緊急4便:「―指令入電 緊急便移行―」

 その、憎むべくそして恐るべき存在である、人類の敵たるディマイズ達が。しかし淡々とした作業手順で排除されてゆく、信じられぬ光景を。

 後方に布陣した艦隊の各艦は、それに乗るこの世界の軍人達は。最早呆気に取られるレベルすら通り越し、誰も彼もが唯々視線を持って行かれていた。



 「なんということだ……」


 この世界の人類艦隊の総旗艦、超巨大航宙空母ユニティでは。

 艦隊提督が無意識の言葉を漏らし、そして乗組員の誰もが。宇宙空間が自動車隊形の行動により綺麗になっていく光景に、目をただ釘付けにしていた。



「嘘だろ……」


 艦隊から離れた、ある宙域では。

 あるその重巡洋艦の艦内で、若く猛々しい容姿の艦長が、また思わず言葉を上げていた。

 彼の目を奪うは、重巡洋艦ブリッジ内のモニター。それに移るは違わずの、宇宙空間が正体不明の自動車隊形により、綺麗になっていく光景。

 実は艦長の彼は、己の部隊を率いて一刻も早く艦隊へと合流を急ぐ身であったのだが。つい今まで〝ある者〟等にそれを阻害され足止めを受け、憤慨していたのであった。

 しかし今は、その怒りも忘れモニターに齧りついている。


「〝あいつ等〟は、一体……」


 そこで艦長は、その〝ある者〟等の存在を再び脳裏に浮かべ、言葉を漏らす。


 実を明かせば。その宙域空間は、超空軌道と通常宇宙を繋ぐアクセス口である、超空軌道のインターチェンジ施設の一角。

 その敷地空域内で停船支持を受け、留められていた重巡洋艦のブリッジより、艦長は艦橋窓越しに眼下を見る。

 そこには自分達をこの場に押し留めた者等――



 ――超空軌道パトロール会社に編成される、〝車限隊〟の隊員の姿が。

 今回の大規模業務展開にあたり、本来の車限取締業務の域を越えて、応援として駆け付けた彼等の姿が在った。



 また別方の宙域。

 そこでは艦隊主力を助けるための、別働機動戦を担う予定であった、駆逐艦の一隊が停泊している。


「そんなことが……?」


 その隊指揮艦のブリッジで、艦長である青年がまた声を漏らす。青年艦長達が見るは、やはりモニターが映し出す、前方の宇宙空間での〝作業〟の光景。

 それに驚愕すら越える感情を抱きつつ、青年艦長はその視線を、艦橋窓越しの眼下の先へと向ける。

 ――そこに在るは、バイク。

 ボディを黄色で塗装し、装備した赤色灯を煌々と輝かせる自動二輪車。そしてそれに跨りないし前に立ち、駆逐艦に停止を促すジェスチャーを向ける、青い制服を纏う人――隊員。



 彼等は、首星系軌道管理隊の編成する、オートバイによるパトロール部隊――通称、〝黄バイ隊〟。



 ディマイズの大群に向けて、決死の覚悟を決めていざ突貫せんとする駆逐艦隊のその前に。二台の黄バイは甲高いサイレンを響かせながら、突如として駆逐艦隊の前に追いつき追い越し現れ。

 その前に立ちはだかり、停止の要請を示して来たのだ。

 最初は、いや今も青年艦長達はその光景を信じ切れてはいないが、その理由に在って驚愕と共に理解した。


「彼等は……?」


 ある種、決死の筋書きから己達を救ってくれた謎のバイク乗り等。青年艦長はその正体の推察もままならないまま、ただその姿に視線を送る。

 その先、宇宙空間の一点に。

 バイクの前に立ってジェスチャーを送り、「すいませんね、ご協力を」とでも言う様な姿様子を見せる隊員の姿がまた見えた。




 アキツ帝国の超巨大戦艦アマテラスのブリッジでも、驚愕の空気は同様でそして引き続いていた。

 しかしようやく乗組員達の意識は少しだが現実へと引き戻され、ブリッジ内はそれぞれの声でざわつき始めている。

 そんな乗組員達をよそに、艦外では時折。応援なのかさらなる各種自動車の隊形が、艦隊を縫い抜け追い越し、前方へと飛び駆けて行く。


「彼等は、一体……」


 アマテラスの艦長も、驚愕が未だ占める頭をどうにか働かせ。考察、推測をなんとか脳裏で組み立てようとしていた。


「――艦長!」


 しかしそれを遮る様に、端から艦長を呼ぶ声が掛かったのはその時であった。


「!、少尉?」


 声を辿り横を向き、そこに立っていたのは一人の士官。士官はこの連合艦隊の各艦の連携、連絡調整等の役割を担う連絡将校だ。


「ッ?……少尉、そちらは?」


 艦長は直後すぐに、その連絡将校の隣に、見慣れぬもう一人の人物が立っている事に気付いた。

 穏やかな顔立ち外観の中年男性。しかし目を引くはその服装。

 緑色や蛍光シルバーのラインが要所に入ったYシャツに、同じくラインの入る淡いグレーのズボン。見るに、何らかの組織の職員の制服。

 決して派手なものではない

 しかし、軍服や宇宙艦乗組員用のボディスーツを纏う者が全てであるこのアマテラスのブリッジ内で。その人物の姿服装は逆に非常に目立っていた。


「えぇ、こちらは……ええと……」


 尋ねた艦長の言葉に連絡将校は返そうとしたが。しかし将校自身も戸惑い理解がしきれていないのか、その口からは言いよどむ声が漏れる。


「失礼――初めまして、突然の事でまずはご無礼をお詫びします」


 そんな将校を見てそれをフォローするためか。その何かの職員と思しき男性は、一歩前に出てまずそんな詫びる言葉を紡いだ。


「私は超空空間軌道管理会社の者で、ヴォイドフィールド管理事務所の織屋おやと申します」


 そして続けその男性は自らの名を、その所属組織らしきものと一緒に名乗る。


「超……空……?」

「会社……?」


 そんな織屋の名乗りを聞き、反応の声が上がったのはブリッジの各所から。見ればブリッジの乗組員達はその多くが振り向き織屋を見つめ、そして今に織屋が紡いだ各ワードの不可解さに、一層のざわつく様子を見せていた。


「……不躾を承知で、まず一番に尋ねさせて欲しい。あなたは……あれ等の関係者なのか?」


 艦長も心情は乗組員等とまったく同じであった。

 そして艦長は、名乗りや前置きといった類のものを失礼を承知の上で、しかし今は所ではないと省略。そしてまず何よりも先に知りたい物事を尋ねる言葉を、率直にその織屋へとぶつけた。


「はい。私が、今回の業務計画の代表担当を務めさせてもらっています」


 その質問に対して織屋は、口にした通りの業務的な色のそれで。しかし肯定のものである言葉を返して見せた。


「そちら方の外交省や交通省始め、関係各方とのコンタクトからご連絡お約束等を急がせていただいていたのですが――こちら現場への知らせが届くのが、遅くなってしまいまして申し訳ありません」


 続け織屋は、艦隊と彼等との接触の上で。何か彼等の側ではそれに不手際が生じていたらしい事を説明し、それへの謝罪の言葉を紡ぐ。

 もっとも艦長達からすれば、目の前の驚愕の光景に全てをもっていかれ、それを気にするどころではなかったが。


「織屋殿と言いましたか……あなたは、いや……」


 最初のその説明を聞いた艦長は、さらにそこから尋ねる言葉を返そうとしたが。しかしどこから、何から回答を求めれば良いのかその選択に迷い、続く言葉を途切れさせてしまう。


「……ッ!艦長!」


 そこへ割り入るように。艦橋要員の女士官から、何か驚く様子での声が来たのはその時であった。


「救難信号をキャッチ!これは、嘘……巡洋戦艦マイムラからのものですっ!」


 続け。コンソールに剥く目を落としながら、強く発し上げられた女士官の言葉。

 それに、艦長始めブリッジ内の乗組員達は。それまでとはまた別種の驚きに包まれ、そして騒めきを始めた。




 視点は艦隊。そして作業を進行中の、各車両チームからなる作業隊形の上方側方。そこで隊形を組んで飛び――いや走行する、管理隊巡回車と超空隊(警察)パトカーの隊形へ再び。

 内のヴォイドフィールド21の車内。


「――メンテ作業1陣、フォールプラネットIC同軸点まで作業進行。メンテ作業2陣の6隊着、作業開始――」


 助手席で侵外は、窓越しの眼下のメンテ隊の作業進行の様子を見つつ。同時に手にしている携帯端末に視線を落とし、何かの文言を呟きながら、急かしく携帯端末の画面をタップしている。

 侵外の手にする携帯端末は、管理隊の巡回業務の際の記録を行うための、パトロール・レコードアプリが入っている。侵外はそれをもって現在の宇宙生物排除業務の進行状況等、業務中の詳細事項を記録に取っている最中なのであった。

 眼下の宇宙空間では、作業チームの増援第2陣が到着して展開作業範囲がより縦横に広域に広がり。それに伴い記録も煩雑なものとなっていた。


「追い付いてるか?」

「全部メモに取ってます、後からどうとでも」


 運転席の辻長から、記録行為が現状に追いついているかを心配する声が来る。それに問題ない旨を返す侵外。侵外は端末入力と合わせて、バインダーに急かしくメモ書きを走らせている。

 ――その扱う端末が、軽快な電子音の音楽を。電話機能の着信音を響かせたのはその時であった。

 起動していたレコードアプリに割り込み、携帯端末の画面に映るは《アーマ管制本部》の文字。その表示の通り、アーマ管制から何かの要件で電話が掛って来たのだ。

 さらに言えば、電話が来るときは無線通信での端的なやり取りでは伝えきれない。厄介な案件が来ることがたびたびある。


「――お疲れ様です。ヴォイドフィールド21、乗務員侵外と申します」


 すかさず電話の着信アイコンをタップして電話に出て、巡回車乗務中の名乗り文句を紡ぐ侵外。


《――お疲れ様です。アーマ管制の杉敷すぎしきと申しますー》

「お疲れ様です」


 電話からはアーマ管制の管制職員の挨拶と名乗りの言葉が流れ聞こえてきて。侵外も再び流れでそれに答え反す。

 そして管制職員の言葉は、次にはすぐさま本題に移った。


《すみません。向こう世界の戦艦を尋ねている担当課長経由で、一件案件が入りまして――どうにも排除指定生物の群れの奥のほうに、艦船と生存者が残されているらしいんですよ》

「艦艇と生存者ですか?」


 管制職員の言葉は、内容を最低限に要約したそれ。それに対して侵外は、通話相手への確認と、隣の辻長にも内容が伝わる様に、要所を復唱する。


《はい。偵察に出て一度音信が途絶えたものだそうなんですが、救難信号をキャッチしたと。どうにも近くに次元特異点があって、その影響で指定排除生物の密が薄くて、まだ無事かもしれないとのことです》


 管制職員からはさらに詳しくを伝える言葉が続く。


《そちら、ヴォイドフィールド隊は迎撃遊撃の担当でしたよね?今、14の方や超空隊(警察)にも連絡して、調整進めてるんですけれども。すみません、そちら緊急で向かっていただけますか?》


 管制職員からのそんな要請の言葉。向こうも少し忙しいのだろう、電話の向こうに雑多な別の声や電話のコール音等が零れ聞こえて来る。


「了解です。位置と、艦種や生存者の人数詳細は?」


 聞かれはしたが、結局これは業務だ。別の案件処理中で向かう事が不可能なら別だが、手隙の現在、行かない選択肢はない。

 侵外は要請を了解。そして足元のグローブボックスからバインダーを取って寄せ、メモの準備をしながら管制に詳細を尋ねる。


《位置情報はヴォイドフィールド管区の177ブロック、上り1327万キロポスト、1200キロ付近と同次元軸だそうです。艦種は巡洋戦艦、生存者は現在はまだ不明です》


 管制職員からは、超空軌道の位置情報とこの宇宙を比べ合わせて推測した、その生存艦の位置情報が。そして艦種の詳細と、生存員数は不明である旨が寄こされる。


「――上り1327万、1200と同軸。巡洋戦艦で人数不明――了解です。当局、別隊と一緒に向かいます」


 侵外はまた情報を復唱しながら、メモ書きを同時に走らせ。それから了解する旨を電話に返す。


《現在メンテも再編成抽出で出向準備中、レッカーも調整してます。これは追って連絡しますので、貴局は先行で調査願います》

「了解です」

《ではお願いします、失礼しますー――》


 最後に管制職員はメンテ作業班やレッカー等も向かうために準備中である事を伝え。そして要請の言葉を再度告げる。

 そして侵外の再びの了解の言葉を聞くと、願う言葉を紡いで向こう側で通話を終了した。


「よく生き残ってたな」


 通話を終了して侵外が携帯端末を離した所で、運転席の辻長からそんな感心のような色の言葉が来る。

 案件の詳細は侵外の復唱の言葉と、零れ聞こえ来る管制職員の電話音声を聞き、辻長も同時に掌握していた。その上で、排除指定生物の群れの奥で生き残っているという、その巡洋戦艦と生存者への率直な感想の言葉であった。


「運がいいのか、なんなのか」


 それに答えてか、侵外は淡々と紡ぐ。


《――侵外くん取れるー?》


 その時。今度はまた別の効果の掛かった音声が車内で響いた。その発生源は、侵外が身に着けるトランシーバーだ。

 これは管理隊が現場で相方との連携連絡を取る際に使用するものであり。時には近くにいる別の巡回車との連絡にも活用されるものだ。

 そして今その活用方法として。斜め先を行く巡回車の14号車から通信が寄こされたのだ。

 どこか柔らかいその声は、他ならぬ渥美のもの。


「どうぞ」

《そっちにも管制から電話来た?》

「来ました。177ブロック、上りの1327万で巡洋戦艦」


 続き渥美から問いかけられた確認の言葉に、侵外はもたらされた情報の復唱をもって肯定の意を返す。


《同じだね、了解》


 受け取った案件に相違無い事を確認した渥美は、了解の返事を返し通信を終える。


《――管理隊さん。巡洋戦艦の救難信号の件、受けてますかー?》


 そこへ間髪入れずに入れ替わりに、今度は巡回車の後方より効果の掛かった大きな音声が届く。それは今組む隊形後続の、警察超空隊パトカーからの拡声器を用いた呼びかけの音声。警察のほうでも同一案件を受け取ったのだろう、それを確認するための呼びかけだ。

 同時に振り向けば、後続3代目のパンダ(パトカー)の内部から、前方を示すジェスチャーを寄こす警官の姿が見える。管理隊と警察間では無線始め通信手段関係は共通ではないため、各調整等にはこういった直接的なやり取りが必要であった。

 血侵はすかさず、今度は巡回車搭載の拡声器に繋がるマイクをソケットより取る。


「受けてます。今から2台で向かいます」


 そして声を拡声器の効果に乗せて車外へ響かせ。端的に、行程とこれよりの行動を返し伝える侵外。


《了解です、こちらも3台このまま向かいます》


 パトカーからもそれに答え、同じく行動指針を伝える音声が響き返る。

 侵外はそれに手を翳すジェスチャーで返し、視線を前方へと戻す。そして見れば、前方を行く渥美等の14号車が、ちょうど速度を上げ始めた所であった。

 侵外等の21も、辻長のアクセル操作で速度を上げてそれに続く。さらに後続のパンダと覆面パトカーも同様。


「緊急移行しないと――」


 侵外は緊急急行開始に伴う記録入力を、バインダーに現在情報のメモを走らせつつ、携帯端末に記録を始める。

 そんな血侵等の。5台からなる隊形はその形を維持したまま速度を上げ。眼下に大規模に展開した作業チーム陣を眼下に見つつ、それを追い越し。

 指令の無事であるらしい巡洋戦艦を目指し、宇宙を駆け抜け始めた――

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