王都編

第2話 魔石ハンター

(今日はどんな魔石が見つかるかな…フフ)


 初めてこの洞窟まで来た嬉しさと期待で、思わず微笑わらいがれてしまう。

 俺、オリヴィン・ユングは今年18歳で王立学院を卒業し、晴れて自由の身になった。

そこで宮廷彫金師である父上にお願いして、卒業旅行と称して手配してもらい、念願の中央台地最大の洞穴、『ブラックジャック洞窟』へやって来た。

 この巨大な洞窟は、全体がフロー石の鉱脈でできている。ここのフロー石の中には、時々変わった魔石が出ると有名なのだ。

 案内役はベテランの魔石ハンターにお願いした。


 カンッ、カンッとハーケンを打つ音が洞窟内に木霊こだまする。足場の悪い入り口近くの岩に、3箇所ほどしっかりハーケンを打ち、洞窟へ降りるロープを垂らす。


 暗色金髪ダーティブロンド口髭くちひげの魔石ハンターが、弟子アシスタントの少年に声をかける。

「よし、固定した。気をつけろジェイド、先に行け…慎重にな」

 長い黒髪を後ろに束ねたアシスタントのジェイドが、洞窟の中へするすると降りて行くのを見届けると、魔石ハンターは俺を振り返る。


「さてオリヴィン殿、お先にどうぞ」

 うなずいて、俺はしっかりとロープをつかんだ。そして、一歩足を踏み出そうとした途端とたん

「うあっ!」

 足元の石が崩れて、俺はロープに宙吊りになった。落ちないようにしっかりとロープにしがみつく。

支えがないロープは思ったより揺れる。ロープが動かないよう、下でジェイドが支えてくれて、ロープの揺れは収まった。だが、王都育ちの俺はこれといって体を鍛えているわけじゃないので、降りるのにも手間取った。


(ハァ…まったく。これだから王都育ちのお坊っちゃまは…)

ジェイドは心の中でつぶやく。


「オリヴィン殿、大丈夫です!落ち着いてゆっくり降りてください」

 安心させるように下から声を掛ける。

 ついこの前、王都の学院を卒業したばかりと言っていたから、自分より1〜2才は年上だと思う…。

背は高いけれど、体は全く鍛えていないのか?学院では剣術くらいは習うんだろ?

濃い菫色すみれいろの髪に長い眉、銀色の瞳に長い睫毛まつげ、学院ではさぞかし女の子にモテたんだろう。顔立ちが良いだけに、残念な感じが半端ハンパない。

 やっとのこと彼が降りて来て、続いてすばやく師匠が降りて来る。


 三階建ての建物がすっぽり入ってしまうほどの大きな洞窟だ。

 天井穴から光が差し込んで、壁に光が反射している。

 辺り一面、ヴァイオレット、グリーン、イエローの層状になったフロー石の鉱脈でおおわれている。まるで大聖堂のようなその美しく荘厳そうごんな姿に、オリヴィンは息を呑んだ。

「ああ…すごいなー!」

「そうですね。ここは何度来てもいいですね」

 隣でジェイドが答える。


 俺より細身で背が低い彼は、おそらく歳も若いのだろう。腰まであろうかという長い黒髪を後ろで一つにゆわえている。アーモンド型の大きなみどりの瞳に白い肌、まるで女の子のようだ。

身のこなしもまるで猫のようで軟かく俊敏しゅんびんだ。

 その若さで高名な魔石ハンター、デュモン卿の弟子アシスタントだなんて、何か特別な才能があるのか、コネがあるのか、そのどちらかだろう。

どこか東洋のエキゾチックな雰囲気が気になって、いろいろ聞いてみたくなった。


「ジェイド君、君のこと『ジェイド』って呼んでもいいかな?俺のことは『オリィ』って呼んでくれて構わないから」

 ジェイドはちょっとはにかみながら『わかりました』と言ってくれた。

「ここへは何度も来てるの?」

「はい。ここは有名な場所なので、案内して欲しいと言う好事家こうずかの方々が沢山いるので」

 とあっさり返される。

「なるほど。ねえ、ジェイドはさ、俺とあまり変わらない歳だよね?他にもあちこち行ったことがあるんだよね。国外にも行くの?」

 と訊くと、ジェイドは

「ま、あの…デュモン卿の弟子ですから、あちこち行きました」


(そうか、そうだよね。王都から出たのが初めての俺なんかとは、経験がまるで違うんだよね…)

俺は一人、遠い目になった。


「オリヴィン殿ー!、奥へ行ってみましょう!奥にもっと面白いものが有りますぞ!」

 先の横穴の方からデュモン卿の呼ぶ声がする。俺とジェイドはランタンをかかげて、声のする方へ向かった。


 横穴を30メートルほど行ったところで、卿が立ち止まりランタンを頭の上に掲げる。誰かが試掘しくつした跡だろうか、フロー石の縞の上部に削ったような凹みがあった。


「ここを掘ってみてくだされ」

と言ってのみとハンマーを手渡された。俺はそこへのみを当てると、ハンマーを一打ちした。

 ボロッと表面の石が落ちる。その奥に少し白っぽい石が見えた。更に奥にのみを当てて、もう1、2度ハンマーで叩き、更にその奥の石を取り出した。

 透明なクリスタルの中に、ブルーのフロー石が閉じ込められている、美しい結晶だった。


 その瞬間、左目が反応した。石と俺が共鳴きょうめいすると俺の普段銀色の左目は、虹彩こうさいの部分が金色のリングのように光るのだ。

俺は、魔石を見たり触れたりすると、いろいろな色の光や熱、何かのイメージが見えたりする。


 この世界の魔法は魔石が起源になっている。

この惑星が長い年月を掛けて生成した魔力の塊、それが『魔石』だ。通常『魔石』は鉱山や晶洞しょうどうなどに産出する。

『魔石』を扱う能力は人にる。『魔石』に共鳴する力が大きければ、より大きな魔法が使えるし、様々な恵みを俺たちにもたらしてくれる。


俺は『魔石』に感応かんのうする力が強く、映像や音でその力を判別することができる。

 石のパワーに共鳴すると、石は様々な恵みを俺たちにもたらしてくれる。


 奥の白い石の中で、青い光がぱあっと広がる。同時に海を渡る一陣の風が吹き抜けたような感じがした。

「オリヴィン殿、何かお分かりになりましたか?」

 デュモン卿が俺の顔を覗き込んで、ニンマリした。

「うん…。はっきりとしたことは言えないけどね。『水の上を渡る』魔石だと思うな」

「ほほう、そうですか。ここにはいくつかこういった結晶が出るようですな…。もう少し掘ってみましょう」


 デュモン卿は俺のように光やイメージが見えるわけではないが、別の感覚で石の魔力を感じているようだ。

「どんなふうに見えるんですか、魔石って?」

 広い鉱内をあちこち歩いていると、ジェイドが話しかけてきた。

「んー、いろいろだよ。大体はピカーッて光って見えるかな」

「そうなんだ…」

「あと、なんか景色みたいなのが見えたり、風が吹く感じがしたり…とか。逆にジェイドは、魔石ってどんなふうに見える?」

「普通ですよ。光ったりしません。でもまあ、何かわからないパワーは感じるかな…」

 少し考える素振りで、ジェイドが答える。

「でも、やっぱりなんか感じるんだ?」

「…そうですね。表現は難しいのですが、頭に浮かぶと言うか、話しかけられているみたいな…、そんな感じです」

 やはり、ジェイドには魔石の力を感じる才能があるようだ。それがデュモン卿に見出された理由かもしれない。


 昼を挟んで一日、魔石の採取に没頭した俺たちは、快い疲れを感じながら一日の作業を終わらせる。ロープやら装備を片付けると、馬車に乗り込んで宿屋に向かった。


 田舎の宿屋ではあるが、こ綺麗きれいな部屋で安心した。石と戯れた俺たちは土まみれだったので、外の水場で水浴することにした。

 俺は一旦、部屋に荷物を置くと、身体を拭くための浴布タオルを一枚だけ持って、宿屋の裏の井戸へ行った。

 服を脱いで下履き一枚になり、桶に汲んだ水を頭からかぶった。夏とはいえ、この辺りは標高もある。

「つ、冷たぁっ!」

 思わず叫ぶと、同じ水浴みずあびに出てきたデュモン卿に笑われる。


「ハッハッハッ! オリヴィン殿、情け無いですぞ。北部高原の水はこんな生温かくありませんぞ!」

 そう言って平気そうに、そのデカい体にザバザバと水をかける。

 襟元から上と、肘から下が日焼けで真っ黒になっているが、そのからだは筋肉が隆々と盛り上がっている。


『いったいどんな大冒険をしたら、こんな躰になるんだ…』俺の心の声が聞こえたのか、デュモン卿は、

「オリヴィン殿も少し、世界を見て回ってはどうですかな。世界は広いですぞ!そして面白い石が山ほどありますぞ!」


 (魔石を探す冒険かぁ〜、行ってみてぇー!)

 頭の中で世界の僻地にある魔石の産地を巡る自分の姿を思い浮かべる。この世に二つとない輝く魔石を手にして、俺はさもないように言うのだ。

(『運良く手に入ったに過ぎません。たまたまそこに辿たどり着いたと言うだけのことですよ…』なんて…言ってみてぇ〜!)


 そして俺は悪戯っぽい目をしたデュモン卿に、ザバァっと水を掛けられた。

「ちょっと!やめてくださいっ!もう、どっちが子供なんだか!」

 不適な笑いを浮かべた卿が追い討ちを掛けてくる。


 俺は慌てて自分の服をひっつかんで、宿屋の中に駆け込む。そこでバッタリとジェイドとぶつかりそうになった。

 水浸しで下履き一枚の俺を見て、ジェイドは少し顔を赤らめた。

「ごめんごめん、こんな格好で。あの口髭のオヤジに水をぶっかけられちゃってさ」

 ジェイドは目線を俺から逸らすと、小さな声で、

「しょ、食事の支度ができたって、女将おかみさんが……」とつぶやいて、慌ててデュモン卿の方へ走って行ってしまった。

「あ、ありがとう…」

 もう聞こえないよな、と思いつつ返事をした。

 本当にシャイな子だなぁ…かわいい。俺には妹はいるが、妹とは全然違うタイプなので、あんな素直だとかわいく見えてしまう。


 俺は部屋に戻って着替えを済ませたあと、食堂に降りて行った。

 食堂の真ん中でデュモン卿がおいでおいでをしている。


「オリヴィン殿、こちらは吾輩の古くからの友人でしてな。ご紹介いたそう」

 どうやら、偶然同じ日に旧知の石友達と遭遇したようだ。


「オリヴィン殿、こちらは大陸の南東に位置するスルタンの国タルクの商人、ポラス殿。ポラス殿、こちらは我が国の宮廷彫金師、ユング男爵閣下の第二御曹司オリヴィン・ユング殿です」


「これは、これは。ご紹介に預かり恐悦至極でございます、ユング様。ぜひぜひお父上の創られた『聖剣アルカンディア』のお話をお聞かせ願いませんか」

 顔の色艶の良い撫で肩の紳士が慇懃いんぎんに挨拶する。人当たりの良い商人スマイルを浮かべてはいるが、抜け目のない視線だ。


「これはご丁寧なご挨拶を頂き、光栄です。私のような若輩者に丁寧なお言葉はおやめ下さい。普通の言葉でどうぞ」

「これはどうも。お近づきの印に、どうか一杯ご馳走させてください」

 ポラス殿はそう言って、女将おかみに酒を注文した。


『聖剣アルカンディア』の話を、この国で知らぬ者はいない。それほど有名な話なのだ。

現国王ディアマンド陛下は、この国を二分していた旧王朝との戦いで、父が創った『聖剣アルカンディア』を掲げて戦い、見事に勝利した。


 しかし、…実を言うと、剣自体は父が作ったものではない。

剣を作った刀鍛冶は『刀匠フランケ』だ。この高名な刀匠が作った名刀に、父上が金で装飾を施し『勝利の魔石』を埋め込んだのだ。

 刀鍛冶と彫金師では全く扱う金属が違うのだ。だが通説では父上が創ったと言うことになっている。

 というのも、父上はその功績により『男爵』という爵位をたまわったからだ。


 実のところ俺は、『聖剣アルカンディア』を見たことがない。戦争の後、至極しごくの秘宝として厳重に王室の宝物庫に納められてしまったからだ。


 なまじ『勝利の魔石』などと言うものがめられているため、奪われれば国家存亡の危機におちいりかねない。人々の噂に上る『勝利の魔石』がどんな石なのか、皆がそれを知りたがるが、父上は決してその石のことを語らない。

 俺だって知りたいくらいだ。知らないことは話しようもない。


 大きなジョッキに並々と注がれたエールが運ばれてきた。それを手に乾杯をして、ぐびぐびといただく。くぅ〜、うまい!昼中、洞窟に閉じこもって石を掘っていたので、喉がカラカラだったのだ。空腹にエールが染みる。


 ポラス殿は今回、ブラックジャック洞窟の鉱床のどこかに存在する希少な石を探しに来たのだそうだ。

何でも、変わった正四面体の銀色の結晶を内包したフロー石が存在するらしい。その結晶の美しさは内包物コレクターの間でも垂涎の代物なのだそうだ。


 エールを3杯ほど飲んでほろ酔い気分になり、眠気を催して来たので、先に席を立つことにした。ポラス殿に礼を言い、盛り上がっているデュモン卿にお休みの挨拶をして、食堂を後にする。

 少し酔ったせいか、頬が熱い。ちょっと外の空気でも吸って酔いを醒まそう。俺は裏口から井戸のある方に出た。

 案の定、夏といっても夜の丘陵は涼しい。ボーッと空を眺めると、満月に近い明るい月が輝いている。

 ふと、水音が聞こえて振り返る。髪の長い少年が水浴びをしているようだ。

 もしかして、ジェイドかな?

 そこで先刻のデュモン卿の悪戯いたずらな顔を思い出し、酔った勢いか俺も悪戯いたずらしてみたくなって、石造りの井戸の影からそっと近づいた。そしてひしゃくに水をすくうと、いきなりバシャッとジェイドに掛けた。

 驚いたジェイドがこちらを振り向く。驚く顔を見て揶揄からかおうとした俺が、もっとびっくりした。

 長い濡れた髪に隠れてはいたが、ある筈の無い二つの膨らみがその胸にあったのだ。俺は目をらすことができず、そのまま固まった。


 次の瞬間、強烈な足払いをくらい、天と地がひっくり返って、暗い地面に倒れこんだ。何が何だかわからない、頭に霞がかかったようだ。俺はそのまま、気を失った。


 * * *


 オリィとデュモン卿は宿屋の食堂で、ポラス殿と酒盛りをしている。久方ぶりの再会だからきっと盛り上がっていることだろう。

(今のうちに体を洗ってしまおう)

ジェイドはそう思って、宿屋の裏手に周り、桶に組んだ水で体を洗い始めた。あらかた洗い終えたところで、首から下げているペンダントが気になり外した。これも綺麗にしようと思い桶の中で洗う。


(うん、きれいになった)

 と月明かりにペンダントをかざした途端、ザバッと誰かに水を掛けられた。

 その途端、手にしていたペンダントを落としてしまった。

「はっ⁉︎」

 振り返るとそこに、オリィが立っていた。

 オリィの目がこちらを凝視ぎょうししたまま、固まっている…


(マズイ!見られた!!!)

 咄嗟とっさに一撃、足払いを掛けた。オリィは結構な勢いでひっくり返って、動かなくなった。

慌ててペンダントを拾い上げて首に掛け直す。


(どうしよう、頭を打ったかな?)

 とりあえず自分の体を拭いて服を着た。それからそっと顔を覗き込むと、呼吸音が聞こえた。


(大丈夫かな?息してるし。…ちょっと酒臭い)

 腕を自分の肩に回して持ち上げようとしてみるが、持ち上がらない。


(細く見えても男は重いな…)

 肩越しに息が掛かり、体温が伝わって来てドキリとする。閉じたまぶたに掛かる長い睫毛まつげが変に色っぽい。


(うあっ!何変なこと考えて!)

 思わずオリィを放り出してしまった。


 * * *


「デュモン様、お話中申し訳ありません…」

「んー。どうしたジェイド?」

「今し方、オリィ、いやオリヴィン様が裏庭で倒れておりまして。その…、私ではお運びすることもできず…、どうしたものかと」

「オリヴィン殿が?」

 やや酔いが回っているのか、上機嫌で酒を飲んでいた二人が立ち上がる。

「ジェイド、案内してくれ」

 ジェイドは小走りになって、裏口の方へ二人を案内して行った。


 井戸のそばに誰かが倒れている。

「ユング殿!」

 駆け寄ったデュモンは、まず、首筋の頸動脈けいどうみゃくに触れた。温かな血流を感じる。

耳を口元に寄せて呼吸を確認する。すると、穏やかな寝息を立てていた。


「どうやら、お休みになっておられるようだ…」

 一同はほっとして、やれやれといった具合に被りを振った。

 ポラスは『わしはもう一杯酒を注文しておくよ』と言って、食堂に戻って行った。


 デュモンはそっとオリヴィン・ユングを抱き上げると、軽々と彼の寝室まで運んで行った。その後ろを、心配そうなジェイドがついて行く。

 そっとベッドに横たえ、靴を脱がして上掛けを掛けてやる。

 起きる気配はない。二人は部屋を出て、ドアを閉めた。


「ジェイド、何があったのだ?」

「…水浴すいよくをしていたら、いきなり水を掛けられて…。その、ペンダントを落としてしまって…」

「…見られたのか?」

「…はい…」

「う〜む、そうか。それは少々厄介な事になったな。…何か策を講じねばなるまいな…」

 二人は小声で何か話していたが、やがて階下の食堂に降りて行った。


 翌朝、

「う、痛っ」

 頭がズキズキする。まだ日の出前の薄暗い中、ベッドの上で目を覚ました。

 あれ、俺どうしたんだっけ?

昨日、デュモン卿にポラス殿?を紹介されて、ちょっと飲み過ぎて……。


 その後あった(あったと思う…)ことをまざまざと思い出して、俺は頭に血が上った。頭、というより下半身が反応して、もう一度ベッドに突っ伏す。


(ジェイドがまさか、女の子だったなんて…)

 考えるな、考えるなと思うほど、あの時の映像がはっきりと頭に浮かび、心臓がドクドクと高鳴って来て、俺は制御不能になった。


 陽が上り、あたりが温かくなってきた。

 トン、トンとドアがノックされる。

 思わず緊張して『は、はい。今起きます』と答えて、起き上がる。

上着を羽織ってドアを開けると、デュモン卿が立っていた。


「ご無事ですかな?昨日は少々酒が過ぎたようですな。ユング殿が倒れてるところをジェイドが見つけて、吾輩がベッドまでお運びしたのだが」

 どうやら、ジェイドはそれ以外のところを黙っていてくれたらしい。

「はい、少々飲み過ぎたようです…」

 俺はそこは素直に認めることにした。

「ご回復召されたようで何より!さあ、朝食を済ませられい。今日も良い石を探しましょうぞ!」

 デュモン卿はそう言うと、俺の背中をバシバシ叩いた。


 食堂に向かうと、すでに皿に載せられた朝食を前に、ジェイドが待っていた。

「オリィ、おはよう」

 ジェイドは何事もなかったように、普通の顔をしていた。

「あ…。お、おはよう」

 俺は何か気まずい気持ちで、落ち着かない。ジェイドの顔をまっすぐ見ることが出来ず、何か言わなくては…と思いつつも、言葉が出て来ない。


 そんな俺を尻目にジェイドの隣にどっかり座ったデュモン卿が、

「今日はポラス殿も一緒に石を探すことになりましたので、二手に別れて探しましょうぞ」

 と提案して来た。

 洞窟行きの馬車に、ポラス殿も乗っていて、彼は俺たちがどんなふうに魔石を見つけるのか、興味津々きょうみしんしんらしい。


 今日は昨日よりもっと間口の狭い坑道を降りる。

 坑道ではデュモン卿とポラス殿、俺とジェイドの二人一組に分かれて探索する事になった。

 あまり坑道の奥まで入り込み過ぎないよう念を押されて、俺とジェイドは、デュモン卿たちとは違う方向に進んで行った。

 周りを見渡しながら、ジェイドはさりげなく

「よく眠れた?」

 と聞いて来た。

「ウン、よく眠れた、けどね…」

「どうかした?」

(ジェイドはまるで、昨日は何もなかったかのように話して来る。俺はあのことが気になって気になって、どうしようもないと言うのに。…えーい、聞いてしまえ!)


「…っ、ジェイド、君はもしかして、女の子だよね?」

 一瞬の沈黙…。

「は、何言ってるんですか?」

「だって、俺さ、昨日見ちゃったんだよ!」

「…見たって、何を?」

「何ってその…君のその…」ーー『おっぱい』と言葉にできなくて、俺は自分の胸を服の上からギュッと掴んで見せた。顔が真っ赤になっているだろう、血が上って来るのがわかる。


 ジェイドも顔を赤くして目を逸らす。だが、その反応とは裏腹な答えが返って来た。

「な、何か見間違えたんじゃ…ないかな…」

(い、いーや俺、確かに見たから!だってすごい可愛いおっぱいだったから、忘れられなくて…!)

 この心の声は、喉の奥に押し込んで声にはしなかった。


 するとジェイドは、ツカツカッと傍にやって来て、俺の右手を取ると、その手をその胸に持って行った。突然の行動に固まった俺だが、次の瞬間、

「え、…ない?」

 俺とおんなじ、フラットな胸だ。

 俺はひどく動揺した。頭が混乱して、真っ白になった。

 酔っ払って幻覚でも見たのだろうか?それか酒に幻覚剤でも入っていたのだろうか?

…男を女と思うなんて、俺には自分の知らない性癖せいへきがあるのかもしれない…


「わかってくれたかな?」

 そう言ってジェイドは俺の手を離した。


 その日は、全く気が散ってしまって集中できず、大した成果もなく宿屋に戻るハメになった。

 デュモン卿とポラス殿はどうやら目的の石を探し当てたらしい。

 見せてもらったその魔石は、うっすらとパープルからブルー、グリーンと淡い色の縞模様のフロー石の中に、銀色の綺麗な立方体が浮かぶ美しい結晶だった。


 俺の目には虹色の光が明るく輝くような光景が見えたが、それにはどんな使い道があるのか、その時は考えられずにいた。


 その晩、目的の石を見つけられたポラス殿は、それは上機嫌だった。

他の泊り客みんなに酒をおごり、石を見つけた時の話を盛りに盛って、大円団で締めくくった。

 想像するにおそらくは、デュモン卿がそのどんな魔石をも嗅ぎ分けるような嗅覚で探し当てたに違いないのだが、今日はポラス殿に花を持たせておこう。


 部屋に戻ると、快い睡魔に襲われながら

(昨日見たと思ったものは、俺の願望が見せた幻だったんだ)

 という気がして来て、やがて深い眠りに引き込まれていった。

「…明日は俺もぜひ、あの石を手に入れなきゃ…」


 そして、最終日にポラス殿と同じあの石をみつけ、今回の魔石採取の旅はなかなかの収穫となった。

三日間の洞窟探索はあっという間に終わり、帰る日の朝になった。


「デュモン卿、この度は大変ありがとうございました。初心者の私にいろいろと手解てほどきをしてくださり感謝します。また王都へいらした折には、どうぞ当家にお寄りください」

 俺はデュモン卿の手を握りながら、感謝の言葉を述べた。


「オリヴィン殿も、もうすこ〜しだけ体をお鍛え召されい」

「面目ありません…」

 そしてジェイドにもハグをしながら、

「ジェイド、今度うちの店を訪ねて来いよ。金や銀を溶かすところや、石を切って磨くところなんて、最高に面白いんだぜ!」

 と伝える。

「それはぜひ見たいな!オリィ、今度王都に行ったらぜひ見せてもらうよ!」

 そう言って俺とジェイドは約束を交わし合った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る