第6話 井出透の力

 中学校の門をくぐると井出透は心を閉ざした。できるだけ何も見ないように。音も景色も何も自分を刺激しないように。そんな彼に近づくものはいなかった。教室に入っても、それは同じで、自分の席までスッと人が開くように感じられた。ただ先ほど竿谷日向に言われたことが気にはなっていた。


 下駄箱のところで、竿谷日向は声を潜めていった。


「どうせあんたのことだから、気づいてもないんでしょうけど、ひーちゃん、クラスでいじめられてる」


「は?」


「あんた、ちょっとは守ってあげなよ。あんないい子なんだからさ」



 いじめね。吐き気がする、と井出透は舌打ちをした。「先生、なんか嫌なことがあったの?」「お腹、黒いもやがかかっているよ」「お腹に光の玉がある。赤ちゃん居るの?」そうやって、僕は大人から避けられるようになった。そして、だんだんとそれは子供にも伝播していった。「お空に龍が飛んでるっていうんだ。透君嘘つき」「公園には鎧を着た奴がいるから遊んじゃダメだって言う」そうやって、避けられるようになった。一貫して態度が変わらなかったのは竿谷日向だけだった。


「透が見える世界って私と違うんだー!すごい!綺麗?」


「綺麗なわけあるか!」


 そうやって、僕がいつも拗ねていたから、竿谷日向は井出透に見えないものの話を聞かなくなったけれど。でもこの町の高台にある神社は神様の力が強くて変なものを見なくてすんだ。だからいつも竿谷日向と井出透はその神社で遊んでいた。


 いじめね。見ようと思えば、すぐにわかるけれど。そう井出透は同じ服を着た学生たちを見る。目の前の学生を一人、そういう目で見てみた。赤い炎。ふうん、野球ね。一生懸命やってるじゃないか。止めとけ止めとけ。肩から血が出てる。もうすぐ終わりだ。すぐに窓の外を見る。井出透は空をよく見上げる。一番、綺麗で、一番見えてもどうでもいいからだ。やはり、人なんて見るもんじゃない。今日もできるだけ心を閉じて一日を過ごすことを目標にした。


 そんな井出透の心にも聞こえる声がしたのは昼休のことだった。


「ねえちょっと!!キモイとかいう奴の方がキモイって小学校で習わなかったんですかー!?」


 竿谷日向の声だった。昼休に雨洞氷雨を心配して、遊びに来ていた。雨洞氷雨は小さく席に座っている。井出透はため息をついて、雨洞氷雨の側に行く。近づくとノートにキモイやバカ、臭い、といった落書きがしてあった。稚拙。そう井出透は思った。文字に残っている執念から、井出透はすぐに犯人が分かった。黒板の隅でくすくす笑っている3人の女のところにまっすぐ井出透はいった。そのうち一人の元前に立って目を合わせる。


「お前だろ。あれ書いたの」


 名前なんて覚えていなかった。


「はあ?知らないし」


「証拠が残るいじめをするって頭悪いな」


「なにそれ、あんたキモイ」


 そう言いながら女子中学生は怯えていた。自分がそういう容貌だと透は十分熟知している。それに、井出透には武将の霊がついていた。それをどうすれば相手を怯えさせられるかも井出透はわかっている。まっすぐ女を見る。天性の人を集めるスター性の光。紫に輝く光が包み込んでいる。こいつ、将来女優になる。井出透は瞬時に理解した。そして、どす黒い気持ちが湧き上がる。なぜ、人を簡単に傷つけるような奴に、人がうらやむような未来が待っているのか。


「おい。覚えておけ。お前がどんなに幸せになろうが、金持ちになろうがお前の幸せを憎んで、いつでも壊せる奴がいるってことをな」


 だから、ありったけの言葉の呪いをかける。


「お前、将来女優になるよ。なったら、この言葉思い出すからな。人を傷つけたお前のその光は偽物だ。不幸になるぜ。楽しみだ」


 井出透が作りだした武将の霊が、彼女の後ろにいた守護霊を切り刻んだ。しかし、それは誰にも見えないことだった。


「透!」


 竿谷日向が僕の腕を掴む。


「もういいから、行こう」


 そういって、僕の手をひいた。

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