!」


 まだ、先日のジェムマーケットで仕入れた石がデュモン卿の預かりになっていたことは、不幸中の幸いだった。ボラ爺には、もうしばらく石を預かって欲しい旨、デュモン卿に伝言をしてくれるよう頼んで、また俺はそっと裏口から出た。


 屋敷に帰ると、兄上が自室でマイカに勉強を教えていた。こう長く学校に行かないと学業成績が落ちるのが心配になったのだろう。

 俺は屋敷にある道具だけで、何か作れないものかと考えていたが、兄上の心配の矛先がこちらにも向いて来た。

「オリィ、お前も少し剣術の鍛錬をしてみないか?」

「え、剣ですか?」

「俺も全く体を動かさないのは良くないからな。できたら相手をして欲しい」

 そう言われて、俺も外に出られないのだし少し体を動かすかと思い、兄上に剣術を習うことにした。

 だが、俺は甘かった…。


 兄上は『まずは基礎体力の向上』と言って、俺は敷地を何周も何周も走らされた。一人なら途中でサボってしまうのだが、兄上も一緒に走るのでそれもできない。

 次には『体の柔軟性を高める』と言って、日頃使わないあちこちの筋肉を伸ばしたり縮めたりされた。

 更に俺が飽きてしまわないように、木剣を持たせて基本の型や身の交わし方、剣がない時の防御術、体術などビッシリと教えてくれた。

 熱心に教えてくれるのはいいが、本当に厳しかった。

(こうやって騎士団でも後輩たちを指導しているのだろうな。)

 そうして、あっという間にひと月が過ぎて行った。俺は筋肉が絞られて腹筋が見えるようになり、服の腕周りや胸周りがキツくなって来た。


 兄上は妹の通信ブレスレットを使って、時々ステファン殿と話をしている。

 昨日の王立騎士団の情報では、北方高地遠征に出ていた黒騎士騎兵隊のヴァンデンブラン侯が、敵を罠をかけて一網打尽にしたそうだ。

 相変わらず父上の情報は入って来ないが、仕方がない。


 夕暮れが大分早くなって来て、雪が舞い始めた。本格的に暖炉に火を入れねば寒い時期になった。今日の剣術の鍛錬の後、汗まみれになった俺と兄上は湯浴みをすることにした。

『沸騰石』は便利だ。水に入れると石が熱を持って沸かしてくれるのだ。丁度良い温度になったところで石を取り出して、風呂に入る。

 熱い紅茶を淹れたい時や、煮炊きにも使えるので重宝している。


 風呂上がりでのんびりしていた時、突然俺の『通信石リング』から声がした。

「オリィ、聞こえるかい?」

 ハッとして、鍛錬中は外していた『通信石リング』を指に嵌めた。

「父上?父上ですか?」

 そう答えながら、俺は兄上の部屋に走って行った。

 ノックもせずに部屋に飛び込んできた俺に驚いた兄上だったが、すぐに状況を察してくれたようだ。


「父上、ここにアレク兄もいます!」

「オリィ、アレク、長いこと済まなかったね」

「父上、アレクです。今どちらですか?」

 俺は指輪を外して兄上に渡すと、マイカを呼びに行った。


「マイカ!父上から『通信』が来た!」

 マイカが慌てて部屋から飛び出して来る。

「今は王都に向かう途中だよ。心配かけて済まなかったね。マイカも元気かな?」

「お父様、マイカは元気ですわ。お父様こそ…」

 あのマイカが泣いている…

 父上が無事だったのだから泣くことはないと思うのだが、気づくと俺も泣いていた。

 父上は後1週間のうちには王都へ着くそうだ。詳しいことは帰ってから、と言うことで、とりあえずは明日も日没の頃に通信してくれるらしい。


 それから1週間後、父上が帰って来た。

 俺たちは今回の『北方高地遠征』の事の真相を聞いた。


 今回の遠征は、国王ディヤマンデ陛下と黒騎士ヴァンデンブラン侯の立案による作戦だった。

 ヴァンデンブラン侯は秋に開催した“仮面オークション”の際、捕えた反乱軍のスパイに手引きをさせ、『ヴァンデンブラン侯が王と対立し、反乱軍に手を貸したがっている』と思わせた。

 そして、金銭援助を餌に反乱軍にスパイを送り込む。そのスパイ役に選ばれたのが父上だったのだ。

 父上は現国王を裏切り、反乱軍に寝返ったと信じさせ、敵の懐深く潜り込んだ。もともと現地に詳しく、人間関係も把握していた父上は、本当に反乱軍の首謀者を籠絡ろうらくしていたらしい。


 そこでヴァンデンブラン侯が敵の本拠地を急襲し、反乱軍はほぼ壊滅させられたということだ。


 俺たちが審問官に取り調べられたのは、『父上が裏切った』ということを信じさせるための狂言だったのだが、審問官たちにはこの事実は知らされていなかったため、本気の捜査が行われたわけだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る