第5話 学校までの道のり

 雨洞氷雨は怯えていた。何せ、井出透は爬虫類顔の坊主で、ガタイがよく、教室で誰かと話しているところなんて見たこともない人物だったからだ。ただそんな様子も井出透は気にもしてないようだった。


「はよっす」


「おはようございます」


 挨拶されたことに雨洞氷雨は驚いた。


「で、誰?」


「あんたね、同じクラスでしょう。もう9月よ。ひーちゃん、雨洞氷雨ちゃん!」


「うどう、ひさめ?」


「そうよ」


「ひさめ、って氷の雨って書くの?」


「そうよ」


「ひでー親。どういう思いでそんな名前つけるんだか」


「ちょっと透!」


「そうなんです!」


 雨洞氷雨は放たれたように顔を上げた。


「ひでー、親、なんです、うち」


 そういうと井出透はなぜか微笑んだ。微笑むとやけに年上の人に見えた。


「俺も。透明の透でとおる、だよ。どんだけ消えてほしいんだって思う」


 言いながら、井出透も雨洞氷雨に驚いていた。あまりにも小さく美しいからだ。顔が整っているだけではなく、彼女の心には青く美しく光る何かがあって、それはサファイアに似ていると井出透は思った。


「ちょっとー、不幸自慢は止めてくれません?」


「自慢じゃねえよ。あほか」


「透も氷雨もきれいだよ。どっちも透明。透明ってさ、光ってことでしょう」


 こともなげに、日向は言った。


「…お前なぁ。どんだけ楽天家なんだよ」


 ふふ、っと雨洞氷雨は笑った。


「さっきの、井出さんの気持ちわかります」


「何?」


「日向ちゃんは眩しい」


 井出透はそっぽを向いた。日向は「何ー?照れてんの?」とにやにや井出透の顔を覗き込もうとしている。雨洞氷雨は胸をすく気持ちがしていた。


「って、こんなことしてる場合じゃない、二人とも徒歩なんだから早くいかないと遅刻するよ」


 そう言って、日向は自転車を漕ぎだした。


「お前なぁ!」


「待って、日向ちゃん!」


 二人は竿谷日向を追いかけた。どこにでもある海辺の町。並ぶ民家。ところどころの空き地。まだ青々としている遠くの山々。全てに光は注がれていた。


 


 

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