ホワイト・オア・ブラック・マインド(仮)

カゲツキ主任

TURN1 邁進ネガ・ライト

『ヴィランランク621位、識別名ネガ・ライトを認証。これよりブリーフィングを開始します』

 無機質で平坦な女声がモニター越しに語りかけてくる。モニターに映るのはヴィラン支援機構・ブラックマインドの組織としてのエンブレムのみであり、それを薄暗い研究室で見るのは性別の判断に困る二名のヴィランだった。

 赤髪の方はアンジェリカ。薄着になれば赤髪なこともあいまってマッチ棒と形容されるような薄く細い体躯だが、耳に優しい低い声と整った顔立ちの持ち主なので道行く女性が思わず逆ナンを試みたくなることに定評のある女錬金術師である。

 黒髪の方はヒカル・バンジョー。とある思惑から製造された人造人間であり、眉目秀麗ながら無性という特徴を持つ。線の細い美男子とも、男装の麗人とも解釈できるその容姿に違わない特徴である。

『今回の依頼はエイルル帝国郊外で我々の支援や指示を受けずに不当な活動を行うヴィランの排除です。当該ヴィランはランク126位、識別名アーシル』

「はっ、上位のヴィラン様は好き勝手やっていいご身分だな! なあヒカル?」

「495ランク上のヴィランの排除を、何故僕たちに?」

『アーシルはフワ・インダストリーズが計画し製造した人工ヴィランのうちの一人です。現在アーシルはエイルル帝国とその周辺で無差別に民草を襲い無尽蔵にアンデッドを製作し自身の軍勢を率いています。この軍勢がいつエイルル帝国に攻撃を仕掛けるかわからない現状を打開すべくヴィランランク9位、識別名ライカ・フワがアーシルの排除を試みようとしましたが、政治的な問題が発生するためライカ・フワが代役として貴方たちを指名しました』

「ユーラシア大陸北方の大部分に領土を持つエイルル帝国は、日本の宮城県仙台市に本社を構える暗黒メガコーポことフワ・インダストリーズと緊張関係にある。ランク9位のライカはフワ・インダストリーズとズブズブで、こいつがフワ・インダストリーズ産のアーシルをしばきに行くと厄介事が増えてお前の負担が尋常じゃなくなるってことか?」

「アンジェリカ、気持ちはわかるが言い方を考えてくれ」

『その認識で問題ありません。現時点でエイルル帝国はこのことを察知していませんが、フワ・インダストリーズ側の最高戦力であるライカ・フワが出てくるとなれば、アーシルがフワ・インダストリーズ製でないと判断した上でもフワ・インダストリーズに悪感情を抱くでしょう』

「本当に政治的な問題だけで僕を指名したのか? 僕だってフワ・インダストリーズの計画によって造られたヴィランだ」

『ライカ・フワ本人としては、アーシルの言動を顧みた上で彼女に現在のランクは相応しくないという我々の判断に賛同し、空いたランクに相応しいヴィランとして貴方たちを指名しました。現在貴方たちの所属する組織が貴方たちを軽んじているという事情も把握した上で』

「哀れみか? ああん?」

『アーシルの問題点はヴィラン支援機構である我々ブラックマインドから実質離反した上で、我々の理念に反した行動をとり、政治的な問題を引き起こしてはいけない国家に対して中指を立てていることです。従えているアンデッドの軍勢も、火属性や聖属性などの一般的なアンデッドとしての弱点を備える脆弱なもの。アーシル自身も群体を集合させて人型に擬態するアンデッドにしてネクロマンサー。こちらも当然火属性に弱い。錬金術の水準が高いエイルル帝国出身のアンジェリカ、貴方なら対策は容易でしょう』

 強いて言うなら、と女声は補足する。

『アーシルの手元にはアーティファクト・魂の天秤があるという未確定情報があります。魂の天秤は彼我の魂の重さを測り、軽い方を重い方へ服従させる厄介なアーティファクトです。この服従の強制力は相当に強いので、警戒を怠らないようにお願いします』

「ま、油断しなけりゃラクにランクアップが狙える棚から牡丹餅案件ってことか」

「……アンジェリカ、受けるという方向で考えているのか」

「そりゃあもちろん。ヒカルは?」

「僕には何もない。ただ君の願いを叶える力になれるなら、喜んで剣を振るおう」

『依頼は受諾ということですね。ライカ・フワを出撃させるのはエイルル帝国以外の国家も刺激することになるので、ありがたい限りです』

 口調こそ人間味を持ちながらも無機質で平坦な女声は最後にこう締めくくり、ブリーフィングを終了した。

『ブラックマインドは全てのヴィランのためにあります』




 エイルル帝国郊外某所、アーシルが千に及ぶ軍勢を従える野営地をアンジェリカとヒカルが偵察していた。

 ヒカルはというと、専用装備ネガ・アガトラムを左腕に装備したことによりヴィランとして活動する際のパワードスーツを身にまとっていた。左腕は五指全てが鋭利な鉤爪に置換され、右手にはネガ・ブレイカーという銘のフランベルジュを握り、左前腕の外付けユニットに可燃性の高い錬金術用の油を満載するという、アンデッド狩りの準備を整えていた。

 双眼鏡越しに野営地を見るアンジェリカがぼそりと呟く。

「数だけは立派に揃えましたって感じの貧相な軍勢だね。ランク600台の私たちでも問題なく処理できそうだ」

「魂の天秤対策は?」

「使わせる前に叩けばいいでしょ」

「実質ノープランか……らしくないな」

「特級アーティファクトならいざ知らず、そうでもない未確定情報まみれのアーティファクトにそこまで慎重になる必要なくない?」

 それに、とアンジェリカはヒカルに微笑みかけた。

「私たちネガ・ライトがそんな小細工の権化みたいなのに負けるわけないじゃん」

 アンジェリカは拳を突き上げた。察したヒカルはフィスト・バンプに応じた。

「じゃあ、行ってくる」

「いってらっしゃい」

 ヒカルはヴィラン……ネガ・ライトとして出撃するべくアンジェリカ謹製転移術式で光の粒子となってその姿をかき消した。

 次の瞬間、炎をその刀身にまとったネガ・ブレイカーがアンデッドの軍勢のど真ん中で振るわれた。幾多の首が宙を舞い、燃え盛る有象無象のアンデッドたちは一瞬動揺したが、主であるアーシルの号令で戦闘態勢に入る。しかし質を軽んじ量を優先した軍勢に、戦うために造られたネガ・ライトが圧倒されることなどない。切れ味より回復困難な負傷を与えることを優先したフランベルジュであるネガ・ブレイカーで容易に刎ねられる程度の防御力しか持たないアンデッドたちには、火属性までエンチャントされたそれをどうにかする手立てなど皆無。瞬く間に阿鼻と叫喚と炎が跋扈する戦場と化した。

 生前持っていた恐怖心を思い出して逃げ惑う者、自暴自棄になって攻撃を行うも錬金術用の油にまみれた鉤爪の反撃によって着火され灰塵と帰す者、闇雲に突撃して返り討ちにあう者……などなど、アーシル側が圧倒的に不利な戦場ではあったが。

 数分足らずで千に及ぶ軍勢が三割ほど灰になったところで、軍勢の主であるアーシルがヒステリックになりながら最前線に出てきた。

「突然現れてわたしの軍勢焼いて回るなんてどういう神経しているわけ!?」

「ブラックマインドからの依頼だ。大人しく死ぬがいい。焼け死ぬか、切り刻まれて死ぬか、選べ」

「だったらわたしの軍門にくだれぇ! 魂の天秤、起……!」

 その時である!

 アーシルの魂の天秤を掲げた左手が、ネガ・アガトラムから伸びる鉤爪によって魂の天秤ごともぎ取られたのだ!

 群体のアンデッドが正体であるアーシルも、流石にこれには悶絶して苦しんだ。

 それだけに留まらず、鉤爪に付着した炎と油がアーシルを構成する群体にも引火し、瞬く間に炎上していく。

「あああああ! 痛い熱い痛い熱い熱い熱い熱い!」

「さて、魂の天秤起動」

 鉤爪の親指と人差し指で魂の天秤をつまんだネガ・ライトがこれを起動した。肝心の魂の重さはというと、自身を構成する群体が焼失しつつあるアーシルの方が軽くなっていたこともあって、天秤はネガ・ライト側に傾いた。つまり、アーシルはネガ・ライトに服従する以外の選択肢は消えてなくなったのだ。

「ネガ・ライトがアーシルに命じる。『群体を散り散りにして逃げずそのまま燃え尽きろ』」

「嫌だあああああ死にたくないよおおおおお! わたしはもっとちやほやされたいのにいいいいい! こんなぽっと出のやつなんかに焼き殺される最期なんて絶ッ対嫌あああああ! わざわざエイルル帝国の外側なんて僻地を拠点にしていたのにいいいいい!」

「ネクロマンサーとしての能力でかき集めた弱小アンデッドを信者代わりにして承認欲求を満たすヴィラン……確かに高位ランカーやブラックマインドが排除依頼を出すわけだ」

 火属性に弱いアンデッドであるアーシルの身体は、表面上は小柄な美少女なのだが、ネガ・アガトラムによる火属性エンチャント攻撃を受けて全身を炎に包まれ燃え盛り、ぼたぼたとカラスアゲハ型群体の亡骸を零しながら焼失するその瞬間を待つ有様となってしまった。主の危機だと水の入ったバケツを持って駆けつけてくる健気なアンデッドたちやこの期に及んで自分を攻撃してくるアンデッドたちを細々と処理しつつ、ネガ・ライトはアーシルが事切れるのを待った。

 こんな上っ面だけは整っておきながら内側で肥大化した承認欲求のせいで関係各所に爆弾となりうる問題をもたらすような同僚兼同族に、介錯をしてやろうという感情はヴィランコンビのネガ・ライトとしてもヒカル・バンジョー個人としても浮かばなかった。同情や憐憫すら一欠片として湧かない。アーシルの死によりブラックマインドの設けたヴィランランキングのランクが上がることへの感謝は、ないわけではないが。

 やがて人型を保てなくなったアーシルは無数のカラスアゲハ型群体となって崩壊し、面白いほどの速度でその命を焼失していった。群体の内の最後の一匹になるまで命乞いと死への拒絶を口にしていた主を失ったアンデッドの軍勢も物言わぬ骸へと戻り、無事一件落着である。

 そういうことなので、ヒカルはネガ・ライトとしてのパワードスーツを脱いでヒカル・バンジョーとしての姿に戻り、一応の依頼主であるブラックマインドへ報告を行う。

「こちら識別名ネガ・ライト、ブラックマインド応答せよ。アーシルは排除した」

『ヴィランランク126位、識別名アーシルの死亡を確認しました。識別名ネガ・ライト、貴方たちのヴィランランクを621位から126位へとランクアップする手続きを行います』

「アーティファクト・魂の天秤は回収した。どうする?」

『引き渡しをお願いします。魂の天秤を回収した分の追加報酬もご用意させていただきますので』

「ああそうだ、アーシルの残したアンデッドどもの残骸は焼いておいた方がいいか?」

『エイルル帝国軍が処理するはずですので、放置して構いません』

「……報告は以上だ。僕はアンジェリカと合流して日本に帰る」

『改めまして、依頼成功おめでとうございます。引き続き、ランクアップを目指して活動してください』




 ランクアップおめでと~! そう言ってアンジェリカは自身の研究室で安酒を開けて祝杯をあげていた。

「帰ってきて早々に酒をあおるなアンジェリカ」

「頭のかったい上の連中を出し抜いて、ヴィランとしての価値を高められたんだよ? こんなに嬉しいことはないよ!」

「君が喜んでくれるのは嬉しいが、君……酒に強くないじゃないか」

「いんだよいんだよ! 強すぎる個を嫌うこの組織なんか、いつかぜってー乗っ取ってやる! その第一歩をまた踏み出せたんだから!」

 アンジェリカの属する組織は質より量を重んじるタイプで、ドーピングで容易に強すぎる個を生み出せるアンジェリカは軽んじられていた。その評価にアンジェリカは不満を抱いていたし、フワ・インダストリーズからの依頼でヒカルおよびネガ・ライトの試験運用を任された時は好機だと悟った。

 ネガ・ライトは並みのヴィランより遥かに高い基礎スペックを持ち、無欲でアンジェリカに従順で、おまけに一般人としての姿であるヒカルは眉目秀麗。一緒に仕事ができるとあらば希望が湧いてくるというもの。

 そんなバディのヒカルが挙げた戦果でランクを495位も上昇させ、おまけに組織から出し渋られている研究費用の補填まで転がり込んできた。舞い上がるのも無理はない。

 そうして舞い上がったアンジェリカはヒカルの静止を聞かずに安酒を2本カラにしたところで酔い潰れ、溜息を吐くヒカルが介抱することになったが、それはまた別の話。

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