第8話 鍛冶屋

 店の外でゴトゴトと車輪が回る音がして、馬車が停まった。父上のお帰りだ。

「旦那さま、お疲れ様でございます」

出迎えたボラ爺に、父がコートを手渡し、御者に馬車を家に廻すよう指示している。

「父上、お帰りなさい。商談はどうでしたか?」

「ああ、オリィ。…う~む、ちょっとな…」

「それでは父上、飯でも食べながら、話を聞かせてください。どうですか、今日は職人街の向こうの飯屋に行きませんか?」

「ん~、何かあるのかね?」

「ええ、ちょっと情報収集もあって…。そのついでに鍛冶屋かじやのところに、寄りたいので」

「そうかい、わかったよ。それじゃあ、ちょっと着替えないとね。さすがにこの服は仰々しすぎるから…」

襟元のクラバットを緩めながら、そう言って父上は奥の部屋に引っ込んだ。


 今日一日工房に居るつもりだった俺は、他の職人とそう変わらない支度で来たので、地味なマントだけを羽織り、父上を待つ。

「それでは、行こうか」

 ほどなくして、灰色のズボントラウザーズに商人風の上着を着込んだ父上が出て来て、俺たちは街に繰り出した。

 城下は城を中心に、中央は教会、劇場、役場や図書館、博物館などの公共施設が連なっていて、その外側が商人街や店舗、マーケットで構成されている。うちの工房もご多分にもれず、職人街よりはやや内側の、貴族の館が多くある近くに在る。


 道具街を行くついでに、鍛冶屋に寄る。今日行くのは主に鉄器を扱っている鍛冶屋だ。鍛冶屋といっても色々あって、それこそ馬の蹄鉄を作るとか、農具を作る、鍋を作る、または鉄製の武器を作る鍛冶屋など様々だ。

 俺たち彫金師が、金銀細工や宝飾品を得意とする者、銀食器や燭台を作る者などがいるように、それぞれ得意な分野というのが在るのだ。

 こじんまりした間口の狭い一軒の店の前に立ち、ドアをノックする。


「はーい。いらっしゃいませ!」

明るい女の声がする。出迎えてくれたのは、明るい髪色の奥方だった。

「これは、ユング様。ようこそいらっしゃいました」

ぺこりと屈んで挨拶をし、中に招き入れてくれた。


「今日はお父君ちちぎみ様とご一緒でございますね。ご機嫌麗しゅう申し上げます」

「堅苦しい挨拶は抜きでいいよ。ご主人はおられるかな?」父上が言うと、

「はい。ただいま呼んでまいりますわ。こちらにお掛けになって、少々お待ちくださいませ」

奥方はまたぺこりと頭を下げて、奥に引っ込んで行った。


父上と俺は、勧められた来客用の椅子に掛けて、ぐるりと店の中を見渡した。

様々な鉄器が並べられている。主には生活用品が多いが、農具らしき物もある。ここの主人は器用な人物で、いろいろな相談にのってくれる。


「お待たせいたしやした」

奥から野太い声の大きな男が出てくる。

「おー!久しぶりだね、元気だったかい?」

彼に会うのはひと月ぶりほどだろうか。

「ユング様、オリィの旦那、お久しぶりでございます!」

分厚い胸板に筋肉隆々の太い腕に、ガシッと手を握られてブンブンされる。

『いてて…、なんて力だよ…』と思いながらも、こっちの手にも力を込める。

 奥方がお茶を淹れて持って来る。静かにカップにお茶を注ぐと、それぞれの前に置いてくれた。


「変わりはないかね?子供たちも息災げんきかな?」

父上が柔らかに話しかけると、主人もにんまりと嬉しそうに笑う。

「お陰さんで、やんちゃ坊主たちも皆元気で。今年は女房の実家も豊作なようで、皆安心して暮らしていますぜ」

「そうかい、それは良かったね」

父は以前頼まれて、農具に魔石を据えたことがある。それは、きっと奥方の実家に贈られたのだろう。


「それで、またこんなものを作ってもらいたいんだよ」

俺は、先日描いておいた絵を取り出す。

「これは、シャベルですかね?」

「そうなんだが、大きいものではなく、片手に持てる位の物が欲しいんだ」

ふーむ、と鍛冶屋が絵を眺めながら頷く。

「実は王宮の庭師殿に頼まれたんだよ。今度、盛大に秋の植え替えをやるんだそうだ」

「そうでございやすか、わかりやした。その大きさだったら、三日ほどいただければ。…この、持ち手のところはどうしやしょう?」

「持ち手は中空に作ってくれるかい。重くなってしまうと疲れるからね。ここのところに石を入れて仕上げるつもりなんだ。」

そう答えると、ああ、なるほど…と彼はうなずいた。

三日後にまた来店する約束をし、俺たちは鍛冶屋を後にした。

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