TURN3 ネガ・ライトの一日

 ヒカル扮するネガ・ライトとの激闘の末、アンジェリカ謹製の毒に侵され昏倒したヒーロー四名。彼らがヴィラン支援機構・ブラックマインドの遠隔操縦する無人ヘリコプターに運搬されていくのを、ヒカルとアンジェリカは見送っていた。

「組織から指示された作戦にブラックマインドが口出しして一悶着あった時はどうなるかと思ったけど、うまくいくもんだねえ」

「アンジェリカの作った薬のおかげで、四対一でもどうにかなった。ありがとう」

「動体視力の向上を目的としたあの薬でしょ? 元々常人を超える身体能力を持つヒカルが、ネガ・ライトのパワードスーツによる上乗せでフィジカルは充分だしね。アプローチするならそっちかなって。あ、副作用とかある?」

「副作用というより、連続使用が可能かどうかが気になるな。長期戦になった時に動体視力が落ちたら隙に繋がる」

「ご意見感謝っと。それにしても、ヒーローどもを殺さず生け捕りにしてこいなんて。民間人を襲わせるように洗脳するため再教育センター送りにするなんて……ブラックマインドもなかなかやることがえげつないね」

「アイデア自体はアンジェリカのものだろう。僕のネガ・チェンバーに入れた毒を作ってヒーロー四人を無力化させたのも君の努力の賜物だ」

「そりゃあ気張るでしょ。ヒーローどもを見返すためならさ。だって連中、自分たちが理解できないものを排除して、それで正義の御旗を掲げるような反吐が出るようなやつらだし」

 今でもはらわたが煮えくり返る、と言いたげな声色で怨嗟の念を口にするアンジェリカにヒカルが釘を刺した。

「ヒーローもヴィランも、僕には関係ない。僕は君の願いを叶えたい……それだけ。だが、だからといって三徹がまかり通るわけではない」

「うう……反省してまーす……」

「では、帰還しよう」




 拠点である研究室に戻って仮眠をとったヒカルとアンジェリカは、街に繰り出していた。作戦前からアンジェリカが『デートに行きたい』と駄々をこねていたのを、ヒカルが叶えている形になる。

 オフィスカジュアル風味の美男子と、中性的な赤毛の美少女が並んで街路を闊歩すれば、嫌でも視線を集める。だがアンジェリカはそれが誇らしかった。内心ではバディであるヒカルのことを彼氏として扱っており、自分の彼氏が黄色い声と視線の的になるのは気分がいいという単純な思考からくる心理だった。肝心のヒカルに性別の概念はないが、アンジェリカにとってはそういうことはさほど問題ではない。

 実際のところ、アンジェリカに向けられる視線も女性からのものが多数を占めており、ヒカル諸共逆ナンしてしまおうかとすら考える邪なものも混ざっているのだが。

 そんなことも露知らず、食の好き嫌いがほぼ子供の頃から変化していない偏食家のアンジェリカのためにヒカルが選んだ店で昼食を済ませてさあ次はどこへ行こうかと話し合っていた二人に、青味がかった銀髪の美少女が声をかける。

「アンジー! こんなところにいたんだ!」

「……アンジェリカ、知り合いか?」

「私の知り合いにこんな娘はいないが」

 ましてやボディーガードまで連れている知り合いなんて、とアンジェリカは付け加えた。それに憤慨した美少女は抗議の声をあげる。

「私だよアンジー! リーゼロッテ!」

「リーゼロッテ……リーゼロッテ・ラース・エイルルだと!? エイルル帝国のお飾り第二皇女がなんで日本に!?」

「私が知りたいよ」

「なんで私のこと知らないなんてひどいこと言うのアンジー確かにアンジーは控えめな性格だから恥ずかしいのかもしれないけどアンジーは私のお嫁さんなんだよ恋のABCは一通り済ませたんだよなのにどうして知り合いじゃないとか言うのひどいよアンジーそれに隣にいる男は誰なのもしかしてそいつのせいでアンジーが私のこと知らんぷりしたんだ許せない許せない許せない!」

 言うが早いか青味がかった銀髪の美少女、リーゼロッテ・ラース・エイルルが帯剣していた剣を抜き放った。同時にボディーガード二名も懐から拳銃を取り出して構える。銃口の先はリーゼロッテの剣先と同様にヒカルに向けられていた。

 アンジェリカはリーゼロッテの構えた剣を一目見て驚愕した。

「それ、エイルル帝国の国宝の魔剣じゃん! マジでリーゼロッテか!」

「アンジー、前みたいに私のことはリゼって呼んでよ! 褥を温め合う時みたいな低くて優しくて甘い声色で!」

「アンジェリカ、デートは中断だ! 逃げるぞ!」

 ヒカルはアンジェリカを米俵のように抱きかかえながら左前腕にネガ・アガトラムを装備した。変身はせず、銃弾や斬撃を捌ければいいという判断によるものだった。加えて、往来のど真ん中で変身して正体が露見するのは是が非でも避けたい事態である。

 ボディーガードたちの放つ銃弾を鉤爪でパリィしつつ、ヒカルは垂直に跳躍した。蛙が潰れたかのような声がアンジェリカの喉から漏れるのも構わず、リーゼロッテの魔剣から放たれた飛翔する斬撃を鉤爪で受け止める。手近なビルの屋上に着地したヒカルはパルクールに酷似した軽やかな動きで追跡を開始したリーゼロッテたちから逃れるべく走り始めた。

 リーゼロッテたちとの間に遮蔽物を挟みながら逃走するヒカルだが、地上からリーゼロッテが放ってくる飛翔する斬撃がそれらを障子紙のように容易く破砕し、自動小銃に持ち替えたボディーガードたちによる弾幕への対処まで迫られるのはなかなかに堪える。

 その時である!

 ヒカルに米俵のように抱きかかえられたアンジェリカが錬金術の術式を起動! ビルの屋上の貯水槽の金属部分を分解し金属製障壁として再構築したのだ!

 障壁が飛翔する斬撃の直撃を耐えたところで、アンジェリカは続け様に術式を起動し、ヒカルとアンジェリカの身体は光の粒子となってかき消えた。

 二発目の飛翔する斬撃の直撃に耐え切れず障壁が破砕される頃には、リーゼロッテが追跡していた二人の姿は影も形もなかった。




 アンジェリカ謹製転移術式により難を逃れた二人は、どっと溢れ出た疲労感に苛まれながら研究室横の仮眠室でぐったりしていた。

 理由は言うまでもなくリーゼロッテによる追走劇にあった。

「なんだよあの第二皇女……コワ〜……」

「アンジェリカが間一髪で術式コンボをキメなかったら僕もどうなるかわからなかった。なんだあの鬼気迫るクレイジーロイヤルレズは」

「そんなの私が聞きたいわ! だいたい私独身だし、エイルル帝国出身だけど皇女サマどころか宮廷錬金術師長サマにお近づきになれるほどの身空じゃあなかったし」

 アンジェリカの供述を聞き思案したヒカルは、携帯端末を起動する。

「……ブラックマインド応答せよ。こちらヴィランランク126位、識別名ネガ・ライト。ヒーローランカーの検索をしたい」

『ヴィランランク126位、識別名ネガ・ライトを認証。貴方の帰還を歓迎します。検索ワードを入力してください、ヒーロー支援機構ホワイトマインドへの照会を行います』

「リーゼロッテ・ラース・エイルル、もしくはその周辺人物がヒーローランカーにいないか?」

『…………検索が完了しました。リーゼロッテ・ラース・エイルルはヒーローランカーではありません』

「あの強さで?」

『リーゼロッテ・ラース・エイルルの周辺人物には該当者が二名存在します。一人目はヒーローランク元1位、識別名ユースティティア・ラース・エイルル。二人目はヒーローランク現1位、識別名ルルアルケ・ラース・エイルル。エイルル帝国がホワイトマインドへの政治的干渉や支援金交渉の末にこの二名による決闘が行われ、その結果ユースティティア・ラース・エイルルは落命しランク1位の座をルルアルケ・ラース・エイルルが継承しました』

「あー……あったねえそんなこと」

「何があったんだ?」

「ホワイトマインドはヒーロー支援機構なんだけど、内部では種族差別が横行していて、人間種以外が上位ランカーになれないどころかヒーロー同士で亜人種やら異形種やらを迫害するっていう吐き気がする内情なのさ。で、エイルル帝国は人間種が国家元首の多種族融和政策を推している国家ながらホワイトマインドに国家予算のいくらかを支援金として送っていて。そりゃあもう国内では反発の嵐。これを打開しようとしてルルアルケ皇帝陛下は実姉にしてトップランカーのユースティティア第一皇女殿下に喧嘩を売ったのよ。自分が負ければ国家予算の二割にまで支援金の額を上げるけど、勝てばトップランカーの座を寄越せって。結果的に姉殺しの末にトップランカーの座を奪って発言権を強化したり、一緒に来た元ランク2位が側近の護衛騎士に殺されて同じくランクを奪われたりして、ホワイトマインド内部の差別解消が始まりつつあるってカンジ」

『ヒーローランク2位、識別名クロノ・サレナは竜人系統の異形種です。現在活動休止中のヴィランランク1位、識別名幽世歩きもまたルルアルケ・ラース・エイルルの腹心であることを考慮すると、我々からホワイトマインドへと影響力を移行させているというのが現状可能な推測です』

「ああ、あの天使サマか。今の日本の国家元首に力奪われて行方不明なんだっけ」

『識別名幽世歩きですが、我々でも所在を確認できません。基礎的な身体能力で人間種に勝る亜人種や異形種がヒーローとしてランクを上げていく可能性が生まれたホワイトマインドに対し、我々は危機感を抱いています』

「……なるほど、そこで僕がブラックマインドに贔屓されるわけか」

『いくらヴィランランク1位の識別名幽世歩きが不在でも、その代わりとなりうるヴィランがいれば問題ありませんので。貴方たちには期待しています』

「期待されるのは嬉しいんだけど、あのじゃじゃ馬姫がヒーローでも何でもないのに私のこと追いかけ回してきそうなのがなあ……」

 溜息と共に困惑を露わにするアンジェリカに、ヒカルは一つの推測を披露した。

「アレの言動はどうあれ、アンジェリカをヒーロー側に引き抜くつもりなのかもしれない。アンジェリカはリーゼロッテをお飾りと言っていたが、エイルル帝国は今ホワイトマインドに肩入れし始めているんだろう? その状況ならエイルル帝国のアンジェリカほどの逸材は欲しいはず。フワ・インダストリーズの人工ヴィラン製造計画出身の僕が邪魔者なのも筋が通る。ヒーローランカーではないのが引っかかるが」

「……つまり、なんだ? 私をあの反吐が出る連中に鞍替えさせたいのか? あのお飾り皇女は」

「アンジェリカを抱きかかえて逃げる僕を殺そうとする勢いで攻撃してきたんだ、よほど欲しいんだろうな」

「そんなことで私たちのデート台無しにされたのかよ! 許せねえよなあ!」

『ブラックマインドは全てのヴィランを支援しています。今回捕縛したヒーロー四名を動員した作戦への参加もよろしくお願いします。それでは』

 憤慨するアンジェリカの扱いをヒカルに押し付けるように、ブラックマインドは通信を切断した。

 ぷんすかとオノマトペが浮かぶ様が見えそうな怒り方をするアンジェリカへのケアの言葉を、ヒカルは絞り出すのに四苦八苦することになる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る