第3話 情欲の石

 ブラックジャック洞穴探索の旅から帰って、三ヶ月ほどった頃、ユーレックス・デュモンきょうから文が届いた。

『以前ご依頼された魔石が手に入ったので、近いうちお届けしたい』という内容だった。


 そんなわけで、俺と卿は王都にあるユング家の工房の奥の応接室で向かい合っている。横にはあの黒髪の弟子アシスタント、ジェイドが静かに立っていた。

「失礼いたします」

 うちの見習いのネルが香りの高い紅茶を運んできて、それぞれの前に置いた。卿が

「オリヴィン殿、ジェイドに工房の中を少し案内してもらってもよろしいか?」

 と言うので、俺はネルに工房を案内してくれるよう頼んだ。


「王都へは何日のご滞在で?」

「特に決めておるわけでも無いが、今回は少しジェイドにも王都を見せてやろうと思いましてな…」

「そうですか、それは良いですね!…ところで、彼はどちらの生まれなのですか?お見受けしたところ、東方の出身かと思うのですが…」

 ふっと、デュモン卿が遠い昔を懐かしむような目になった。

「…あれは、遠い東方の島国の血を引いておるのです。…ま、いろいろ複雑な事情がありましてな…」

「そうなのですか」

 卿はそんな憂いを払うように

「それはそうと…、探して参りましたぞ!」

 そう言うと大きな革の鞄を開け、小さな木箱を掴み出した。そしてその木箱を開く。

「おお、これは!」

「ふっ、わかりますかな…?」 

 目の前でゆらりとあやしく揺らめく、血の色をした石を前に、思わずため息をらす。

オリヴィン・ユングの銀色の左目に、金色に輝く輪が浮かんだ。


 その色は、まるで極上のピジョンブラッドのルビーのようだが、そんなありふれた石であるわけがない。なにせ、デュモン卿はこの世界で最も名の知れた『最強の魔石ハンター』なのだから。

「これは…!極北きょくほくのカンブール高原にある洞窟でしか産出されないという、ラビカン石では…?」

「ふっ、ふっ、ふっ…これがお分かりになるとは、さすが魔眼の彫金師ですな」

「それにしても、どうやって手に入れたのです?通常の取引所で手に入るものでもないでしょう」


 肩まで伸びた髪を掻き上げ、口髭くちひげの大男がにんまりと不敵ふてきに笑って見せる。

「そこはそれ。やはり自分の足で赴き、自分の目で確かめねば。出会いというものは、求めねば出会えぬものでしょう?」

「それにしてもたいしたものです。デュモン殿は最強の魔石ハンターであると同時に、魔石研究者で商人、いやはやまいりました」

 石をヴェルベットの吟味台に置き、オリヴィンは更に言葉を繋ぐ。


「それで、かの石はお手に入りましたか?」

「これはこれは。随分とお急ぎのようですね」 

「いえいえ。世界中を飛び回ってお忙しいデュモン殿を、あまり長くお引き止めしては申し訳ないので」

 デュモン卿の薄い水色の目が、楽しげにわずかにすがめられた。

「確かに。ただの土産話を長々しに来たわけではありませんからな」

 俺はにっこりと商用スマイルを振りまきながら、

「…あれを探し当てて下さるのは、デュモン殿しかおるまいと思っておりました!…さぞかし、大変な大冒険をされてこられたのでしょう。私としても、それなりの報酬を出させて頂きたいと思っております」

 少し興奮気味に答える。


 卿はややうつむいて表情を引き絞る。そして一呼吸おいてこう告げた。

「…オリヴィン殿。あれをお渡しする前に、少々お話があります」

 デュモンは更に硬い表情で続ける。

「先に一つ、お約束して頂きたい」

 唐突な申し出に、俺は前のめりだった姿勢を正し、椅子に座り直した。

「それは、どうゆうことでしょうか?」

「あれをけっして、世の中に出さないとお約束してもらえませぬか?」

 思わぬ申し出に、彼は次に繋ぐ言葉を失った。

「申したままの意味です。コレクションとしてのみ保管し、魔石として使用しない、と言うことです」

「そ、それは…」


 確かに卿が言われる事にも一理ある。美しい、珍しい、予想だにできないパワーを持っている等々、魔石を集める理由は様々だ。だが、中には本当に『危険な石』と言うものも存在する。


 卿にお願いして手に入れてもらった、本日の受け取り分の中に、実は1つだけそんな石があるのだ。まさか手に入るとは思っていなかったので、そこまで考えていなかったのだ。俺は浅はかな考えだった自分が恥ずかしくなった。

「…わかりました。あの石は大事に仕舞しまい、ながめるだけにしますので。ご心配をお掛けして申し訳ありません。自分が浅慮あさはかでした…」

 俺がそう言うと、デュモン卿はニッと笑ってうなずいてくれた。


 値段交渉を終えて、金貨で支払いを済ますと、卿と俺は工房に降りて行った。

二階には貴金属に装飾を施す部屋があり、専門の職人が働いている。一階には大きな炉があり、ここで金属を溶かしたり、大まかな形に叩いたり、賑やかな音が響いている。奥には石をカットする作業台や専門の研磨道具が並んでいる。

 ジェイドはそこで石をカットする様子を見ている。

 ベテランの研磨師けんましで工房の職人頭のボラックスが石をカッティングしていた。


 ジェイドは俺たちに気づくと、ニコリと微笑んで、みどりの瞳で俺を見た。

 その瞬間俺はドキッとした。

 そして忘れていたはずのあの光景、真っ黒な長い髪の間からのぞいていた白い美しい肌が記憶の中から蘇って、思わず目を逸らした。


「ボラックスさんに、オリィの小さい頃のことを聞きました!」

「えっ!な、何を話したんだボラ爺!」

「いやさね、そんな大したことは何も言っておりゃしませんよ、坊ちゃん」

「オリィは小さい頃、ほとんどこの工房で過ごしていたんだってね」

 ジェイドはちょっと楽しそうに言う。

「坊ちゃんは本当に石が好きでねえ。『がっこうなんかいかない、オレはしょくにんになるんだ』ってずっと言ってらっしゃいましたから」

「ボラ爺!そんな昔のことをバラさなくても…」

「なんだか、微笑ほほえましくなっちゃって。ただの魔石好きの変態…あっ、いえコレクターじゃなかったんだって、安心しました」

(『魔石好きの変態』って!まさかあの話をバラしたんじゃないだろうな…?)


 ひとしきりそんな話で盛り上がった後、宿へ帰るデュモン卿とジェイドを見送った。

 俺は先ほど卿から入手した石を持って、階下のコレクションルームへ降りて行った。

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