TURN2 それぞれの事情

 エイルル帝国。国外には『最高最善最大最強の絶対支配者であらせられる至高の御方、エイルル帝国第66代皇帝ルルアルケ・ラース・エイルル陛下が統治なされる、甘い蜜に浸して満たしたかのような国。国民は種族によって差別されず、等しく皇帝陛下の子として愛され、史上最も幸福な楽園で暮らします』という胡乱な惹句を喧伝する多種族国家である。

 ユーラシア大陸北方の大部分を領地とし、国是に反する勢力は国家が相手であろうと戦争を行う血の気の多い政策をとるこの国の上位階級の中でも穏健なことで知られる第二皇女。名はリーゼロッテ・ラース・エイルル。プラチナのセミロングヘアをなびかせ、部下から受けた報告を咀嚼し、確認のために彼女は復唱した。

「アンジェリカがエイルル帝国郊外にて出現したというのは、どれほどの精度の情報ですか」

「エイルル帝国出身の複数のヴィランから、ヴィラン支援機構・ブラックマインドを通じて確認をとりました。なんでも郊外でアンデッドの軍勢を従えるヴィランの粛清のために派遣されたとのことで」

「アーシルが死んだのはアンジェリカの仕業ってこと……?」

「バッファローの頭蓋骨を仮面代わりにしたパワードスーツの者……識別名ネガ・ライトなる者が直接手を下し、アーシルは討ち取られました。ネガ・ライトはアンジェリカ様を含めた二人組のヴィランとしてブラックマインドのヴィランランキングに登録されているところまでは確認がとれましたが、そこから先は……」

 リーゼロッテは宮廷錬金術師長ワイズマン・プライドからの要請により結成された部隊『アンジェリカ捜索隊』の最高責任者としての地位を戴いている。リーゼロッテにとってアンジェリカは伴侶であり、ワイズマンにとって彼女は高い技能を誇る錬金術師として重用していたため、政権内部でも発言力のある二人の目的は一致し、現在に至るまで突如としてエイルル帝国から煙のように消えたアンジェリカを探し回ってきた。

 失踪したアンジェリカの初めての手がかりが前述したアーシル戦での目撃情報であり、ヴィラン経由でブラックマインドから流れてきたアンジェリカのヴィランとしての活動報告であった。

 現在、エイルル帝国はヒーロー支援機構・ホワイトマインドに国家予算の1割を提供して支援している。第二皇女の伴侶がその敵対勢力の尖兵として領土の均衡に現れたというのは、政治的に危険な状況と言えよう。

 エイルル帝国を統治する現代の皇帝ルルアルケはリーゼロッテの妹……つまり第三皇女として生を受けたのだが、十歳の誕生日に一目惚れしてきた厄災級の竜人を従えてクーデターを引き起こし、先代皇帝と第一および第二皇子を暗殺して玉座を簒奪した経緯を持つ。そんな血の気の多いルルアルケが姉を放置しているのはワイズマンがアンジェリカの楔としてリーゼロッテに利用価値があると説き伏せたからであり、もしアンジェリカの現状がルルアルケに伝わればリーゼロッテの失脚は不可避の事態になるだろう。最悪、落命もありうる。アンジェリカも同様だ。

 溜息を吐いたリーゼロッテを見かねたのか、同席していたワイズマンが挙手した。

「傲慢卿、何か意見が?」

「アンジェリカの現在の動向がわかったことで、私の個人的な人脈で彼女の拠点をある程度まで割り出せそうです。もちろん、皇帝陛下に内密で」

「それは信頼できる情報源なのですか?」

「ヴィランランク9位、識別名ライカ・フワですよ。一桁ランカーならば下位ランカーの素性を探るのも容易い……そういう風にできていますので。ホワイトマインドも、ブラックマインドも」

「待ってください! ライカ・フワは200年前の人間ですよ!?」

「もちろん別人ですよ。ただ、フワ姓を騙るだけあってフワ・インダストリーズと関わりの深いヴィランですが」

 爆弾発言に苦言を呈そうとしたリーゼロッテを片手で制し、ワイズマンはタブレットの通話アプリを起動した。

「聞こえますかライカ、こちらはワイズマン・プライドです。少々尋ねたいことがありまして」

『唐突に僕に連絡をしてくると思えば……皇帝陛下のおチビちゃんには聞かれていないよね』

「もちろんです。お尋ねしたいことというのは、識別名ネガ・ライトというヴィラン二人組の片割れ、アンジェリカという女性の所在についてなのですが」

『ブラックマインド経由でアーシル消してこいって言って本当に潰してきた子らかー……アンジェリカは日本の首都、東京都を拠点にしているね。それ以上のことは僕は知らないし、僕からブラックマインドに要請してもいい返事は返ってこないだろうけど』

「それで充分です。ありがとうございます。ではこれで」

 ワイズマンは通話アプリを切りざまにリーゼロッテに声をかけた。

「とのことですので、第二皇女殿下には東京に行っていただきたく」

「言われなくてもそのつもりです!」

 食い気味のリーゼロッテの反応を見て、ワイズマンは内心ほくそ笑んだ。

 アンジェリカ失踪の真相がなんであれ、リーゼロッテは是が非でも彼女を連れ戻したいはず。必要な情報を与えれば、このじゃじゃ馬姫は勝手に事を起こす。この際、ワイズマンはリーゼロッテの身に何があろうとアンジェリカの身柄さえ手元に戻ればそれでいいのだ。リーゼロッテの起こしたゴタゴタに乗じてブラックマインドのランキング登録も抹消できれば上々だが、ワイズマンもそこまでは期待していない。

 ほどなくして、リーゼロッテは護衛を連れて東京へと出立する準備を始めるのだった。




 一方その頃、エイルル帝国の帝城・玉座の間ではというと。

「愚姉の嫁……アンジェリカとか言ったな。それがブラックマインドの尖兵になっているだと? それはつまり、朕が臣民の不満を抑えて国庫から支援金を出してやってるホワイトマインドと敵対しているとでも?」

「話せば長くなる上に冗長になるけど深い事情があるんだよ、陛下」

 身長140センチの黒髪黒目の幼女、ルルアルケ・ラース・エイルルがライカ・フワからの密告を受けて渋面を作っていた。

 エイルル帝国は、ヒーロー支援機構ホワイトマインド内部ランキングの大多数が人間種で構成され、それ以外の種族……主にエイルル帝国出身者の扱いが軽んじられている現状を打開する目的で決して安くない額の国家予算を割り振っていた。それを嘲笑うようなことをするエイルル帝国の有名人がいるとあらば、精神的に未成熟なルルアルケでなくとも機嫌を損ねるだろう。おまけにその原因が『話せば長くなる』の一言で濁されればなおのこと。

 これ以上ルルアルケの機嫌を悪くするのは得策ではないと悟ったライカは一応の補足を試みる。

「僕がこの姿にされたことに関連する案件ではあるよ」

「それは真か?」

「アンジェリカ捜索隊が陛下の承認なしに結成されたのも、その首謀者である傲慢卿が僕にアンジェリカの居所を吐かせようとしたのも、まあそういうことなので」

「ああもう! 能力だけは高いのに人間性に難がある連中ばかりではないか! 朕の腹心どもは!」

「とりあえず、このことは内密に。傲慢卿はアンジェリカさえ回収できれば第二皇女殿下がどうなろうとどうでもいいとか考えてそうな感じだから、ここでアンジェリカを始末するとかそういう、僕から流れた情報を元にした行動を起こしたら傲慢卿に反逆されかねないだろうし。あいつ、リーゼロッテを捜索隊の最高責任者にして色々誤魔化してるつもりだから、しばらくは放置が安定択だね」

「あの錬金術狂いめ……」

 超常的技術力で人間種ながら数世紀の永い時を生きるワイズマンは、それに比例するように錬金術によってエイルル帝国を支えてきた。それを失うのは国力低下に直結するので、ただでさえ渋そうなルルアルケの顔がより渋くなった。

 報告は終わったから僕は日本に戻るよ、とライカは手をひらひらと揺らして背を向ける。

「ところで……力を失ったせいで礼儀というものも落としてきたのか? うぬは?」

「まさか! 今の僕はヴィランのライカ・フワ。表向きにはエイルル帝国とギスギスのフワ・インダストリーズの飼い犬。そこの裏側で陛下の飼い犬やってることが表沙汰になると困るからね、わざとこういう態度でいるわけさ」

「うぬは天使系異形種であろうが」

「言葉の綾ってやつだよ」

 じゃあね、と言ってライカの姿が光の粒子となってかき消えた。

 残されたルルアルケは深い深い溜息を吐く。次勧誘する直属の部下は性格面も考慮しようと改めて決意したのだった。




 ヴィラン支援機構ブラックマインドが設けたヴィランランキング内で内輪揉めや情報漏洩が発生するように、ヒーロー支援機構ホワイトマインドが設けたヒーローランキング内でも色々起こっていた。

 エイルル帝国出身のヴィランが同郷のヒーローに説得されてヒーローへと鞍替えし、正義や民草の安寧のために日々戦う……そんな事例もある程度には。

 場所は日本海の海岸線に接する、とある港町。猛禽類系大型錬金生物が漁船に乗り込もうとしていた船乗りたちを襲撃していた。

 ヒーロー支援機構ならびにヴィラン支援機構が設立されて以来ありふれた光景であるが、日々を生きる人々にとっては生命の危機であることに変わりない。当然、現場へヒーローが急行していた。

「こちらウィング・ロロ! ターゲットまで距離1000! 戦闘形態への移行の許可を求む!」

『こちらラピス。猛禽類型生物を確認、戦闘形態への移行を許可します。今度こそ周辺への被害は出さないようにお願いします』

「わーかってる! わかってるって! ブルームスティック、戦闘用飛行翼へ変形! 続いてマジカルステッキをアックスモードへ変形! 魔法少女ウィング・ロロ、バトルモード!」

 箒型高速移動機構に跨り、衝撃波を発生させながら現着したヒーローことウィング・ロロは箒を天使を彷彿とさせる翼へと変形させ、携帯していたステッキを身の丈ほどもある両刃の斧として構え、そのまま大上段から猛禽類型生物に刃を振り下ろした。猛禽類型生物は急速接近してきたウィング・ロロを察知して回避行動をとろうとするも、左翼を暴力的に切り落とされて苦悶の鳴き声をあげながら墜落。漁港の駐車場に墜落した猛禽類型生物は、ウィング・ロロによる二の太刀にしては乱雑な一撃で首を刎ねられて沈黙する最期を迎えた。

「ふいー! これにて一件落着!」

『こちらラピス。漁港関係者の死傷者はゼロですが、駐車場に停められた車が複数台ほどロロさんの一撃の余波で中波したことを確認しました。確かに以前よりかは軽微な被害ですが、始末書は不可避ですよ?』

「お説教より先に労ってよ~ラピス~」

 ほどなくしてこの港町の住民たちに囲まれて感謝の念を向けられるウィング・ロロ。彼女こそが、元ヴィランのバーサーク・ロロとして活動していたヒーローである。




 拠点に帰還したロロは、涙目になりながら始末書を書いていた。オペレーターにして自身がヒーローへ鞍替えするきっかけになったヒーロー、オーダー・ラピスことラピスに手伝ってもらいながら。

 ある程度始末書が書きあがったところで、雑談感覚でロロが話題を振る。

「それにしても最近多いよね、大型錬金生物による襲撃」

「確かに多いですね。大斧を扱うロロさんが相手にする分には対処しやすいんですが、他のヒーローの方々だと手に余るケースもありますし困ったものです」

「なんだっけ……ナントカ・ブライト? の工房のシンボルが入っているとかで騒ぎにもなっているし」

「ワイズマン・プライドですよロロさん。ワイズマンはエイルル帝国の宮廷錬金術師長で、国家錬金術師から数多くの弟子をとってチームとしてまとめています。チーム名・賢者の子供たちの紋章が大型錬金生物の残骸に刻まれていて、被害を受けた各国から関係性について糾弾されていますが、まあ冤罪でしょう」

「ただでさえ戦争をあっちこっちでやって敵の多いエイルル帝国が、これ以上敵を増やすのバカだもんね~」

「それで、始末書は書き終わりましたか?」

「あとちょっとが思いつかないよ~助けてラピス~」

 普段からこんな具合に年上とは思えない言動の多いロロだが、いざという時には『頼れるお姉さん』になることをラピスはしっかり理解していたし、そこに惚れこんでいた。そうでもなければわざわざ説得して無理矢理鞍替えさせるなんて暴挙に打って出ることなどしないし、フワ・インダストリーズ製第10世代魔法少女ユニットまで買い与えて自身はオペレーターに徹するようなこともしない。

 そうさせるだけの魅力を、ラピスはロロに感じていた。

 願わくばこの関係が永く続くことを望んでしまうくらいには。

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