第14話 通信テスト
あれから俺は、ジェイドからもらった “赤水晶” とそれより前に譲り受けた “サイロメレン石”を使って『通信』ができるか試してみた。
“赤水晶” は工房のボラ爺に頼んで二つに割ってもらい、結晶の形を生かして細長く研磨してもらった。六角柱状の結晶の先を少し尖らせている。これには意味がある。
俺は尖った“赤水晶” の先をサイロメレン石にコツンと当て、もう一つの石が共鳴したのを確認した。そこで、石が共振している間に
「あ〜」
と発声してみる。すると、わずかに遅れてだが、もう一つの石から
『あ〜』と聞こえて来たのだ。
「おー!すごい!」
と言うと、すぐもう一つの石から
「おー!すごい!」
と音が響いて来た。
気を良くして、今度はもう少し離れてやってみる。片方に俺、もう片方にボラ爺とネルを隣の部屋に行かせて、
「聞こえますかー!」とやってみる。少し間が空いて、
「坊ちゃん、聞こえます!」と返って来た。
そうなると、もっと遠くで試してみたい。俺たちは、工房の外、3軒向こう、通りの向こうと距離を伸ばして行って、最終的には水路の上流のユング家まで大丈夫と、確信を得た。
そして更に、王都の端と端で実験が成功すると、俺はこの『通信石』に何かもっと凄い可能性があるのを感じた。
最初は、妹が友達と時間を気にせずお喋りするための小道具、という認識だったが、これはそんなお遊びの域を遥かに超える
俺は妹たち用のブレスレットの制作の
“赤水晶” は先日ホラン殿から譲り受けたので、もう一つのサイロメレン石を主に買い集めた。
幸いデュモン卿がまだ王都に滞在中なので、卿のコレクター仲間にも探してもらい、いくつかの石を手に入れることができた。
デュモン教が手配してくれた石は、少年姿のジェイドが工房へ持って来てくれた。
見慣れた姿ではあるが、少年姿のジェイドを見ると複雑な気持ちが込み上げて来る。気兼ねなく話せるのはいいのだが、それでは何か物足りないような…そんな気がするのだ。
半ば出来上がった『通信ブレスレット』をジェイドに見せると、すごく喜んでくれた。
「普段着けている時はこう石と石の間が空いていて、通信するときにこのベゼルを回して石を接触するように工夫したんだ」
ブレスレットをジェイドの腕に
「これでいいのかな?」
と言った。俺が持った方のブレスレットから、『これでいいのかな?』と声が聞こえ、少しドキッとした。
どうしても、あの真っ赤なドレス姿のジェイドを思い出してしまう。そして、あの石の
ジェイドは工房の職人たちに熱心に金属加工のことや、石の研磨について話を聞いたりして、とても楽しそうにしていた。リア姐が、
「そうだ、今度ここで何か作ってみたらいいよ。ねぇ、オリィ、いいだろ?」
と聞いて来る。俺は急に話を振られて、つい返事をしてしまった。
「いいんじゃないかな、皆んなが教えてくれるって言うなら…」
うちの工房では、手が空いている時間に自分の作りたいものを作るのを奨励している。技術というのはとにかく、たくさん作って手で覚えるしかないのだ。なので、金、プラチナ以外の主に銀製品だが、商品の制作時に出た金属屑を集めて、自由に製作するのを許している。
俺はジェイドが来てくれるなら…取り敢えず嬉しい!
ジェイドは、デュモン卿と相談してからまた来ると言い、帰って行った。
リア姐は俺の顔を見てニヤニヤしながら、
「良かったじゃないか。あたしに感謝しな〜」と言って絡んで来た。
「か、感謝ってなんだよ」
取り合えず言い返す。何か顔に出てたのだろうか。
その日の夜までにブレスレットの研磨があらかた終わった。二つ同じものを作るというのは、割と面倒なのだ。同じくらいの品質でないと大抵のお客様は納得してくれない。ここから更にリア姐に「彫り」を入れてもらう。
銀地金のブレスレット本体に花の模様を彫ってもらうのだ。こう見えて、リア姐は王都でも一、二を争う凄腕の彫金師なのだ。特に女性らしい感性で彫る繊細な植物柄は他に真似できる者がいない。
そのペアの銀のブレスレットは、翌日リア姐が美しい花の彫りを入れてくれて、完成した。出来上がったブレスレットをオリジナルのヴェルヴェットの箱に納め、妹のマイカに渡すと、飛び上がって喜んでくれた。実はあまり期待していなかったらしい。
「お兄様!それ、本当にできましたの⁉︎すごいですわ!これは是非試してみなくては!」
マイカは早速、家の一階と二階で通信できるか試していた。間違いなく通信できることがわかると、もう早くライナ様に渡したくてウズウズするらしく『ああもう、お誕生日まで待てないわ…』とか言って悩ましそうにしていた。
そしてもう一つの約束の『アンサンブル・ピエレ・プレシャス』の公演は、ライナ様の兄君のステファン公が王立ホールのボックス席を確保してくれたらしく、いそいそと出かけて行った。
* * *
月が代わり、各地で秋祭りや収穫祭のイベントが行われ、木々の葉も彩りが美しい季節になった。
王都では華々しく、第一王女リチア様とアルマンディン公爵家のステファン公、そして第2王女メラニア様と、隣国オクスタリアの王太子ルドヴィヒ殿下のご婚約が同時に発表され、お祝いムードに沸いている。
父上は、イオニス・ヴァンデンブラン侯爵率いる黒騎士騎兵隊と共に、北方高地へと旅立った。
実を言うと『遠距離通信』の実験を兼ねて、父上にも通信装置を渡してある。どんな形にしようか迷ったが、装飾品の類はわざとらしいと思ったので、必ず持って行くだろう携行品に取り付けた。銀食器を作る職人に頼んで、銀の水筒を作ってもらった。極く薄く地金を伸ばし筒形にして、水が入れられるようになっている。銀なので毒物が混じればわかりやすい、という利点もある。そして本体と蓋に別々に石を付けた。通信したいときだけ石を同じ方向に合わせて閉めればいい。
父上には、日が落ちる時間に定時通信をしてくれるよう頼んだ。一日中通信が来るのを気にしてはいられないからだ。俺はその時間ならどこに居ても通信できるよう指輪を作った。
毎日王都から遠ざかって行く父上と通信するのは、なかなか楽しかった。地図を見ながら、父上の足跡を追うことができた。
俺は店と工房を父上に任され、変わらぬ営業を続けている。
デュモン卿は王立アカデミーの、歴史と考古学の臨時職を得て、教授連が住まうドミトリーにジェイドと共に引っ越した。そんなわけで、ジェイドは週に2回ほど工房にやって来るようになった。俺とリア姐以外は、ジェイドが本当は女の子だとは知らないので、工房へはいつも少年の姿でやって来る。
最初は少しドギマギしたが、慣れるとジェイドはなかなかいい奴だった。頭も良く素直で、職人たちの言葉をよく聞いているので、教える皆も嬉しそうだった。手先も器用で、薄く伸ばした銀板から、花や鳥の形をきれいに糸鋸で切り出した。
「ジェイドさん、上手です〜」
ネルに褒められて嬉しそうに照れているジェイドは、本当に可愛い…!
「そういえば」
ジェイドが俺の方を振り向いて言う。
「今度、宝石の街バロウで『ジェムマーケット』があるんだけど、オリィ行くよね?」
「え、俺?」
そうか、忘れていた。最近『通信石』のことで手一杯だったので、すっかり頭から抜け落ちていた。
宝石の街バロウは、馬車で一日ほどの距離にある海に近い港町だ。鉱物資源の少ない我が国はほとんどの宝石は他国からの輸入に頼っている。その宝石の輸入に力を入れているのが、宝石の街バロウだ。ここで年一回、大規模な市が開かれる。国内はもとより、近隣の国からも沢山の売買業者が訪れるのだ。
今から、宿が取れるだろうか?
「オリィ、もし良かったら、卿がいつも使っている宿があるよ」
「お、お願いします!ジェイドさん」
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