緊急7便:「―処理完了―」
場所は別の一空間へ。
そこは、侵外等の現着した現場より少し離れた宙空域。14号車の渥美等が向かった空域点であった。
そこに在るは、漂うは。小型から大型までの何隻もの宇宙艦艇。そしてその全ては傷つき、いや朽ち果てていた。
「――渥美さん」
その朽ち果てた宇宙艦船の内の一隻。おそらく指揮艦、旗艦と思しき超大型クラスの宇宙戦艦のそのブリッジ内で、身目の声で渥美を呼ぶ一言が響いた。
身目はブリッジと別区画を繋ぐ隔壁扉を潜り、ブリッジ内へ踏み入り歩み進む。その先にあるのは、ブリッジの中央で並ぶコンソールの一つに向かう、渥美の背中であった。
「生存者は――いえ、人の姿はありませんでした。隕石か何かの衝突跡も内外に多数、救難信号は誤作動の可能性があります」
その渥美の背に向けて、歩み近寄りながら伝える言葉を紡ぐ身目。
別の救難信号キャッチの知らせを受け、その発信源を調査すべくこの場へ現着した渥美等。しかし着いたこの場にあったのは、朽ち果て宇宙を漂い彷徨う、宇宙艦船の群れの姿であった。
そして調査の結果、そのいずれにも生存者はもとより人の姿は無かった。
「だろうね。放棄されて大分経過した艦隊みたいだし。タイプもここまで見て来た艦船とは違う。たぶん、過去に打ち捨てられた別のコミュニティの艦隊が、脅威生物の群れに押し流されてきたんだろうね」
身目の知らせの言葉を受けた渥美は、それに驚くでも無く予想道理と言うように返し。合わせて推察の言葉を紡ぐ。
明かしてしまえば、渥美の推察はその通りであり。
この場に漂う艦隊は、過去に別のどこかで打ち捨てられた艦隊が。今回のディマイズの群体の移動に巻き込まれ、ここまで押し流されてきたものであった。
この艦隊が放棄された理由は、またディマイズによるものか、はたまた別の理由があるのか。それもまた推測するしかなかったが。
「分駐(警察)さんは?」
「先に離脱して、侵外君等の方に合流に向かったよ」
「じゃあ私たちも離脱して向かいますか?」
渥美から、この場に一緒に現着した警察超空隊が先んじて離脱した事を知らされ。身目は自分等も離脱し、侵外等の現場へ合流する事を進言確認する。
「――なるほど。この艦は、
しかしその渥美はと言えば、身目の進言の言葉には返さずに。手元のコンソールを操作し目を落としながら、何かを呟いている。
「渥美さん?――っ!」
その渥美を訝しみ、再び名を呼び声を掛ける身目。
しかしその時、唐突な振動と音声が彼女に伝わり来た。それは今いるこの巨大宇宙戦艦が揺れ、何かが唸り起動するような音。
「えっ!主機が生きて……船が起動……!?」
それは艦が息を吹き返し、起動した音。それに気づき少し驚きながら、身目は渥美を再び見る。
「――もう1ゲーム、行けるみたいだね」
その渥美が発したのは、そんな一言。
「ッ!」
瞬間、身目は〝それ〟を感じ取り微かに目を剥いた。
渥美がその背中を見せながら発するは、異質なオーラ。何かとんでもない事を、しかし遊び感覚で思いついたような。嫌な、ろくでもない予感を訴えるオーラ。
普段温厚で飄々とした雰囲気人柄の厚みの、その異質な本質――
「――ボーナスステージ、開始だ――」
その渥美は、温厚で朗らかなその顔に。不敵で、楽しく手ごたえあるゲームにでも挑むような色で。
そんな一言を発した――
場所、宙域は侵外等の現場へ戻る。
「――接触のパイロットから、巡洋戦艦に生存者多数の申告。こちらは現在超空隊が救護措置中。巡洋戦艦は自力航行不可。現場空間周辺規制実施、どうぞ」
侵外は巡回車の開け放った助手席側ドアから、車内に上半身を突き込み。無線機の受話器を手に、言葉を紡ぎ管制への発報報告を行っている。
《――生存者多数で超空隊救護中、自力航行は不可、規制実施――了解です。こちら救難救急の出場入っております。さらにメンテ作業班再編成でフォールプラネットIC同軸を出発、所要20分。レッカー、グレートホールレッカーも出向、こちらは所要30分です。どうぞ》
管制からは報告を了解した旨が。続け合わせて救難隊に、メンテナンス作業班やレッカー会社等。巡洋戦艦の救助回収、他関係作業のために、各所から部隊やチームが発した旨が伝えられる。
侵外はそれを復唱し、了解した旨を返し通信を終える。
そして無線を切って置き、車内へ突き込んでいた上半身をまた出して、巡回車の周囲へと視線を向ける。
巡回車の周囲の一定範囲には、搭載器材である矢印版やカラーコーンが並び囲うように置かれていた。これ等もまた反射発光特性などにより、宇宙生物類を怯ませる効果を持った。さらに縦横、四方八方では放り込まれ炊かれたフレアが瞬き、またディマイズを威嚇している。
これ等の〝規制〟をもって、巡回車を中心に一定範囲の安全地帯確保が行われていた。
しかし宙空間の全周全方位カバーし切ることは流石に叶わず。そして威嚇効果への態勢はディマイズにも個体差異があるのか。
それを漏れて潜り、襲撃を仕掛けて来るディマイズが少なからずあった。
先程から侵外等は必要な行動作業と同時に、その襲撃を仕掛けて来たディマイズの排除に追われ。今も侵外の視線の先では、辻長が襲い来たディマイズ個体を迎撃する姿を見せていた。
その辻長の片手に見えるは、〝脅威生物捕縛棒〟。先端に特殊なワイヤーを装着し、それを持って脅威生物を捕まえ抑える器材。
それが、恐ろしいまでの姿で襲い来た巨大な、ディマイズ個体を、しかし見事に捕まえ括り上げ。そして辻長は、ミュータントである彼の特異な腕力をもって、ディマイズを抑え伏せて見せたのだ。
それでもなお、ディマイズ個体は凶暴な様子で藻掻いていたが、しかし最後にはその頭部らしき部位を辻長に踏み抜かれて沈黙した。
「辻長さん、メンテ及びレッカー出向だそうです。所要は20分と30分。救難も出場だそうですが、こちらは所要不明」
そのタイミングを見止めた所で、侵外はトランシーバーを用いて辻長に呼びかけ
先に管制より知らされた、各要項を告げる。
《――早くて20分か。ちょいと際どいかもしれんぞッ》
その報告に帰って来たのは、少し苦い色での辻長の言葉。
現場は今の所、サイレンや規制等。利用できる物のフル活用でどうにかディマイズの群れを遠ざけ退けてはいるが。それでもディマイズの数の暴力は侮れず、先行で応急現着した侵外等だけで長時間抑えきるには、難しいものがあったのだ。
そんな背景からの声を返した辻長は。しかし向こうでまた、襲い来た10m越えクラスのディマイズを、しかし繰り出したスコップで叩き殴り、退け吹っ飛ばす姿を見せる。
そのスコップに叩き殴られたディマイズ個体は、そのまま面白いまでに遥か彼方へと吹き飛ばされて行った。
《分駐さんの方は聞いてるか?》
「今さっき一回調整しました、巡洋戦艦周りの安全確保で生存者の救護中。後は応援来るまで維持するのが一杯と」
《似たようなモンか――了解ッ》
警察側の状況を合わせ侵外から聞いた辻長は、それに了解の声を返して。両者はやり取りを終えた。
《――あの、貴方……っ!》
直後入れ替わりに。侵外に効果の掛かった音声が掛かり、そして背後に大きな気配が立つ。
侵外が振り向けば、そこには人型戦闘機体が近づき在った。
その塗装は小隊長機のもの。開口された装甲から覗くキャノピーの向こうには、小隊長のパイロット少女――優未の姿が垣間見える。
さらにその背後両側には、彼女の機体を守る様に別の2機が――可憐とアリュジャの機体があった。
「パイロットさん。規制内とはいえ周囲は安全とは言い切れません、なるべく奥側に、巡洋戦艦の近くで待機していてください」
そんな彼女等を、その戦闘機体を見止めた侵外が、まず一番に淡々と安全指導の言葉を紡ぐ。
《しかし……抑えられてはいるようですが、ディマイズの脅威はまだ大きいと見えます!》
しかしそんな侵外の促しに、優未は険しい様相で訴えの言葉を寄こした。
《危機を救われておいた身での不躾を承知ですが……そちらも長くは持ちこたえられないように見えますわ……っ!》
《私達も戦います、何か力にならせてくださいっ!》
続け、可憐やアリュジャからも言葉が寄こされる。それは、今の周辺状況を見て察しての、彼女等からの進言のものであった。
「大丈夫、間もなく私等の応援が到着します。皆さんは心配なさらず」
彼女達は未だ脅威去らぬ状況に。そしてその最中で、自分等が力に慣れず守られるだけの形となっている事に、焦れもどかしく思っている様子であった。
そんな彼女達の心情に当たりをつけ、侵外は努めて落ち着いた。というより淡々とした言葉で、それを抑え説く台詞を紡ぐ。
《でも……――!貴方、後ろっ!》
それにそれでも食い下がろうと、言葉を紡ぎかけた優未。しかしその彼女が何かを見、別の警告の言葉を発し上げたのは瞬間。
見れば、侵外の背後すぐ傍には。今まさに侵外の背に飛び掛かり襲わんとする、小型のディマイズ個体があった。隙を突き潜り抜けて来たのであろうその個体の、軟体動物のような腕部の切っ先が、侵外向けて突き出される――
しかし、そのディマイズの個体の攻撃は空振りに終わる。
「――」
侵外は淡々とつまらぬ様子で。身体を半歩引いて捻る動きで、襲い来たディマイズの手を見事に回避して見せていた。
《!》
その動き様子に驚愕したのは優未達。
それをよそに、一方の侵外当人は差したことでもない様子で。
攻撃が空振りに終わり、攻撃目標を失い態勢を崩しつんのめったディマイズの。丁度位置まで下がったその頭部部位目掛けて、手にしていたバールの切っ先を叩き下ろした。
頭頂部を掻き貫かれたディマイズから悲鳴であろう鳴き声が上がり。そしてディマイズはそのまま侵外の手で押し伏せられ。さらに脚で踏み抜かれ、バールの切っ先を頭から抜かれ解放されると引き換えに、宙空間の下方へと蹴り飛ばされ退けられた。
「――失礼。支障は無いので安全な場所にいてください」
そんな姿様子を見せた侵外は、また淡々と優未達に向けて発し促す。
《……っ》
一方の優未達は。この世界の人類が辛酸を舐め続けた存在であるディマイズを、しかし淡々といとも容易く、それもその身一つで屠って見せた侵外の姿に。
驚愕と、畏怖の念すら覚え言葉を失う。
《……!――優未っ!レーダーがアンノウン反応をキャッチっ!》
しかし、少しの沈黙の後にそれを破り。少女達のうちのアリジャが声を上げたのはその時だった。
《銀河方位160!なにこれ……酷いノイズが……っ?》
彼女達の戦闘機体のレーダー機器が、何らかを捉えたのだろう。そして同時に聞こえるは何か狼狽える声。その示された方向を辿り、各戦闘機体は姿勢を変えて宙空間の上方向こうを見上げる。
《ぇ……》
そして聞こえ漏れたのは、スピーカーが拾った優未のほとんど呆けた色の驚きの声。
宙空間の上方その向こう、そこに見えたもの――
それは、瞬く星々の広がる大宇宙を背景に。降下、いや突っ込んで来る――超巨大宇宙戦艦の姿であった。
「あっちはスクランブルJCT方向――あぁッ」
その一方、背後で彼女達の視線方向を追いかけた侵外は。〝それ〟を見てその顔を、驚きと言うよりも面倒そうなものを見た様子で顰める。
《よぉ侵外ッ、アレってッ》
そこへトンランシーバーより辻長の呼びかけの声が響く。見れば向こうでは、辻長もまたディマイズを片手間に退けつつ、上方より降下して来る巨大宇宙戦艦を見上げている。
「えぇ――渥美さんでしょう」
それに侵外は、引き続きの顰めた顔で端的に答える。侵外等はその降下して来る巨大宇宙戦艦の、それの仕業の元凶に覚えが。
それが、自分等の上長の企みである事に察しを付けていた。
「縦交空間エネルギーが零れてるのが見える。たぶん直流させて暴走稼働させてる」
続け、遠目にも見える超巨大宇宙戦艦に零れ纏わりつくエネルギー流を見て。その状態を推察する言葉を零す侵外。
「ここを、綺麗さっぱり吹っ飛ばす気だ――」
そして、それの企み人たる渥美のその意図を。起こさんとする現象行動を、はっきりと口にして見せた。
《何よあれ、見た事のない艦影……どこの陣営の所属艦でもない……!》
《予測降下軌道はここっ!優未!》
《あんな……っ!?》
方や。その光景を前に驚愕の言葉を漏らし、狼狽えながら目を奪われていた彼女達。しかし直後に彼女達の乗る戦闘機体が、操縦桿を操作していないにもかかわらず予期せぬ動きに見舞われ。彼女達はまた驚き目を剥く。
「避難だ、避難しろッ!」
見れば、彼女達の戦闘機体は。知らぬ間に飛び来て目の前にあった辻長の、そのミュータント特有の腕に押され、強引に動かされていた。
《えっ、ちょ……!?》
「巡回車のフィールド内だッ、急ぐんだッ!」
唐突な事態に、また別の狼狽える声を漏らす彼女達。
だが辻長は構わず、有無を言わさず。宙空間の無重力と、管理隊制服や安全靴内臓のスラスター推力を利用して。自分より遥かに大きい人型戦闘機体を、しかしまとめて押して退かせ。巡回車の展開している抗生フィールドの範囲内へと押し込み避難させる。
「ッ――」
一方の侵外は。
またこのタイミングで襲い来た一体のディマイズを、しかしそれどころではないと片手間程度に蹴飛ばして退けながら。その印象の良くない人相を顰めつつ、制服の肩章から下がる私物の長距離観察スコープを構え覗き。そのレンズ越しに、拡大された超巨大宇宙戦艦のブリッジを見る。
その内に見えたのは――渥美の。自らの上の姿。
拡大されたその姿は、今の状況に全く似合わない朗らかな笑みを浮かべて。何か片手を翳してこちらに挨拶のようなジェスチャーを向けている。
「――侵外くーん」
その視認できる口の動きは、侵外の名をのんきなまでの様子で口にしていることが理解できる。
「――」
それを見た侵外は、スコープを降ろすと。最早驚きも億劫と言うような、疲れ呆れた顰めっ面でただそれを、渥美の乗る超巨大戦艦を見上げる。
「――誰も――あなたのスタンスにはついて行けませんよ――渥美さん――」
そしてそんな淡々と疲れたような、ある種で評するような言葉を。
背後で停車する巡回車が轟かせる、けたたましいサイレンに混ぜて侵外は紡いだ――
縦交空間からのエネルギーを、その許容量を無視して膨大に主機に流した超巨大宇宙戦艦は。その主機を暴走稼働させ、凄まじい超高速度で突き進んでいる。
そのブリッジ内には、操舵席で舵を掴み操る渥美の姿が在る。
彼の視界の端では、ブリッジの窓越しに銀河の星々や隕石片やデブリが流れていく。その動きから、そして艦の悲鳴のような振動からその凄まじい速度を感じながら、渥美は――
「は
は
は
―――」
その朗らかな顔に、心底面白そうな笑みを作り。笑い上げている。
その渥美の目に、侵外等の現場地点がすぐそこに迫り――そして――
――超巨大宇宙戦艦は、現場空間に突っ込み降着墜落。
巨大という言葉ですら生ぬるい、エネルギーの膨張崩壊による爆発と衝撃が。一帯のあらゆる全てを包み込んだ――
そのエネルギー膨張による一種の爆発衝撃は、巡洋戦艦のある現場宙空間一帯を綺麗なまでに包み込んだ。
一帯に蠢いていたディマイズの群体大群は、その大きさ種別を問わず。それに飲み込まれて、吹き飛び千切れる域を越えて、消滅して行く。
幸い、巡洋戦艦の周囲に限っては。巡回車や警察超空隊のパトカーの展開する抗生フィールドや、張られた規制のフィールド効果によってなんとか守られそれを凌いでいた。
「ッぉ――」
《っぅ……!》
しかしそれ消し切れぬ衝撃や振動がビリビリと伝わり来て。
巡回車の元では辻長が声を零しつつ身構え堪え。少女達はそれぞれの戦闘機体内で身を強張らせ目を瞑り、祈るまでの様相でそれを耐えている。
「ッァ――――」
そして抗生フィールドの範囲外。超巨大宇宙戦艦の降着、膨張炸裂地点では。
巻き起こるそれのほぼ中心点近くで、管理隊制服の抗生機構によりそれからなんとか守られつつ。
しかし伝わる衝撃を、規格外という言葉すら生ぬるいそれを五感で感じながら。
微かに自らの身を庇う姿勢で、迎え構えた侵外の姿があった。
その比類なき衝撃を体現する光景は、永遠に続くかと思われたが。その実数十秒程度の時間経過の後に、収まり引いてゆき。
それを感じ侵外が視線を上げれば、そこにディマイズの姿を消した、瞬く星々が向こうに見える宇宙が戻っていた。
その一点に。超巨大宇宙戦艦の降着膨張炸裂地点に。侵外は何かの認める。
それは何か大きな鋼製材質の塊。明かせばそれは、巨大宇宙戦艦の変わり果てた姿。その膨張により崩壊四散した破片塊の一部。
正確に言えば侵外の目を引いたのは、その破片塊の上に見える、濃い青を基調とした服装姿の人影――
「――気分爽快!」
そこに在ったのは。傾く破片塊の上にスライディングのような姿勢で座り、少しずれた管理隊の白いヘルメットを直しつつ。
そんな楽し気な台詞を一言発する、渥美の姿であった――
「――」
膨張爆発が引いて開けた宙空間を。顰め疲れた色を浮かべつつ侵外は飛び進んで、渥美の前へと降りて立った。
「――」
一方の渥美は、巨大宇宙戦艦その破片塊から滑り降りると、その侵外へ相対する。
「――いやぁ――」
そして。
「――宇宙戦艦を動かすのって、めちゃくちゃ大変だね!」
そして、その言葉道理。少し疲れたやれやれといった笑みで、侵外へ向けてそんな感想の言葉を発して見せた。
「――渥美さん、なにしてんですか」
一方、侵外は。呆れどこかまた少し疲れたような色で。そんな言葉を返す。
侵外のそれは尋ねる形のものであったが、実際の所侵外は尋ねるまでも無く、渥美の行動理由は理解していた。
渥美は。渥美という人は――こういうことをする人であった。
いい事を思いついたから。いいアイデアだと思ったから。果ては、少し楽しそうかもと思ったから。
そういった些細な、軽い思い付きで。
こういった想像の範疇を優に越える、とんでもない行動手段を、何の躊躇も無く取る人なのであった。
普段、管理隊の業務の中等では。朗らかで穏やかで、うるさい事を言わず後輩や部下に柔らかく接する人であったが。
その本質は、大分ぶっ飛んだそれを内に宿す人なのであった。
「うん。ちょっと面白い、良いアイデアかと思ってね」
案の定。渥美からはそれを証明するような、そんな言葉が返って来た。
「ボク等の方は行ってみたら、救難信号は誤作動でこの放棄された艦があっただけだったんだけど。これを使えば、面白いパフォーマンスプレイができると思いついてね」
「――」
続け渥美はその詳細を掻い摘んで説明して見せたが。侵外はその全てが「そんなこったろう」と予想の範疇であったため。上長のそれをすでに半分聞き流し、ただ呆れた視線で渥美を見ていた。
「ッ」
直後、その侵外の耳が聞きなれた音声を捉える。それはサイレン、巡回車が鳴らすそれであったが、その波長は今も背後で轟く侵外等の21号車のものとは波長がずれている。
その音源を辿り上方へ視線を向ければ、その向こうより別の巡回車――渥美等の巡回車14号車が。本来ならば渥美もそれに乗ってこの場に現れるべきそれが、こちらへ向かい進入して来る姿が見えた。
程なくして14号車は侵外等の傍まで停止して来て停車。
「――あ、渥美さん~~……っ」
そしてその運転席から、渥美の相方を務める身目が。どこか困った様子を少し見せながら降りて来た。
渥美のトンデモプランに付き合わされ、戸惑った果てに疲弊したのであろう。その様子の理由原因は想像に難くなかった。
「あぁ、身目君。巡回車任せちゃってゴメンね」
そんな身目のそれを知ってか知らず。渥美は14号車をここまで操縦し追いかけて来た身目に向けて、謝罪と感謝を交えた言葉を向ける。
「あ――もう一つゴメン。今から〝もう一ウェーブ〟来るよ」
それに続け合わせて。渥美がそんな伝える言葉を紡いだのは直後であった。
「――は?」
「え?」
それに侵外は。そしてちょうど駆け寄って来た身目は、それぞれ訝しみ、あるいは目を丸くして声を零す。
そして渥美の背後上方を見上げれば――そこに見えるは、無数の艦船の群れ。宇宙巡洋艦、宇宙駆逐艦、戦闘機体母艦、突撃艦、ets。いずれも今の巨大宇宙戦艦同様、放棄され朽ち果てていたそれ。
明かせばそれもまた。渥美が各艦船の自動航行機能を利用し仕組んだもの。
今先の膨張爆発で大まかには綺麗になった宙空間を。しかし徹底的に念入りに、散らばり残るディマイズの全てを消し去るべく。
宇宙艦船の成す、消滅を体現するための巨大な雨が、こちらへと降下突き進んで来る。
そして――
またも。そして単一であった先とは異なる、多数の艦船の膨張崩壊が成す、いくつもの巨大すぎる炸裂と衝撃が。空間一帯で巻き起こった。
「ッ――――」
それを周囲に感じつつ。侵外はまたも顔を顰めつつ、少し身を庇う姿勢でそれを構え堪えるハメになり。
「――あびゃー」
踏ん張り構えるのが遅れた身目は。
0ワ0――といった表情を作ってその衝撃派にちっこい体を持って行かれ。侵外の傍を抜けて背後へと吹っ飛ばされていった。
程なく、数十秒位程度の時間を要し。降り注いだ艦船群がその膨張により成した、無数の炸裂は順次収まりを見せて。
その開けた後には、周辺宙空一帯を埋め尽くしていたディマイズの群れは。その欠片一つ残す事無く消え去っていた。
「――ッ」
それを凌ぎ切り視線を上げ。侵外は顰めた顔で周囲へ視線を走らせ、それを掌握。
そして、再び視線を前に向ければ。そこには一人、変わらずの飄々とした様子で構える渥美の姿。
「最初はフォローだけで退屈な業務課と思ったけど――少し、充実感あったかもね」
渥美は、侵外へ向けたものか一人ごとかは知れないが。朗らかな少し楽し気な笑みを見せながら、そんな一言を紡いで見せる。
「――」
それに最早、言及し突っ込むのも億劫と言った様相で。侵外はただゲンナリした色で渥美を適当に見る。
「――あ」
その侵外は、直後にまた別の気配に気づいて。上方を見上げる。
その向こうに見えたものは、いくつもの赤や黄色の瞬き。そして微かに聞こえ届くサイレン。
救難救助隊。メンテナンス作業チームや、レッカー会社。要請した各所のそれぞれの車輛隊形が到着したのだ。
各それぞれの車輛隊形は、航空機編隊のように次々と侵外等の上方や周囲を飛び進み抜けてゆき。現場一帯の各所へと進入展開して行く。
「――ハ」
それらの到着を見て、侵外は少しだけ肩の力を抜いて。
「やれやれ」という様な、色々なものに向けた倦怠感ある顰めた顔色をまた造り。
そして皮肉気な声を一つ、吐いて見せた。
それから。
到着したメンテナンスチームにより大規模な安全空間確保のための規制が行われ。
その中で同時に、救難救助隊による巡洋戦艦マイムラの生存者の救助回収や。レッカー会社による巡洋戦艦そのものの改修作業が開始された。
「……」
その中の一角で。
優未達、戦闘機体の小隊の少女達は。確保された安全地帯内での避難待機の安全指導を受け。それに従い、最早、蚊帳の外といった様子でそれを見ていた。
生命維持の与圧フィールドが応急展開されたその一角で。駐機させたそれぞれの愛機から降りて、その傍で集い佇むパイロットの少女達。
「ん?アリュジャ?」
「どうしましたの?」
「あぁ、優未。これ……」
その中で小隊長の優未と、黒髪の少女の可憐は。親友のアリュジャがその囲いから外れ、何か足元に視線を落としている姿に気付いた。
「あぁ、二人とも。これ……」
そのアリュジャに近寄り伺う声を掛けると、アリュジャからはその足元にある何かを示す言葉と動きが返される。
「これって……」
そこにあったのは、何かの鋼製材質の破片。それは今先に宇宙艦船群の、その一つの果てた姿の一片であった。
そしてそこには、何かのエンブレムが描かれた形跡が見える。
「アリュヴェリアン帝国の紋章……!?まさか……!」
「うん、伝承上の帝国……その艦隊……」
言葉を交える二人。
その紋章は、遥か過去の時代に。果て無きまでの広大な宇宙銀河を支配して覇権を握っていたと謳われる、伝承上の巨大帝国のものであった。
それは実在するかどうかも疑われていた、お伽話の域であったもの。それが目の前に、それもこのような形で現れた事実に、優未は驚愕した。
「宇宙史上から消え去った理由はずっと謎だったけど……ディマイズに滅亡させられたんだ……」
「そんな……」
それはあまりにも驚愕な、宇宙史に残るレベルの真実であったが。
ここまで立て続いた、それを上回る驚愕を経験した彼女達は、すでに疲れ騒ぐ気力は無く。
その巨大帝国が、恐ろしき宇宙生物を前に儚く滅んでいた事実に。最早、静かな物悲しさを覚えるばかりであった。
「それを……あの人たちは……」
そして優未達が見るは。
そんな巨大な伝説の帝国さえも滅ぼした、強大な存在であるディマイズを。しかし、文字通り作業のそれで排除して見せ。
今もこの宙空間一帯の各所で急かしく動き、彼女達を守り、いや保護し。そして仲間を助け出さんと動いてくれている。
正体不明の――異質な存在の彼等。
「信じられないよね……」
「ああまでも簡単に……なにのわたくし達は……」
彼女達が、言葉通り必ずの死を覚悟して挑んだ恐るべき敵を。いとも容易く、いやそんな表現ですら足りない姿で退けて見せた彼等。
そんな姿を見せつけられてしまい、ならば己達のこれまではなんだったのか。
少女達は、大きすぎる無力感と悔しさに苛まれる。
「……いや、違う」
しかしそこで、優未が一言を紡ぐ。
「私達は彼等に繋がれたんだ。この世界に、宇宙に生きる者として、その明日を……」
続け紡ぐ優未。それは仲間に向けると同時に、失意の己を叱咤し震わせるもの。
「まずは、救われた武人としてすべきことが在る……!」
そして発すると、優未は踵を返し。その向こうに見える存在に向けて、進みだした。
侵外等は、展開された規制の範囲内で警戒監視の任に着いていた。
すでに主たる救助、回収行動の役割は到着した救難救助隊やメンテナンス作業班、レッカー会社の各隊各所に移り。
初動措置、及び安全域の確保が主たる役割である管理隊の役割は、今に在っては限定的なものになっていた。
「大丈夫でしたか?身目さん」
「ふげー……なんとか大丈夫でした……」
侵外は監視に着き、意識を周囲に保ちつつ。背後に言葉を飛ばす。
背後、巡回車の14号車の傍では。追加で必要な器材をラゲッジスペースより降ろす身目の姿。その身目からは作業動作をしつつも、そんな言葉が返ってくる。
侵外のそれは、先の膨張爆発の衝撃派で吹っ飛ばされた身目を気に掛けるもの。幸い彼女は吹っ飛ばされた先で少し宙を転がっただけで、大事は無かった。
ちなみに零れ話で。身目は侵外より管理隊隊員としてはわずかに先輩であったが。歳は侵外の方が上のため、互いに敬語で話し合う形に落ち着ている。
「よいしょっ。後どんくらいですかね?」
「さほどは、掛からないと見えますけど」
続け、現場の各所各作業の終了目安を推察する言葉を交わす両者。
少し離れた個所では、渥美と分駐(警察超空隊)の警察官の話し合っている姿様子が見える。各作業の終了を見越しての、現場解除離脱の算段を相談しているのであろう。
「――あの……っ!」
その様子に目を向けていた侵外に、背後より唐突に、透る呼びかけの声が掛かったのはその時であった。
「?」
心外が振り向けば、そこに在ったのは戦闘機体の小隊の。優未を筆頭とするパイロットの少女達であった。
「パイロットさん、どうされました」
あまり安全を確保した空間から動き回って欲しくは無いのだが。何か要望訴えがあるのなら聞かないわけには行かず、侵外は端的に言葉を返す。
「……皆さんに、感謝と敬意を!」
それに少女達の先頭に立つ優未は、そんな言葉を返す。
そして次に。優未始め小隊のパイロット少女達が見せたのは。一斉に姿勢を正し、その腕を掲げる動き。
彼女達は見せたのは、凛とし、精強さを感じさせる敬礼の動き。少女達のそれが、侵外に向けて捧げられたのだ。
「私達は絶望の淵に立たされ、明日を奪われかけていた……貴殿らは、そこに駆け付け私達を救い出し。命を、明日を、未来を繋いでくれた……」
少し急き、そして昂ぶった様子で。しかし凛とした通る声色で、言葉を紡ぎ伝える優未。
「その貴殿らに、感謝を……――!」
そしてまた感謝の意を表し。敬礼動作と合わせ、その凛とした瞳に敬意を込めて、優未は侵外を見つめる。
「――いいえ、とんでもない。皆さんがご無事でなによりです」
それを受けた侵外は、いつもと変わらぬ淡々とした言葉と動きで。
管理隊の職務の上で、利用者などとの接触の際に、決まり文句となっている一言を紡ぎ伝え。
そして礼節に則った端正な動きの、敬礼で答えて見せた――
――――――――――
作者の頭で渥美に佐藤さんのキャラが乗り移ったので、亜人のパk――パロをやりたくなった次第にごつ。
本編終了。後は最後に趣味とフェチズム詰め込んだおまけを載せて終わります。
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