緊急6便:「―指令脅威現着 調査開始―」

 次元断層亀裂の根本。その凶悪な引力に捕まえられないギリギリの距離の一点。そこに一隻の宇宙艦船があった。

 宇宙巡洋戦艦マイムラ。

 この世界宇宙のアキツ帝国の宇宙軍に所属する艦船。その艦歴は歴戦を誇る精鋭艦。

 ――しかし。そのマイムラは今や、見るにも難い痛ましい姿と成り果てていた。

 そのマイムラに群がるは、無数の大小のディマイズの群れ。

 大型の触手状のディマイズに船体に巻き付かれてその動きを奪われ、さらには中小のディマイズがそこかしこに張り付いている。

 そして露出し微かに見える船体には、痛ましい損傷の跡が無数に見える。その実、マイムラの主機はすでに破損沈黙して航行は不可能となり。主砲始め兵装もほとんどが動きを止め、わずか少数の砲銃座がか弱いまでの様子で動いているのみ。

 歴戦の精鋭艦は、しかし最早猛々しく振舞う事は叶わず、ディマイズの群れにその身を蹂躙されていた。



 そのマイムラの船体の側の一点。そこにわずかな動きが見える。

 そこにあるは、数機の人型戦闘機体の隊伍。それぞれは互いの背を守る隊形で、マイムラを、そして隊伍を包囲し迫るディマイズを相手取っている。

 それはマイムラの艦載する人型戦闘機体の小隊であった。

 そしてその実は、今やマイムラに残されたディマイズの群への最期の抵抗戦力。その小隊の各機は、持てる限りの火力をもってディマイズに必死に抗う様子を見せている。

 しかし、おびただしい数量で四方八方より迫るディマイズを前に。それが最早風前の灯である事は見るに明らかであった。


「ッ……!」


 その人型戦闘機体の小隊の内の一機。

 小隊長機であるそれのコックピットには、パイロットである一人の少女の姿が在った。

 凛とした顔立ちと瞳が目を引き、その体をパイロット用ボディスーツで包む美少女。歳は16~7、成人していないのは明らか。

 その彼女はスクリーンに映る、迫るディマイズの大群を見つめ。そしてそれに向けられた機体装備のブラスターに繋がるトリガーを、必死に引き続けてディマイズへの攻撃を行っていた。


《ヒメザクラ5、残弾僅か!》

《ヒメザクラ4、バイルバンカーがジャム!誰か、誰か援護してっ!》

《ヒメザクラ9!だめ……防ぎ切れないよぉ……っ!》


 そんな彼女の耳に、コックピットに立て続けに響くは、小隊各機からの通信音声。

 それはいずれも高く透る少女のもの。この小隊は、その実は人類の危機を前にした大規模徴収の一環で学徒動員された、少女達で構成されるものなのであった。

 そしてその小隊の少女達から届くは、いずれも悲鳴に近いそれ。

 小隊はディマイズの群れに包囲され、今やすでに間近まで迫られ。旗色は絶望的であったのだ。


「くっ……!」


 仲間のそれを聞き、苦い声を漏らしながらも。彼女はトリガーを引きブラスターを撃ち続ける。

 しかし、ディマイズは人類の兵器の攻撃を物ともしない。必死の攻撃も、ディマイズを僅かに煩わしく思わせる、申し訳程度にすら程遠いものとしかなっていなかった。


《ヒメザクラ2より1!優未すぐみ、限界よ!》


 そんな所へ、彼女のすぐ左側でスクリーンが一つ投影され。同時に言葉が響く。

 そこに映ったのは、パイロット用ボディスーツを纏う黒髪の美少女。そして少女は、彼女を優未と呼んだ。

 黒髪の少女は、彼女改め優未の小隊の二番機パイロット。そして優未の親友でもあった。

 その親友からの通信は、この場を持ちこたえる事が限界である事を訴えるもの。


《ヒメザクラ3より1!皆もう弾もエネルギーも僅かだよ!優未、離脱の判断を!》


 続け、優未の右手にもスクリーンが投影され、今度はセミショートの少女が映りその声が響く。彼女もまた優未の親友であり、そしてその親友からは離脱の決断を求める訴えが来る。


「だめよ、艦長達を見捨ててはいけない!それにもう……」


 しかし優未はそれを拒否する。実は背後の巡洋戦艦マイムラには、艦長始め乗組員達が負傷し取り残されているのだ。それを見捨てて行くことはできない。

 そして加えて言えば。すでに艦と正体はディマイズの大群にほぼ完全に包囲され、退路は断たれていたのだ。


「可憐、アリュジャ、諦めないで!きっと救難信号を受け取ってくれてる。艦隊が助けに来てくれる!」


 優未は親友二人の名を呼び。そしてそう訴え、鼓舞する言葉を上げる。それは小隊長として、仲間に希望を与えるべく発した物。

 もちろん、優未も他の二人も分かっていた。それが、儚く薄い望みである事を。


「信じて……覚悟を決めろ!」


 そして。優未は凛としてしかし猛々しい声色で。訴え命ずる声を張り上げる。


《!……えぇ、了解!》

《……オッケー》


 それを受け。可憐とアリュジャもそれぞれ、スクリーンの向こうで覚悟を決めた笑みを浮かべ、了解の言葉を返す。

 三人の操る戦闘機体は、それぞれが互いの背を守る様に組み。

 憎むべき人類の敵を相手に、最期まで戦う覚悟を決め。その恐るべき存在を見据え、今、推して参らんと意思を通わせた――


 ――そんな彼女達の耳が、異質な音声を。そして光景を見たのはその瞬間だった。


「――?」


 唐突に割り込んだ、そして視界に映ったそれに。優未は決めていた覚悟をしかし解かれ、そしてスクリーン越しに上方を見る。

 それは、背を守り合う可憐やアリュジャも同じ。


「――え?」 


 そして優未は、彼女達は目を剥き。思わずの呆けた様な声を漏らしてしまった。

 

 彼女達の視線の先、上方に見えたのは。

 その宙空間一帯を隙間なく埋め尽くしていたはずのディマイズが。その大群が波でも引くように四方八方へ退いてゆき、その向こうに広大なる銀河の景色が戻る様子。



 そして――その露になった銀河を背景に。

 赤色警光灯を煌々と瞬かせ、サイレンをけたたましく轟かせて。

 こちらに向けて降下進入して来る、パトロールカーの隊形の様子であった――




 時間は数十秒遡る。


「――ッ。発見ッ、次元断層亀裂の根本ッ」


 ディマイズの撃ち上げる高エネルギー光線の防空砲火を、潜り押し退け抉じ開けて降下進入する最中の。振動で揺れる巡回車の車内で。

 侵外が腕を突き出し指差し示す動きと合わせ、知らせる声を発し上げたのはその瞬間であった。

 指差し示された先。宇宙空間を埋め尽くし蠢くディマイズの大群の中の一点に、微かに異なる光景物体が見える。

 それこそ、救難信号を発して来た巡洋戦艦マイムラであった。


「確認。進入するぞ、サイレンを」


 侵外の知らせに一言答えた辻長は。続け行動と指示の言葉を伝え返す。

 それを聞くが早いか、侵外は指し示すために突き出した腕をスライドさせ。ダッシュボード中央に装備された操作計器のボタンの一つを押し。


 ――けたたましいサイレンが、車外装備の拡声器から轟き始めた。


 さらに巡回車の後方からも、また別のサイレン音が響き始める。後続の警察超空隊のパンダと覆面パトカーも、それぞれがサイレンを起動し轟かせ始めたのだ。

 それぞれのサイレンを混じり合わせ轟かせ。

 未だ止まぬどころか苛烈の一途をたどる高エネルギー光線の砲火を、抉じ開け降下突き進み。

 宙空間を埋め尽くし密集するディマイズの大群を、その塊を。ついに降下進行方向の目と鼻の先に捉えた。


 ――驚くべき光景が巻き起こったのは、その瞬間だ。


 何者にも止める事などできず、立ちはだかる全てを喰らい飲み込む。恐れなど知らぬ、そして恐るべき存在であるはずのディマイズが。

 巡回車とパトカーの隊形が迫った途端。まるで波が引くように、群衆が慄くように、蜘蛛の子が散る様に、ワッと引き退き空間を作ったのだ。


 明かしてしまおう。これは、巡回車やパトカーが轟かせるサイレンの効果にある。

 超空空間や異空間での活動を前提とする管理隊や警察超空隊は、その超空空間や異空間に生息する脅威的な生物存在等を扱い、必要とあっては排除処理する事も前提としている。

 そのための装備機構の一つが巡回車等のサイレン。サイレンはそういった脅威生物の危機感や本能的恐怖を促す、一種の波長を発する効果を備え。

 それが今、こうしてディマイズにも作用し慄かせ。密集する恐怖の群衆塊を、抉じ開けて見せたのだ。


「進入経路ヨシ」


 その驚愕驚異の光景を。しかし侵外は巡回車内で淡々と見止め、そして指差喚呼を行いながら確認の言葉を発する。


「了解、進入するッ」


 それに辻長は答え、そして足元のアクセルを必要な分踏み込む。その意思に呼応し巡回車は速度を上げ、ディマイズの群れが退きできた空間開口部へと、降下し飛び込んだ。

 後続の警察超空隊パトカーも順次それに続く。

 ディマイズの群体はサイレンのその効果を受け、巡回車とパトカーの隊形が押し進み踏み込む先から、四方八方へと慄くように引いて退いていく。

 そしてついにディマイズの群体は縦貫され、ディマイズが退いて開けた前方に空間広がり、巡回車とパトカーの隊形はそこへと抜け出た。


「うっお――」


 抜けた先で真っ先に視界に飛び込んで来た光景に、辻長は声を零す。

 そこに在ったのは巨大な巡洋戦艦が、しかし傷つき力なく浮遊鎮座し。そして様々な大きさ種類のディマイズに巻き付かれ、まとい張り付かれ動きを奪われた姿であった。


「厄介そうだな」


 その凄まじい光景に、しかし辻長は顔を顰めつつも、発したのはそんなやれやれと言ったような一言。


ふねのやや後ろ側面、動き」


 さらにそこへ、侵外が前方を指さしながら淡々と伝える声を上げる。

 示されたのは巡洋戦艦の側の一点。そこにはディマイズに包囲され、あと一息で押し潰されてしまわん様子の。しかし必死の様子で抵抗戦闘を行っている人型戦闘機体の隊伍があった。


「あれもギリだなッ」


 侵外に示し伝えたそれを見て、その際どい状況に、辻長はまた厄介さを表す声を上げる。


《――管理隊さんッ、戦闘機動機の方、任せていいですかッ?》


 そこへ後方より、効果の掛かりそして少し急く色の音声が聞こえ来る。続く警察超空隊のパンダからの呼びかけだ。それは視認確認した状況の内、戦闘機体の方へ向かうことをこちら――管理隊に任せたい旨を伝え確認するもの。


「了解、こっちでやります」


 侵外はすぐさま手元のソケットからマイクを取って振り向き、パトカーを見ながら拡声器に声を乗せて、了解の旨を答える。

 その回答に、後続パンダの助手席に見える警官はジェスチャーを見せると。

 直後に後続のパンダと覆面パトカーの2台は尖る機動でバンク。ディマイズに捕まえられた巡洋戦艦本体へ向かい当たるのだろう、離脱して行った。

 それを見送り視線を前方へ戻せば、こちらに割り当てられた現場――包囲される戦闘機体の隊伍は、すぐそこまで迫っていた。


「進入――間もなく停車――」


 辻長は言葉を零しながら、ハンドルやアクセルブレーキを操り速度や進路を調整し、巡回車を現場へと進入させる。

 現れた巡回車のまたサイレンの効果により、戦闘機体の隊伍を囲い襲い迫っていたディマイズの一群は。まるで飛び上がり慄き、蜘蛛の子のようにまた散っていく。


《恐れ入ります、火器の投射を控えてくださーいッ。脅威生物はこちらで抑えます、当たりますッ、そちらは火器の投射を控えてくださーいッ》


 一方の侵外は、ディマイズの群れが戦闘機体の隊伍から引きはがれたのを視認しつつ。そんな旨を伝えるマイク広報を行っている。

 巡回車の接近に伴い、無用な衝突や危険要素を排するために、戦闘機体の隊伍にその火器の投射を停止することを告げるものだ。

 最も、巡回車の抗生フィールド始め各機構や、車体そのものの素材は。超空空間での超常現象にも耐えうることを想定して作られているため、そこまでの支障は無いのだが。


《間もなく止まりまーす、止まりまーすッ》


 間もなく進入停車する事を伝えるマイク広報を行いつつ。

警光灯類、標識の点灯表示操作。後席へ振り向き腕を突き込み、そこからハンドフラッシュを取って装備する等。

 降車に備えた動きを、少しを急かしい様子で行っている。

 そしてその急かしい動きを車内で進めつつ。巡回車は辻長の操縦操作で、滑らかな減速で現場へ進入。

 ディマイズが退けられ掃け、少し開けた空間で。戦闘機体の隊伍の目の前で、停車配置を完了した。


「おっしゃ、行くぞッ」


 停車完了から間髪入れずに。

 運転席の辻長は、ギアパーキングやサイドブレーキなどの停止措置操作を行い。後席からフレアの入ったバッグを取り寄せる動きを見せる。

 一方の侵外は、それを傍目に一瞬だけ見て。それから助手席側ドアの窓より外部の安全を、また一瞬で素早く確認。そしてドアを開け放ち降車、宇宙空間へと繰り出した。


 最早説明の必要もないかもしれないが。侵外等の着用する管理隊の制服もまた、その顔などを露出する外観に反し。着用者を特殊なフィールドを張る事で守る生命維持機構を備え、超空空間や異空、宇宙空間での活動を可能としていた。


 車内より繰り出した侵外は、ドアを開けた際にそのドアポケットより取った2本のフレアを手にし。巡回車より離れ少しの空間距離を飛び駆ける。

 そして移動しつつ、フレアの1本を〝着火〟。移動の先に巡回車より少し離れた位置に着くと同時に、そのフレアを低くスイングする動きで、その前方へと滑らせるように投擲した。

 フレアは滑り放り投下された先で、独特の眩い発光を始める。これは事故や故障の対応の際に、その視認性により規制を実施する事を主たる目的とするものだが。同時にその特異な発光は脅威的な宇宙生物を怯ませ阻み、それを抑制する効果目的を有するものでもあった。

 侵外は立て続けに、2本目のフレアを滑らせ投擲。

 それぞれのフレアの発光を前に、近場に散らばり残っていた中小のディマイズが、怯み退く姿を見せる。

 ――グオ、と。

 それを視認していた侵外に影が差し、そして側方背後に大きな気配が差したのはその時だ。

 そこに在ったのは、一体のディマイズの巨体。

 軟体の触手が集合し、何かの蟲のような形を形成した嫌悪感を煽る姿の一個体。その体長は10mは近い、しかしディマイズの中ではまだ小型レベルのそれ。

 サイレンや発炎筒にも臆さぬ気質を持つのか、はたまた逃げ遅れたのかは皆目不明だが。その個体は現れた侵外を見止め、その空いた側方を隙と見て襲い掛かって来たのだ。

 次にはその太く巨大な触手が薙ぎ振るうように突き出され、その切っ先が侵外目掛けて強襲する――


 ――しかし。


 そのディマイズ個体の突き出した触手は、虚しく空を切った。

 そこに狙ったはずの侵外の身は無い。

 なぜなら、侵外はディマイズの攻撃が届く直前に。片脚を軸に身を捻り引き、ディマイズの攻撃を紙一重の差で回避していたのだから。


「――」


 回避の姿勢の侵外。その顔に見せる色は、淡々とそしてつまらなそうな顔。

 ――直後、侵外の体がその場から消えた――否、飛んだのだ。

 攻撃を見事回避して見せた侵外は、そこから間髪入れずにディマイズへと飛び肉薄。その懐へと潜り込んでいた。そして――



 ――グシャ。



 と。音の響かない宇宙空間で、しかし嫌な肉の音がありありと聞こえてきそうな光景が体現される。

 そこには、体をくの字に曲げるといった表現が絶妙に合う程に。その体の中心に強烈な打撃を受け、嘔吐き声の聞こえてきそうなまでの苦節の態勢で、宙に吹っ飛ぶディマイズ個体の姿が見えた。

 その延長線を辿れば、そこにはそれを成した主。侵外の、見事なまでの流線の態勢で、蹴りを放った姿が在った。

 そしてディマイズは悲鳴でも聞こえてきそうな藻掻きを見せながら、空間の遥か向こうへと吹っ飛ばされて見えなくなった。


「ビビらせるな」


 超常的なムーヴで、ディマイズを遥か彼方へと蹴飛ばし退けて見せた侵外は。一言を台詞に反した淡々したまるで驚いていない様子で零しながら、蹴りの態勢から復帰する。


「過激な歓迎だことッ」


 そんな侵外に、背後よりそんな軽口交じりの声が飛び来る。

 侵外が身を捻り視線をやれば。巡回車の傍でその後部ドアを開け放ち、ラゲッジスペースに搭載された装備を引っ張り出している辻長の姿が見えた。


「ホレ、持っとけッ」


 その辻長は何かを滑り放り渡して来た。それは搭載装備の一つであるバールだ。護身装備として持っておけと言うことらしい。

 侵外は滑り放られて来たそれを、片手で器用に受け取る。


「こっちは〝張っとく〟から、行って来てくれッ」


 続けスコップなどの工具装備を引っ張り出しつつ。後方、戦闘機体の隊伍が居る方向を、顎でしゃくり示す辻長。


「了解、頼みます。調べてきます」


 それを受けた侵外は、その指示に端的に返すと。

 身を翻しそして戦闘機体の隊伍へ向けて、宙空間を飛んだ。




 周辺の安全確保の役割を辻長に任せ、侵外は戦闘機体の隊伍へ向かって宙空間を飛ぶ。

 そして見える戦闘機体の中から塗装の毛色の少し違う機体を、おそらく隊伍の長の機体だろうと推測し。

 制服や安全靴に備わるアシストスラスターを吹かし、その近場へと一気に飛ぶ。

 近づいてくる侵外に向こうも気づき、そして異質なその姿や不明な正体に、警戒や戸惑いを抱いたのだろう。戦闘機体の各機はそれぞれたじろぎ身構える動きを見せる。

 侵外はそれに構わず、スラスターの推進で一気に戦闘機体の内の一機へと接近。その懐へと踏み込み、そしてその間近で速度を落して器用に停止した。

 侵外は、先日同種の戦闘機体を回収した記憶経験から、人型を模す機体のその胸部にコックピットが在る事を思い返しつつ。その突き出した形状の胸部の正面やや横に取りつき、その装甲をコンコンとノックする。

 一拍の間を置き、それに呼応するように。装甲の一部が切り取られるようにスライドし解放。風防、キャノピーの役割を成す透明の素材越しに、内部のコックピットの様子が。そしてそこに座す、凛とした容姿の少女パイロットの姿が見えた。


「パイロットさん、失礼します。管理隊――軌道パトロールの者です」


 その見えた少女に向けて、手を翳しつつ。また淡々とした声色で、自らの身分を名乗る侵外。

 音声の本来伝わらない宇宙空間であるが、侵外の声はヘルメットに内蔵される特殊なスピーカーにより。宇宙空間を、そして戦闘機体の装甲を越えて、パイロットの彼女に伝わっているはずであった。


《――……っ……あなたは、一体……?》


 そんな呼びかけた彼女から返るは、おそらく戦闘機体にも内外を伝えるスピーカー機能があるのだろう、それを通した効果の掛かった声。

 そしてキャノピー越しに見える彼女の幼さを残すも美麗な顔には、しかし困惑の警戒の色が浮かんでいる。


《あなたは――この前のっ……!?》


 しかし直後。彼女の困惑や謎に。侵外に代わって横から答える声が響いた。

 侵外とパイロットの少女がそれぞれ視線を移せば、そこには近くまで寄って来た別の戦闘機体。そして装甲窓を開いたキャノピーの向こうには、驚きの色に顔を染めた別の少女の姿が見える。


《やっぱり……別の宇宙のパトロール隊の隊員さん!》


 続け発するその少女。

 その少女こそ――先日、超空軌道で侵外等が回収した戦闘機体で発見され、そして侵外等が一時救命を行うことになった生存者の少女であった。


《それって……前に他の宇宙に迷い込んだアリュジャを救ったって言う……?》


 それにさらに割り込む声。また別報を見れば三機目の戦闘機体が近くに在り、その開かれた装甲窓からは、訝しむ顔色の黒髪の少女の顔が微かに見えた。


《まさか……》


 親友二人の言葉を聞き留めた最初のパイロットの少女もまた。侵外の正体が明確になり、それにまた別種の驚きの色を見せて言葉を零す。


「パイロットさん、詳しくは後程ご説明します」


 しかしそんな少女達をよそに。侵外は今はそれは優先事項では無いと、そんな説明の言葉を淡々と告げる。


「まずはお怪我をしている方。他、早急な救助が必要な方がいたら教えてください――」


 そして自分等の――管理隊の遂行すべき任務をまず成すべく。パイロットの少女に向けて問いかける言葉を発した――

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