宮廷彫金師は魔石コレクター 変態コレクター魔石沼にハマる

滝久 彩都

第1話《プロローグ》変態魔石コレクターの黒歴史

俺の名はオリヴィン・ユング。現在十八歳だ。

今は王立学院を卒業して、『宮廷きゅうてい彫金師ちょうきんし』である父ユング男爵の工房で目下絶賛見習い中だ。

俺と父上は『魔眼持まがんもち』で、魔石ませきを見るとその石の持つパワーが見えたり、聞こえたりする。

そんなわけで、魔石を使った魔道具や魔ジュエリーを日夜作っている訳なのだが。


 実は俺にはちょっとした『黒歴史』がある。魔石に関してだが…。


 王立学院中等部、13才の頃のことだ。その当時、変わった魔石の収集にハマっていた俺は、小遣いでも買える『魔石交換会』なるものに足繁あししげく通っていて、王都で行われた小規模の交換会によく参加していた。


 小さな建物の部屋を借りて、出品者は番号が貼られた自分のテーブルに、自分が交換したい石を並べておく。他の参加者はテーブルの間を見て回って、自分が交換したいと思う石を探す。

 交換してもらいたい石を見つけたら、出品者と相談して交換条件が合致した場合、交換が成立する。対等の条件で交換ができない場合は、金銭で補うこともできる、というものだった。


 俺はその交換会で、ある石に目が留まった。ウレキ石という石だ。

 通常のウレキ石は半透明でうっすら向こう側が透けて見えるだけなのだが、その石は違ったのだ。俺の左目が金の輪に光る。


(なんだかユラユラしている。なんだろう?)

 俺が摘み上げて石の向こう側を覗くと、なんと裸の人々が見えたのだ。

 俺はびっくりして、一旦それを元の場所に置いた。

 そして、もう一度ゆっくり手に取って覗いてみた。


(…み、皆んな服を着ていない…!)

 俺はその石をかざしながら、いろんなところを見た。建物やテーブルなどはそのままだ。

 ただ、人間だけが裸に見える…。

 下を見下ろすと、自分の腹も足も、裸だった!


 俺はその石をさり気なく近くに置いて、出品者らしい若い男に話しかけた。

「あー、あのー、この石は?」

「ああ、それはウレキ石と言う石ですよ。魔石じゃないから、安くていいよ」

 と答える。

(魔石ジャナイ?…イイヤ、タイヘンナ魔石デスヨ…)

 俺は焦る気持ちを隠しながら、

「そうなんだー。じゃあ、オレのアイオライトと交換してもらえないかな?これ、行きたい方向を示してくれるって言う魔石なんだ」

 そう言うと、相手は渡りに船と喜んで交換してくれた。


 俺はしばらく一人でその石を堪能たんのうした。どこへ行くにも持って行き、あちらこちらを見廻した。だって『全世界の男の夢』みたいな石だから。

 今思えば、ニタニタした変な子供が、石ころを持ってこっちを見てる、って思われていたかもしれない。


 そのうち、『他の人には見えないんだろうか?』と言う疑問が浮かんだ。


 いや、父上は見えるんだろうな、魔眼だし。ある程度、石と共鳴できる魔力がある人なら、見えるかもしれない、と思った。

 それで、学院の2つ上の先輩、アルマンディン公爵家の次男ハーキマーこと『ハックにい』に見せてみることにした。俺たちはある事情で小さい頃からよく一緒に過ごしていたからだ。公爵家など高位貴族は、魔法や魔石の共鳴度きょうめいどが高い傾向にある。


 学院の昼休みに、ハック兄を庭に呼び出した。

「ハック兄、この魔石がわかるかな?」

「なんだ?この石?」

 ハック兄が指で摘み上げて、光に翳す。

「なんだぁ?ユラユラして見えるけど…」

「それで、あの子見て」

 俺はその辺を歩いていた子を指差す。ハック兄がそっちを見る。

「え、アイツ服着てねぇ…どうゆうことだ?」

「見えた?」

 ハック兄はそのまま、俺を見る。

「ハハッ!おまえ裸じゃん」

 俺はそのままハック兄の手を取って、自分自身を見させた。

 ハック兄は驚いて

「ウォッ!」

 と大きな声を上げた。そして、ゆっくり石を目から外すと、

「こ、これ…いったい…?」

 興奮と驚き、動揺の入り混じった声で、俺に詰め寄って来た。


 俺は小さな声で、この石を見つけた経緯を話した。彼は、

「頼む!一日でいいから貸してくれ!」

 というので、仕方なく貸してやった。

 彼は一日中ソレで楽しんだようで、次の日

「ぜってー、この石のことは人に言うなよ!それと、学院には持って来るな。いいな!…見つかったら大変なことになるぞ」

 と俺に言い含めた。

 なんとなく、この石のことがバレたらマズイことになる気はしたので、それ以降、学院に持って行くのはやめた。

 家でも、父上にも知られたらいけない気がして、自分の机の引き出しの一番奥にそっと隠した。なんだか後ろめたさもあって、俺はこの石のことを、しばらく忘れていた。


 だが、そんなある日、コトは発覚した。

 八歳の妹が俺の部屋に入り込み、あの石を見つけてしまったのだ。


 その前に俺の家族について説明させてくれ。

 父上と俺は魔眼持ちだ。魔石の能力を感知かんちする目を持っている。これは生まれつきだ。父上も生まれた時から魔眼だったそうだ。

 魔石を見ると俺は左目、父上は右目が金色の輪に光る。兄上は魔眼を受け継がなかった。家系でもごくまれにしか出ないので、兄上の方が普通なのかもしれない。

 妹が生まれた時、俺はその目を見て少しがっかりした。妹の目が母や兄と同じ薄紫色だったからだ。妹は可愛いが、俺や父上と同じように、魔石を見る時の気持ちが共有できないのだと思うと、少し残念だった。


 ところが!この時はじめて妹の目が覚醒かくせいしたのだ。

 妹は無邪気にウレキ石で遊んでいて、

「はだか?みぃんな、おようふく着てない?へんな石」

 とつぶやいていたらしいが、たまたま早く帰って来た父上に見つかり、問いただされた。

「ごめんなさい。あたし、オリィ兄ちゃまのつくえ、開けちゃったの…そしたら、この石がゆらゆらして『みて、みて』って言うから…」


 父上はその日、学院まで迎えを寄越よこした。俺は強制帰宅させられ、父上の書斎に呼ばれて問い詰められた。

「オリヴィン・ユング。この石はどこで手に入れたのかな?」

 父上の声は静かだったが、威圧感があった。おれはゴクリとつばを飲み込んで、石を手に入れた経緯けいいを話した。

「それで、これを使ったのか?」と言われ、

 俺は観念して、学校や工房、街中でも使ったことを白状した。


「おまえは、ちょっとした悪戯心いたずらごころだったかもしれない。だが、相手のことを考えたか?お前のしたことは、人の尊厳そんげんいちじるしくおとしめる行為なのだぞ!」

 いつもは穏やかな父上が珍しく声をあらげて、俺はそこで何時間か説教をされた。俺は申し訳なさと己の愚かさに、大いに反省した。


 そのあとのことだ。

 妹のマイカがドアを開けて入って来た。最初は妹が俺をかばってくれるのではないかと思ったのだが、違った。

 妹は、書斎の上に置かれたウレキ石を手に取ると、ぎっと石をにらんだ。

 その瞬間、妹の両目に真っ赤なリングが浮かび、“バキッ”と音がして石が粉々に飛び散った。

 妹は粉々になった石をパッパッと手から払い落とすと、

「オリィ兄ちゃまのばか!えっち!」

 と怒鳴どなって、怒りながら書斎を出て行った。


 父上と俺はしばし呆然あぜんとしたが、内心『マイカにそんな力があったのか…』と驚いた。


 俺は謹慎きんしんさせられることになり、工房への出入りを差し止められ、それ以降『魔石交換会』にも行かなくなった。

 しばらくの間、うちの使用人たちの目も冷たかったし、マイカに至っては俺に対する態度がそこから変わってしまった。まあ、自業自得じごうじとくなんだが…


 これが、俺が『変態コレクター』と呼ばれることになった黒歴史である。

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