第7話 魔石研磨師

 工房の裏にゴンドラを係留すると、裏口の鍵を取り出す。鍵には小さな青い魔石が付けられている。泥棒避けだ。ガチャリと鍵を開けると、暗い廊下に灯りがもう灯されている。

「おはよう、誰かもう来ているのかい?」

そう声を掛けながら奥に進んでいくと、職人頭のボラックスの声がした。

「おはようございます、坊っちゃま。お早いですね」

「頼むから、その『坊っちゃま』はやめてくれ。もう子供じゃないんだから…ボラ爺に相談があって、ちょっと早めに来たんだ」

「ハッハッハ、わかりましたオリィ様。それでは少しおまちください。今、見習いのネルが掃除をしておりますので」

ボラ爺は楽しそうに笑うと、工房へ戻って行った。

 彼は俺が小さい頃からずっといる職人で、何かにつけて面倒を見てくれた。ボラ爺ことボラックスは石の研磨から、地金の溶解、鍛造たんぞう、彫り、石留めと何でもこなす凄い職人で、学校の無い日など俺は一日中彼にまとわり着いていた。


 ボラ爺から見れば俺なんてひよっこだもんな、なんて頷きながら、地下のコレクションルームへ降りてゆく。分厚い石壁で囲まれたコレクションルームの扉を開け、左手を壁に沿わせながら目線を上げる。左目が金のリングのように光り、部屋のあちこちが発光石の白い光で満たされる。

「さて…昨日仕入れた石は…っと。」


 石壁の内側全面に、保管棚が並べられている。魔石はその魔力の強さによって分けられている。その一角に扉のついた棚があり、むろん鍵も掛けられている。ここは比較的強力な魔石が収められている場所だ。鍵束の中から小さな白い魔石の付いた鍵を取り、鍵穴に差し込む。

 カチャリと乾いた音がした。扉を開けていくつかの重なった木箱の中から、さらに小さな箱を取り出す。

そうそう、手袋、手袋…。

 これらの魔石は命の危険は無いものの、素手で触るのはよした方がいい。特に魔石が扱える魔眼持ちには、石の魔力が瞬時に発動しかねない。オリヴィンはポケットから薄い山羊皮の手袋を取り出してめた。その中から一つの箱を取り出し、それを持って一階の工房に向かう。奥でボラ爺と見習いのネルが待っていた。


「これなんだけどね…。ちょっと大きいから、3つぐらいに切って欲しいんだ」

研磨台の前の椅子に腰掛けたボラ爺が、おもむろに箱を開けて石を取り出す。

「ほぉ、これはラビカン石ですかな」

「お前の目は誤魔化ごまかせないね」

「このことはご主人様はご存知で?」

「父上の目を誤魔化ごまかせるはずないだろ?」

俺はかぶりを振って、諦めたように返す。

「そのうち詳しいことは父上にお話しするよ。けど、ちょっと急ぎで1個研磨して欲しいんだ」

「どのようにされるおつもりで?」

「大、中、小と三つの大きさにカットして、取りえず一番小さいのをカボションにしてくれるかい? お前なら半刻さんじゅっぷんもかからずに出来ると思うが…」

「かしこまりました。ではこちらを優先でカット致しましょう」

「助かるよ。お前なら分かってると思うけど、少し厄介な石だ。気をつけてやってくれ」

ボラ爺にそう頼むと、今度は見習いのネルを振り向いて言った。

「ネルもこの石のことは黙っていてくれ。触るのもよした方がいい。普通の者にはボラ爺ほどの耐性はないからね。頼んだよ。」

 石の魔力がちょっと変わった方向なので、よく念押しをしておく。


 俺はボラ爺が石のカットと研磨をしている間に、ジュエリー本体を作る。手袋を分厚い豚革のものに換え、もうすでに火が入って熱くなっている炉の真ん中に、をセットする。

るつぼが熱されて赤く熱気を帯びて来たら、小さな粒状の金を入れる。そこへ銀と銅を少々加えていく。

 金は純金のままだと軟らか過ぎてすぐゆがんでしまうので、こうして他の金属を加えて強度を上げるのだ。加える金属の種類や量で、強度や色合いまで変えることができる。

 下から足踏み式の吹子ふいごでどんどん空気を吹き込んで温度を上げていく。

一旦、るつぼの中は黒っぽくなるが、温度が上がるとともに赤みを帯びていく。

もう熱されたるつぼは底が真っ赤になっている。中の合金は混ざり合い、熱によってぐるぐる回りながら赤い色を増していく。暗い赤がだんだんと明るいオレンジ色に輝き出す。この瞬間に俺は、るつぼを鉄箸てつばしで掴んで、溶けた金を鋳型いがたに流し込んだ。オレンジ色に輝いていた金は、つぅーっと鋳型を駆け抜けて、黒っぽく静かに固まった。

 俺は静かに黒く変化した棒状の金を奴床でつまみ、金床に乗せる。そして金槌で叩いていく。

 均等な角棒になったら、鉄製のローラーを掛けて平たい棒状に延ばしていく。こうやって少しずつ形を整えて指輪を作ってゆくのだ。

 平たい棒状にした地金を金属の芯金に巻きつけて、金槌で叩きながら丸めてゆく。


サイズはどのくらいにしたら良いだろう?…と考えて手が止まる。

う~む、どうしよう。男の自分よりは細いよな…などと悩んでいると、研磨機の方からボラ爺がやって来て、磨いていた石を見せる。今日頼んだカボションカットは、裏側がフラットで表が山形のきれいな局面を作る、簡単な研磨だ。


「坊っちゃま、どうですか?」

オイオイ、また坊っちゃまって呼んでるし…と思いながら、石を確認する。

「ウン、大きさはこれでいいから、あとは表面を仕上げてもらえるかな?」

「わかりました、坊っちゃま」

あーもう、一生坊っちゃまでいいかー…とやさぐれていると、

工房の職人たちが次々と出勤して来た。


「おっ? お早うございまーす!…オリィ様、早いっすね~」

「おはよう、クロム」

クロムはまだ若いが、子供の頃から見習いで入ったので、今や工房の中堅だ。

「おはよう~、オリィ」

「リアねえ、おはよう」

そしてラズリアこと“リア姐”は俺より9つ上の、凝った装飾を得意とする彫金師だ。

「お、お早うございます、オリヴィン様。」

「おはよう、ビリオム」

ビリオムはこの中では見習いのネルよりは長いが、比較的新しい研磨師だ。

主にボラ爺に付いて石の研磨をやっている。こうして、工房は一気に活気を取り戻す。


 その午前中に俺は、金の指輪のデザインを決め、おおまかに印を付けた地金を切って、パーツを切り出した。サイズを後で変更できそうな蔦の絡まるデザインに決め、どんどんやすりで削り出していく。最初は荒目の鑢から始めて、だんだん目の細かい細身の鑢で、蔦や葉を金の地金に削り出す。


「オリィ様。昼食はどうなさいますか?」

夢中になってやっていたら、もうすぐ昼だ。

「もう父上もお帰りになるだろうから、父上と食べるよ。皆はそれぞれ好きなようにしてくれ」

そう答えて、形になって来た指輪に目を落とす。石はもうボラ爺が仕上げてくれたので、石座を金のロウで指輪に付ければ、あとは石を留めつけるだけだ。

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